第9話 十歳下の可愛い彼女

30歳をすぎると、恋愛で学ぶことが変わってきた。


年齢によって、恋愛のテーマは変わる。


自分が変わるというのもあるが、相手から求められるものが明確に変わるのだ。



離婚まではイーブンな関係性だったが、その後の恋愛は年齢差もあり、明らかに相手から何かを期待される恋愛だった。


若い頃は恋愛で何か問題があるときは大抵自分に問題があったが、それは必ずしも当てはまらなくなっていた。



年齢というのは、誰にとっても公平な尺度である。1日24時間という時間は誰にとっても等しい。


それをどう積み重ねていくかは人によるが、少なくとも与えられるリソースについては公平である。


日本社会は幼稚なので成熟さを評価しないが、恋愛でも仕事でも、問題を乗り越えるときには成熟さがモノを言う。


若い相手と付き合えば、相手の未熟さによって関係がうまくいかなくなることもある。


それもまた、公平なことだ。



7歳下の女の子の次に付き合った子はさらに3歳若く、今度は10歳下だった。自分の恋愛相手の年齢差の下限を更新した。


若い女と付き合うことをステータスだと考える男は多いが、自分にはそういう志向はなく、このときは縁がある子と付き合ったらそうなった。


どんな女の子に縁があるかで自分が次に学ぶべきことを考えたりするが、前に付き合った子に引き続き、「教える側になれ」ということなのだなと思った。



彼女はとても可愛い子で、おそらく目の前に10人男を連れてきて、この子は可愛いと思うかと訊いたら、8-9人が可愛い、と答えるような子だった。


自分は「ステータスとしての彼女」というのはあまり気にしないので、周りの反応を見て、へぇこの子は可愛いカテゴリなのだな、などと思うのだが、確かに自分でも、例えばその子が雑誌やテレビに出ていてもおかしくはないな、と思った。


以前1年付き合った人妻が色気や気品を感じる綺麗さだったのに対して、彼女はまさにキュートという感じの可愛さだった。



ただ、可愛い子というのは男から過剰に関心を持たれることも多く、好みでない男に執拗に言い寄られたり、セクハラや痴漢にも遭いやすい。


そうした経験から、男性には抵抗感があるようだった。



そして、その抵抗感を反映してか、男を身体的に受け入れることも苦手だった。数少ない元彼がどうしたことか全員巨根だったこともあり(巨根を引きやすい子というのはいるようだ)、ほぼ処女のような状態だった。自分のモノを受け入れるのも辛そうだった。


ホテルに入っても相手が痛がって、それで気を使ってフェラしてくれるだけで終わることも多々あった。


フェラは、経験の少なさに反して、妙に上手かった。


昔の男にやらされたのだな、と思った。


彼女にとって、セックスは「男性が射精するための行為」だったのだ。



それまでの恋愛はお互いがとことんセックスを楽しむ恋愛だったので少し戸惑ったが、デートはとても楽しく、どちらかというと恋人というよりは妹のような存在だった。


ただ、妹と違う点は、やはり一個人としての男女だ、という点だ。


自分には実際に妹がいるが、別に人生のパートナーというわけではないので、甘やかしっぱなしで愛想尽きそうになっても、しばらくほっとけばそれで済む。


彼女が出来たからといって、それで関係が切れたり変わるわけでもない。


しかし、恋愛では男女としての需要がバランス取れないと、いずれは関係が崩壊する。



男性に対して苦手意識を持っていた彼女は、自分が受け入れられるという経験が初めてで、それがとても心地良かったようだ。


若くて可愛いために欲望の対象にされることが通常だったので、自分の欲望を叶えられるというのは彼女にとって大きな発見だったのだ。


付き合ううち、徐々に屈託のないありのままの姿を見せるようになり、彼女は関係をとても楽しんでいるようだった。



そのこと自体は好ましいことだったし、彼女の女としての成長を待とうという気持ちもあったが、ただ、「人が人に一方的に甘える」ことには限界がある。


いくら歳上でも生身の人間なので、相手のキャパシティや要求を考慮したり、人としてやってはいけないことをやらない、という基本的なルールを守ることが必要だ。


女性は恋愛経験や社会経験でそのことを学ぶが、年齢が若いことや容姿が可愛いことは、そうしたルールを破る免罪符にはならない。


しかし、彼女は「彼氏に存分に甘える」という経験が初めてで、相手の忍耐の限界を弄びたいという欲望を、コントロールすることができなくなっていた。



付き合いが半年を超えた頃、彼女の甘え方は乱暴そのものになってきた。


性的な要求には全く応えず、さらに始終ワガママを言うようになり、男としての欲望や忍耐の限界を試すようになった。


そして、甘え方はついに相手を踏みつけるような形になってしまった。



一緒にいる時間は楽しい時間というよりは苦痛なものになっており、それなりに恋愛経験のある男としてどう対処するか、かなり頭を悩ませた。


やんわりと指摘したり、言い方を考えて注意したりといろいろ試行錯誤したが、行動は変化しなかった。


そして、自分はどうやって異性の付き合い方を学んだかを思い出して、決断を下すことにした。



ある日、デートの時に、別れを切り出した。


それまで、自分はいつも振られる側で、別れの気配を感じても、女の子側が言い出すまでは待つというのがスタイルだったのだが、このときはそれが正しいと信じて、そうすることにしたのだった。



彼女は若く、可愛い。


これから良い関係を持つチャンスはいくらでもあるだろう。


彼女にとって、自分の役目は、甘え方を学ぶ機会を与えることなのだ。


そう考えた。



しかし、彼女にとっては、別れは晴天の霹靂へきれきだ。


それまで望んでいて手に入らなかった甘い果実を楽しんでいたら、ある日突然取り上げられるようなものだ。


こうした別れ方は非常に恨みを買う。


自分は相当評判を落としたのだろう、彼女と関係があった女の子は、ソーシャルメディアで一様に自分を切った。



しかし、これも恋愛のうちである。


綺麗事だけで恋愛はできない。


そして、人生は続く。

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