第7話 旅行疲れにご用心。

僕は東京タワーを目指し、再び電車に揺られていた。

各駅で停まるもどかしさに耐えながら少しでも情報を集めておこうとケータイを開いた。


過去作品の回収にてんてこ舞いになっているであろう片岡詩織かたおかしおりのことも気がかりだった。「白の国シリーズ」の読者は中高生が多い。新刊発売も近いし、何か気になることがあればきっとSNSで投稿しているはずだ。どの程度の読者が異変に気付いているのか作者である僕が把握しておかなければ、いざという時に対応が遅くなる。できる事ならアポロ書房には迷惑をかけたくない、これ以上は。

案の定すでに反応があった。

しかしその中に画像を添付している投稿があるのに目がとまった。


「ソルティファラオ

:こんなくそ暑いのにタートルネック着てるし、なんかコスプレっぽい?

てか猫みたいなもふもふ肩に乗せてる。うらやま。」


「あひる同盟

:これ、白の国の主人公?ww新刊出るけど、気合入ってんねww」


そのやりとりの元になっている写真に写っていたのはアルの後姿だった。

「猫みたいなもふもふ」とは恐らくアルと常に行動を共にしている動物で、キラという名だ。大きさは少し大きめのリスくらいで尻尾も長め、毛は全身白で首周りと尻尾がとても多くふわふわしている。耳はあまり長くないので、たしかに一見すると猫に近い。

まさか相棒のキラまで連れて来ていたとは・・・。

そんなことは問題ではない。今考えるべきはこの写真がいったい、いつどこで撮られたかだ。投稿日時を見ると今日の10時46分とある。今は12時を少し回ったところだ。まだ間に合う。この場所はどこだ?画像を拡大したり、逆に全体を捉えられるよう遠目から見たりあらゆる角度から手掛かりを探った。

すると、ある部分に小さくだが見覚えのある黒っぽいものをみつけた。

「これ・・・もしかして、上野の博物館か?」

それはシロナガスクジラの像だった。国立科学博物館の前にいる大きな鯨が、小さく写りこんでいたのだ。

今度こそ確信を持って電車を降り、上野へ向かうルートを調べた。


出版社や古本屋街が多い神保町の近くということで、僕は神田に住んでいた。考えてみれば神田から上野までは銀座線で1本で行けてしまうのだから、土地勘のないアルでも比較的行きやすい観光地と言える。僕自身しょっちゅう博物館や美術館に足を運んでいたため観光地という意識が薄くなっていたのかもしれない。灯台下暗しとはまさにこのことだ。


12時半過ぎ。上野に到着した。目指すはシロナガスクジラ。

公園内を進んでいると、ちょっとした木陰に人だかりができている。残暑厳しい8月下旬とはいえ、涼をもとめて殺到するには狭すぎる。先を急ぎたいところだが野次馬心が芽生えてしまい少しだけ足を止めて、輪の中心にいるものを確かめてみることにした。だが、なかなか見えない。


「こんな時にあんな厚着してたらそりゃ倒れるよねー」


厚着・・・?

まさかと思いかき分けて入ってみるとそこには倒れているアルと、群集を威嚇して主人の守ろうと必死になっているキラがいた。





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