煙草を吸う描写③
「……寂しいの?」
「あん!? ば、馬鹿じぇねえの。寂しくなんてねえし!」
顔を真っ赤にして反論する様子は言外に『私は友達の桃恵ちゃんがいなくなって寂しいです』と言っているようなものだった。それが面白くて、わざとらしく笑ってやると、梅子が苛立ち混じりに舌打ちを一つ鳴らしてスカートのポケットから〝それ〟を取り出した。ぱっと見るだけでは、名刺でも入っていそうなアルミケースである。だが、一緒になって取り出したのはジッポライターだった。――未成年は吸ってはいけない〝煙草〟である。
「いえーい、梅子ちゃんたら不良コースまっしぐらね」
杏受に茶化されるも、梅子はアルミケースから煙草を一本取り出したのだ。
「それ、教師に見付かったら面倒よね。それとも、いつもは吸わないのかしら?」
「問い詰められても、男の教師なら生理用品って言えば誤魔化せる。でけえ声あげて『この教師は女の生理道具をぱくろうとしている変態だっ!』って叫べばお終いだ。私を注意するような肝っ玉の据わった女教師もいないしな。お陰で、学校で吸うのも楽で助かるよ」
「私がいるぞー」
と言うのは葉月教師だが、こちらは缶ビール片手である。そもそも、生徒と一緒に化学室で飯を食っている時点で重罪だ。他人にどうこう言える立場ではない。梅子がジト目を向けると、なにを勘違いしたのか『やらんぞ』と一蹴。杏受が呆れたように鼻を鳴らす。
「まあ、この不良教師は賄賂さえ渡せば済む話しだけど」
「……教師がそんなのでいいのかよ」
怒りよりも先に困惑を覚えた顔は、なんとも複雑そうだった。梅子がガリガリと頭の後ろを掻きながら煙草を一本、口に咥えた。銘柄を一瞥し、杏受がぼそっと言う。
「ブラックストーンねえ。美味いの?」
ジッポライターで火を着けた梅子はすぐに答えず、ゆっくりと紫煙を吐き出した。
「……不味くはねえ。甘いのが好きなだけだ」
実際、ブラックストーンはバニラの味やチョコの味と例えられる。そのせいか、女性からの人気が高い。
「私は甘党なんだよ。こんな也で、可笑しいだろうがよぉ。ケーキだって、嫌いじゃない」
なにか、こちらから話しかけるべきだろうか。と、杏受が迷っていると、意外にも梅子の方から話題を振ってくれた。いや、それは、どちらかと言えば、独白めいていた。煙草を口の端で揺らし、ゆらゆらと紫煙が大気へ昇っては溶けていく。吸っていないこちらの鼻孔までミルクチョコレートのような香りがくすぐってくるのだ。
「これさ。吸い方で味が変わるんだ。ゆっくり吸えば甘いけど、早く吸えば苦味が強え。だからってわけじゃねえけど、吸った時に甘かったら、『私は落ち着いている』って分かる。けど、苦味が強えならテンパってるってことさ。……まあ、だからどうしたってことなんだけどよ」
吸いながら喋っているせいか、そのハスキーボイスが余計にくぐもっている。
「あんた、見た目トゲトゲしてんのに、心は乙女だね」
「……意味わかんねーよ馬鹿女」
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