酒を飲む描写①

 足の短いテーブルには色々と用意されている。砕いた氷が入ったステンレス製のバケツに、ロックグラス、マドラー(カクテルを作る際に混ぜるための棒)等々。全て、酒のためのアイテムだった。酒が目の前にあるのに、まだ飲めない。まるで〝お預け〟でも命令されている犬にでもなった気分だった。となると、仁菜は餌の用意をする飼い主か。主従関係がはっきりしていそうだから、犬に生まれなくて良かったと思う。

「一輝。ほら、出来たわよ」

 待ってましたとばかりに視線を天井からテーブルへと戻す一輝。隣に座った仁菜が彼へグラスを持った手を伸ばす。

 表面が結露したグラスを掴むと、水晶のように透明な氷がカランと澄んだ音を立てた。数秒だけ一輝は冷えた水面を眺め、ゆっくりと酒を飲んだ。舌全体にウォッカの心地良い辛味と苦味が走り、遅れてライムジュースの刺激的な酸味と柔らかい甘味が絶妙な清涼感を演出する。鼻孔に滞った血と硝煙の臭いさえ掻き消してしまうかのように。胃へ落ちると、アルコール度数が強い酒特有の熱く痺れるような感触が腹の底へと伝わっていくのだ。

 スレッジ・ハンマー。鍛冶屋が使う大きな金槌の名前が冠せられたカクテルだ。確かに、初めて飲んだ時は舌が慣れておらず、後頭部を打ん殴られたような感覚に襲われたものだ。

 酒の肴は豚肩かたまり肉のオーブン焼き、ポークグリルだ。味付けはシンプルに砕かれた岩塩であり、これがウォッカ系の度数が強い酒に合う。いくらでも酒が飲めそうだった。

「ねえ、一輝。私もお酒が飲める歳になったら、一緒に飲んでも良い?」

「ああ、勿論。……となると、二年後か。長いのかな。それとも、短いのかな」

 仕事が仕事だ。必ず仁菜が傍にいるとは限らない。逆に、一輝の方が先にくたばるかもしれない。《猟剣》のほとんどは短命で散る。だから、彼と彼女が三年も一緒に住んでいるのは、一つの奇跡だった。これからもずっと続いて欲しいと願わずにはいられない。きっと、愛する者と飲む酒は格別だろうから。仁菜が飲むなら赤ワインか。それとも店で売っているような甘いカクテルから慣れさせるべきか。流石にこれは駄目だろうと、グラスを軽く振って微苦笑する。とてもではないが、若い女に飲ませるような酒ではないからだ。

 スレッジ・ハンマーのグラスをゆっくりと空けていく。隣の仁菜がこちらの膝に頭を乗せる。猫が甘えるような仕草に、ついつい柔らかい黒髪を撫でる。彼女はくすぐったそうに目を細め、小さく喉を鳴らした。一度、酒を飲んでいる男に体重を預けるなと言った方がいいのかもしれない。劣情感がふつふつと沸き上がってしまうのだから。こんなにも魅力的な女を前にして、お預けも何も無いのだろうから。仕事が終わったからと、一輝の思考は緩み切っていた。

 冷えたカクテルが身体の火照りを拭い、別の熱を与えていくかのように。

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