第二章
幼女と出立1『わたしは何もミテイナイ……』
便箋を懐にしまい、溜息を吐く。
軽い息抜きでクエストを受けたらとんでもないものを拾ってしまった。
テックアート家に発見されたって、これ、きっと奴隷商に関係するやつだよな……。
なぜこんなところに無造作に落ちていたんだ? 周りには誰もいないようだし。密書っぽいのに扱いが雑すぎるだろ。
しかし王立魔道学園には奴隷商の協力者がいるのか。
学園には少しだけ興味があったが、こういう形で関わってくるとは。
この手紙は御令嬢に見せるべきだろうな。
「……お兄さん、何が書いてあったの?」
リリンが顔をひょっこり下から覗かせてくる。
「知りたいか?」
「う、うーん。やめとこうかな?」
何かを察したらしく、リリンはあっさり引いた。そうだな。そうしたほうがいい。知らないほうがいいことが世の中にはあるのだ。
「さて、と……」
「ねえ、本当に開けちゃうの?」
リリンは馬車の中身にビビっているようだった。
大丈夫だよ。多分、お前の思っているようなもんは入ってないから。
……その代わり、他の胸糞悪いものは入ってるかもしれんが。
本音を言えば、俺だって見たくない。
だが、確認しないで帰るという選択肢は選べない。
「リリン、ちょっと後ろ向いててくれ」
「うん、わかった」
リリンは素直に後ろを向いた。そして、耳を塞ぎながら
「わたしは何もミテイナイ……わたしは何もキイテナイ……見たのはエルフのお兄さんだけ……だから関係ナイ……」
「…………」
ある意味、清々しい生き様だな。いろんな意味で感心した。
「ああ、くそ、やっぱりかよ……」
馬車を開けると、中にいたのは衰弱した奴隷たちだった。
また、捕まっていたのはエルフだけではなかった。
ダークエルフに加え、牛のような角が生えた少女、翼と角、さらに鱗に覆われた尻尾が特徴的な……うわ、幼女といっていい歳の子まで……。
くそったれが。なかなか手広く商売をやっていやがる。
だが馬車の中には俺の里のエルフはいなかった。
ほっとすべきなのか、残念に思うところなのか。複雑なところだ。
「お兄さん、終わった?」
「ああ、いいぞ」
とりあえず扉を閉める。
見たところ奴隷たちは首輪の効果でジンジャーと同じく意識が曖昧になっていた。
この場で解放してもいいが、森の中でパニックを起こされても困る。
となれば、まずは領主のところに連れて行くのがいいだろう。
「……ねえ、なんで馬車を持ってこうとしてるの?」
「助けるためだ」
「お兄さん。馬車の中身って……」
「聞きたいか?」
「……やめとく」
大体察してるんだろ? もうあきらめろよ、リリン。
俺は奴隷たちを乗せた馬車を引っぱって森道を歩いていた。
馬ではなく、エルフである俺が大きな馬車を引いている。
傍から見ると線の細いエルフが虐げられているような光景だ。
御者台に座るリリンはさしずめ悪の女主人といったところか。
そんな悪の女主人が心配そうに訊いてくる。
「お兄さん、重くない?」
「全然問題ないぞ」
俺の鍛え上げた肉体とトラック相当の脚力はこれしきで音を上げたりしない。
「はへぇ。最近のエルフってすごいんだねぇ……」
リリンが驚きに舌を巻く。
彼女にとってエルフの基準が俺になりつつあるようだった。
どうか一生そのまま勘違いしていてほしい。
イチイチやることなすことに突っ込みを入れられたら面倒だからな。
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