第6話 行き先は決めていません。

油断した。

昨夜自宅を訪れた『しろくに』の主人公アルを名乗る少年。

今日の朝起きてリビングへ行くと、彼が寝ていたソファーはもぬけの殻。

唯一残されていたのは、「鬼ごっこしよう!」と書かれた小さなメモだけ。

今のこの状況から考えられるのは、アルは文字通り本の中から『外』に出ていなくなってしまっている。そして当の本人は一人観光の真っ最中のはずだ。

振り出しに戻ってしまった。

アルが行きそうな場所など検討がつかない。彼の居た場所は架空の国で、年中雪が降っている寒い国だ。

ここは大都会、東京。季節は夏。


手始めに、どこか涼しい場所を探してみることにする。

今の時期ならば誰もが涼を求めて出かけるだろうと思い、インターネットで検索してみることにした。


〔出かける 涼しい 東京〕


いつも着の身着のまま何も見ずに出歩くため、目的地が決まっていない時にどんな言葉で探せばいいか少し迷ってしまった。ぶっきらぼうなキーワードだが、それらしい幾つもの観光スポットが一瞬でヒットする。

「渓谷なんかあるのか・・・鍾乳洞は、少し遠いけど・・・いや、とにかく行ってみよう!」

行き方を調べ、まずは近いところから攻めることにする。

しかし、アルが外に出ているのに気が付いたのは昨日だが、それより前に色々回って味をしめているかもしれない。となると遠出してるなんて可能性もある。気ばかり焦った。


電車に揺られながらアルのことを考えた。

移動手段は何だ?

列車を登場させた覚えはあるけど、路線図が複雑すぎる。

お金は?

彼の国の通貨を両替なんてできる訳がない。

そもそも、持ち物は?

あのショルダーバッグには何が入っているんだっけ?

地図は持っているのか?

行き先は決めていたのか?

・・・・ケータイなんて持ってないよな?


思わず僕は座席から勢いよく立ち上がってしまった。隣に座っていた女子大生が迷惑そうにこちらを見上げている。

僕が調べてやっと見つけた場所に『外』を知らず情報の少ないアルが辿り着く確立は、どう考えても低い。最初会った時、彼が暑がっていたことが手掛かりに違いないと思い込んでいたせいで肝心なことを忘れていた。

もっと分かりやすいランドマークになるような場所をあたった方がまだ望みがあるのではないか?

今は少しでも可能性の高い場所を探すのが先決と判断した僕は、次に停まった駅で電車を降りた。

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