成長と旅立ち 3『まさか、粉塵爆発か……!?』
確かに里の中で恋仲だった連中は片割れが誕生日を迎えるまで近くの町で相手を待って、合流後にハネムーン感覚で二人旅を満喫したりもするらしい。
俺の両親もそうやって二人で世界中を何十年も周ってから里に帰ってきたと惚気て何回も自慢していた。
まあ、ロマンがあってそれはそれでいい話だと思うけど。
その一方で相方を待っている間に町で浮気をするやつもいるらしく、恋人を信じて会いに行ったら間女との情事の真っ最中に出くわしたなんてことも珍しくないのだとか。
ソースは俺の担任だった女教師エルフの体験談。
ちなみに浮気をするのは高確率で男の側らしい。
エルフは基本的に人間と比べて容姿端麗に生まれ育つ。
里では平均並みの容貌でも外へ出れば信じられないくらいモテモテになって、女性が光に吸い寄せられる蛾のように集まってくるのだとか。
遠くの美人より近くのなんとやらで、やばいと思っても迫られたら欲が抑えきれず手を出してしまうのが男というものなのだ――と、女教師エルフを裏切った元恋人の現在引きこもりのダメ男エルフは言っていた。
ちなみに町の浮気相手とは経済的甲斐性のなさを理由に全員からフラれたらしい。
『女を傷心させた男が傷心で里帰りか? この恥知らず!』と彼が針のムシロになっていた当時を懐かしく思い出す。
「とにかく大丈夫だから。お互い気を遣わず、それぞれ自由に旅を満喫しようぜ。お前が寂しいなら付き合ってやるけど」
「ぜ、全然寂しくなんかないし!?」
俺たちのやり取りを見て、母親や妹はなぜかやれやれと苦笑していた。
―――――
里を出てから数時間。
ようやく森を抜け、開けた道に出ることができた。
エルフの里から森を出るまで半日以上はかかると大人たちには言われていた。
これは距離以上に複雑な獣道に足を取られてしまうことが理由なのだが、俺は足元の障害物を容易く踏み潰して進める脚力を持っていたおかげで通常より早いペースで来れたようだ。
「法定速度もないだろうし、初っ端から九十キロくらいだしちゃおうかな……」
街道をまっすぐ辿って行けば最初に訪れることを勧められた町に行けるはずだ。どこまでも続いている整地された道路をキラキラ眺め、走り出す前に屈伸や前屈などの準備運動を行う。
ストレッチを終え、無限の彼方にさあ行こう!
……俺が気持ちを高揚させた直後である。
「ふひひっ。来たな、若いエルフだ。今回は随分早いお出ましじゃねえか」
「男じゃオレたちのお楽しみは少ねえが、美形揃いのエルフはそっちの趣味がある貴族に高く売れるからな」
「この赤髪エルフはいくらで売れるかねぇ!?」
下卑た笑いが聞こえ、何事かと辺りを見渡してみると、里ではついぞ見たこともないような醜悪な顔面を持った男たち十数人が俺を囲んでいた。
「うわっ、ぶっさ! おえぇっ!」
俺はあまりの不細工具合に胃液を吐いた。
元の世界では割とよくあった顔面レベルだと思うのだが、エルフ基準に慣れてしまった俺にとって彼らのクレーターのようなボロボロ肌やバカでかいニンニク鼻は見るに堪えない代物となっていた。これじゃ女は浮気なんかそうそうしないだろうなと変に納得した。
「てめーらエルフは人の顔を見ると毎回ゲロ吐きやがって!」
「ちょっと美形揃いだからって馬鹿にしてんじゃねーぞおら!」
「野郎の嘔吐シーンなんか見ても嬉しくないんだよ!」
激怒する男たち。その中にこっそり女ならアリみたいなことを言ってるやつがいた。
そいつ、隔離したほうがいいですよ。っていうか、みんな吐いてるのかよ。まあ、そりゃ吐くか。里を出て緊張してるのに早々こんな顔を見せられたら。
……ん、毎回だと?
「ちょっとあんたら、今までにここを通ったエルフとも会っているのか?」
魔力が人間よりも高く、高度な術を使えるエルフたちがならず者どもに後れを取るとは思えないが、この連中が懲りずにここに留まっているということはそれなりの益になるということである。嫌な予感しかしない。
「そいつをお前が知る必要はねえぜ。まあ、捕まえてから町に行くまでの馬車で暇があったら気まぐれに聞かせてやるよ」
この一団のリーダーらしき頬傷のあるヒゲ男が自信たっぷりに言った。
……こいつらからは魔力の気配はない。つまり魔法の使い手ではない。
おかしい、いくら人数差があろうとただの人間が高位の魔術を操るエルフ相手にここまで余裕を持っているなんて。
「悪いけど俺は自分の足で走りたい主義なんで、馬車に乗るのは遠慮させてもらう」
いろいろと訊きたいことはあるが、何を隠し持っているかわからない現状では隙を見て逃げ出すのがベストだろう。俺はあえて挑発的に言って相手の反応を窺った。
「お前が自分の意志で走ることなんてもう二度とないんだよ! オレたちに捕まって一生奴隷になるんだからなぁ!? おい、やれ!」
頬傷の男が指示すると、背後に控えていた痩せぎすの男が抱えていた袋から銀色の粉を辺り一面に撒き散らす。
「!?」
もくもくと舞う謎の粉。毒の可能性も鑑みて俺は咄嗟に口元を塞いだが、輩どもが平然としているので直接害をなすものではなさそうだ。
「まさか、粉塵爆発か……!?」
俺が身構えて驚愕すると、輩どもはぽかんとして互いの顔を見る。
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