解放と敵襲2『軽く引くな。』



 さて、無事に奴隷の身分から解放されたジンジャーであったが……。



「グレン、ダメだよ! 領主様をいじめないで!」



 開口一番、口にしたのはそんな言葉だった。



「いじめるなって、お前、こいつに奴隷にされてたんだろ?」


「確かに奴隷として僕は領主様に買われたけど。でも違うんだよ!」


 ハスキーに響く女性的な声で矢継ぎ早に発せられるのは領主を庇う台詞ばかり。おかしいな、もう首輪は外れたはずなのに。


「奴隷の首輪って壊したら効力がなくなるもんじゃないのか?」


「普通はそのはずですが……」 


 御令嬢に訊ねるが、彼女も首を傾げている。実際、言語能力や感情の制限は解除されているのだ。


 忠誠心だけが未だに根強く食い込んでいるというのか? それともこれはジンジャーの本心なのか? もっと深く聞き出す必要があるな……。


「お前は領主に酷い目に合わされていたわけじゃないのか?」


「酷い目なんてとんでもない! 領主様は僕を使用人として……ううん、それ以上に大事にしてくれたよ」


 感情を失っていたときには気がつかなかったが、言われてみればジンジャーの顔色は実にいい。やつれた様子もないし、むしろ里にいた時より肉付きがよくなっているようにも見える。


 少なくともエルフのヘルシーな食事よりかは充実した食生活を送っていたのだろう。


 髪もさらさら、肌もつるんとしていて全身から石鹸の甘い香りを漂わせているし……。なかなかの好待遇で迎えられていたことが窺える。


「でも、お前その恰好は……」


 俺は丈の短いメイド服のスカートを見やる。


 あからさまに実用性とはかけ離れた趣味趣向に寄り添った一品。どのような意図で作られたのかは明白なデザインだ。しかし、


「……えへっ、かわいいでしょ?」


 ポッと顔を赤らめてジンジャーは上目遣いで裾を摘まみ、はにかんだのだった。


 ああ、お前……。里にいた頃とはかなり趣味が変わったのね……。幼馴染みのマルチダが知ったら愕然とするだろうな。


 ……彼女も無事だといいけれど。


 それはともかく。刷り込み的な作用もあるかもしれんが、ジンジャーは本当に領主に対して悪感情がないらしい。


 事実を解明しようとしてますますわけがわからなくなったぞ。俺が頭を悩ませていると、


「ジンジャー……解放されてしまったのだな……」


 拘束を解かれて自由になった領主がふらふらと歩み寄ってくる。


 結局、このおっさんは何がしたかったんだ? 奴隷商人とは関わりがなかったのか?


「ジンジャー、お前は不当に捕まって奴隷にされていたんだよな?」


「そうだよ! グレン、聞いてよ! 森の出口でいきなり奴隷商人のやつらが捕まえてきたんだよ! 領主様が買ってくれなかったら酷い連中のところに売られて大変な目にあっていたかもしれないんだ!」


 今度は領主に訊いてみる。


「領主サマよ。あんたはジンジャーが不当な手段で奴隷にされていたことを知っていたのか? 知ったうえで正当な手順を踏んで手に入れたと言ったのか?」


「いいや、知らなかった。ジンジャー……そうだったのか……?」


「はい、その通りです」


 ジンジャーの肯定に領主の顔は驚愕に彩られる。演技だったとしたらアカデミー賞ものの出来栄えだな。


 彼の言葉に嘘はないのかもしれん。少なくとも俺はそう感じた。


「……ならばジンジャー、お前はもう自由だ。好きなところへ行くがいい」


 領主はあっさりと解放を認めた。あんなに抵抗していたのが嘘のようだ。


 首輪がなければ繋ぎ止められないとわかっていたのかね。潔いのか悪いのか、読めないおっさんだ。


「はい、好きなところへ行こうと思います」


 ジンジャーが言うと領主はくしゅっと顔を歪ませる。そんなにジンジャーがお気に入りだったのか……。


 軽く引くな。しかし、次の瞬間、もっと衝撃的な出来事が起きる。



「だから、僕をこれからも領主様のお傍に置いて下さい」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る