精霊と決着5『微笑ましい光景』
◇◇◇◇◇
ラッセル一派との決闘から一週間後。
「ほらほら! もっとスピードを上げて走るのだよ!」
『いちにーさんしーとーらっくー! にーにーさんしーとーらっく!』
うららかな日差しの午後。
列を作って学園内を走る生徒たちを監視しながら読書をするラルキエリを見つけた。
「よう、ラルキエリ。研究はどんな具合だ?」
「ふむ、なかなか順調なのだよ? 研究費も五倍に増えることが決まったしね?」
そういえば決闘前にラッセルとそんな約束してたな。
ちゃんと果たされるのか。
それはよかった。
「ところで、トレーニングの成果をさらに上げるため、騎士がやっている重い砂袋を担いで持ち歩く鍛練を参考にしようと思ったのだがね? あれは実に非効率だと思うのだよ? もっと理にかなった動作で特定の部位に負荷を与えるようにすれば筋肉を効率よく鍛えることができるはずなのだよ? 今はその運動を行なうための専用器具を作れないか、人体の構造を分析しつつ模索しているのだが――」
「…………」
考えているらしいアイディアをベラベラ喋り出すラルキエリ。
ひょっとしてこいつ、現代にあったウエイトマシンの概念を自力で思いついたのか?
俺は何も言ってないのに。すごい発想力だな……。
ラルキエリの天才性に感心していると、ランニングの列で先頭を走っていた金髪が駆け寄ってきた。
「やあやあ、グレン君じゃないか!」
ラッセルだった。
走っている集団はラッセル一派であった。
彼は決闘で敗北した後、なぜか取り巻きを連れて筋トレ理論の実験に積極的に参加するようになっていた。
「グレン君、今度一緒に食事でもしないかい? 女神様に選ばれた君が広めようとしている魔法の理論を僕はもっと知りたいんだ!」
汗に濡れた前髪を流しながらラッセルが微笑む。
ラッセルは決闘でブッ飛ばした後、気持ち悪いくらい友好的になった。最初は頭をぶつけたショックでおかしくなったかと思ったのだが、どうやら彼は俺が女神様に気に入られていたことを知ったようで、そこで何か感情の変化が起こったらしかった。
そういえば精霊とか神様に対してやたらリスペクトしてる感じだったもんな。
けど、筋トレは女神様と関係ないんだよなぁ……。
ま、侮辱だなんだとうるさく言わなくなったのは楽だし黙っておこう。
『いちにーさんしーとーらっくー! にーにーさんしーとーらっく!』
「ほ、ほら、もっと声出して走るんだぁ」
「スピードが遅くなっているのですよ!」
ポーンやフィーナたちには筋トレ理論の先輩ということで新参のラッセルや貴族生徒たちを指導する側に回ってもらっている。
ポーンは性格的に厳しくすることに抵抗があるみたいだが、身分に関係なくビシバシやれと言ってあるのでそのうち慣れるだろう。
「くっ、わたくしを負かした平民の男に命令されるなんて何という屈辱……でも彼の言葉に逆らえないッ……はあ……はあ……」
「ちっ、従者の女ごときが偉そうに指示を……けど、あの女に殴られたときの痛みを思い出すと胸がモヤモヤする……なんだこれは……」
一部の貴族生徒は悔しげな言葉とは裏腹にどこか喜んでいるような?
……気のせいかな。
そんな感じでランニングを行なうラッセル軍団。
そういえば集団のなかにハムファイト君の姿がない。
校内でもあれから一度も見かけていなかった。
彼はどこにいったんだろう……。まあ、深く考えてもしょうがないか。
あれから、学園は少しだけ変わった。
どこら辺が変わったかというと、青白い顔で本を読む生徒が減り、代わりに敷地内で運動をする生徒が多く見られるようになった。
発達してきた筋肉を互いに見せ合う生徒たちの微笑ましい光景もよく目にする。
制服の代わりに動きやすいジャージを普段着にしている者も増えた。
売店では回復ポーションの売れ行きが伸びているとかいないとか。
汗を流して己を鍛えるようになったモヤシ生徒たちを見ると成し遂げた気がしてこそばゆい。
……あれ、ちょっと待て。
俺ってこんなことをしにきたんだっけ?
「なあ、俺って今までなにやってたんだろうか……」
「え、今頃なのですか?」
寮の部屋に戻って相談すると、メイドさんは驚いたように目を見開いていた。
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