チンピラと冒険者ギルド5『エルフの回復魔法の力を侮っていた……!』

「おい、アンディ! なんてことだ! これはヒデェ! 折れているじゃねえか! ちくしょうめ!」


「ル、ルドルフ……。いてえよいてえよ……」


 くすんだ金髪男は眼帯の男の手を取って大げさな調子で声を荒らげる。


 怪我の具合からしたら大げさじゃないけど、なんか芝居がかってるんだよなぁ。


「このエルフ野郎! やってくれたな!」


 くすんだ金髪男の怒鳴り声と足を押さえて呻く眼帯男の相乗効果で周囲の視線がこちらに集中する。


 乱雑に散らかっていた喧噪が凝縮されたひっそりとしたざわめきに変貌を見せて俺たちの周辺で漂う。


 くすんだ金髪男は先ほどまでのへらへらした態度から一転、俺を睨み付けてくる。


「エルフの兄ちゃんよぉ。この落とし前はどうつけてくれるんだ!? オオイ? ここは怪我に見合った慰謝料を払うのが筋だよなぁ!」


 くすんだ金髪男は妙にイキイキとしながら凄んできた。


 まるでやっと目論み通りに事が進んだと喜んでいるような振る舞い方だった。


 もはや話しかけてきたときにちらつかせていた善人の陰は皆無である。


 こちらの恫喝する姿がこの男の真の姿なのだろう。


「……えーと。おたくら知り合いだったの?」


 壺を丁重に床に置いてから俺は取り直して二人に訊いた。


 恐らくこの壺も俺が落とさせて賠償をせしめるための小道具だったに違いない。


 さっきのハゲもこいつらの回し者だろうな。


 俺が視線を送るとスキンヘッドはビクッと背中を震わせた。


「そんなんはどうでもいいだろうが! お前は俺たちに金を払えばそれでいいんだよ!」


 くすんだ金髪の……ルドルフ? とか言われていた男はテーブルをバンバンと叩いて威嚇しながら俺に要求を突き付けてきた。


 ちなみにギャラリーは面倒ごとに巻き込まれたくないのかヒソヒソと囁く野次馬に徹して一向に介入してこない。


 困っている他人を平気で見過ごす区分のきっちりした都会らしい処世術を誰もが心得ているようだった。


 素晴らしいことだよ、まったくね。


「オラオラ、見ろよ。アンディの痛がりっぷりを! ひでえやつだ!」


 ルドルフは声高く叫んでアピールし、事情を知らない冒険者たちに印象付けを行う。


「…………」


 先手を打たれた俺は閉口する。


 ここで取り乱したらルドルフの思惑通りだ。勝手にぶつかってきたのはそっちだろとか。お前らグルなんだろとか。


 いろいろ言ってやりたいことはあるが、それを言い出したらきっとどちらも引っ込みがつかなくなる。


 最悪の場合、取っ組み合いの喧嘩に発展しかねない。


 昼間から町中でトマティーナ開催とか確実に逮捕案件である。


 そうなったらまだ登録もしていないギルドを出入り禁止にされてしまう。


 だが、こいつらだってギルドから仕事がもらえなくなるのは困るだろうし、本当にこの場でやり合う気はないと思う。


 きっと連中は俺が駆け出しの田舎者エルフだから強気で押せば屈すると思ってハッタリをかましているのだ。


「……要はそいつが怪我をしたのが問題ってことなんだろ?」

「そうだよ! だから治療費と慰謝料を払うんだよ、おら早く!」


 俺は辟易しながら息を吐く。


 こういう場合はどちらかが引いて鞘を納めなくてはならない。


 社会では往々にしてこういう思考が理解できない民度の低い輩に遭遇することがある。


 その際に試される折衝能力とは、言いなりにならず紳士的に譲ることだ。


 紳士になり過ぎてもいけないし、かといって相手と同じレベルで御託を並べてごねても泥沼になるだけ。


 だから俺は――


「断る!」


 はっきりとそう宣言した。


「んだとぉ……!?」


 ルドルフの不機嫌そうな声に呼応し、テーブルからやつの仲間が立ち上がってぞろぞろ詰め寄ってくる。


 まずいな、とっとと済ませて場を納めないと。


「……ふんっ!」


 俺は眼帯男の足に向けて回復魔法を放った。


「お、おおお?」

「なんだッ!?」


 時間を巻き戻すように修復されていく男の足首。


 呆気にとられながらチンピラどもは治癒の光景を見送っていた。


 すっかり元通りになった足を見て、眼帯男はポカンと口を開けている。


「これでいいだろ。もうあんたの案内はいらないから壺はここに置いておくぞ」


「ぐぬぬ……」


 彼は仲間が怪我をしたことに焦点を当てていると言った。なら怪我がなかったことになればもう手打ちにするしかない。


「くっ、エルフの回復魔法の力を侮っていた……!」


 ルドルフはギリギリと歯噛みをして仲間の完治を悔しがる。


 そこは喜んでやれよ。ひどいやつだ。

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