トラックエルフ ~走行力と強度を保ったままトラックがエルフに転生~
遠野蜜柑
第一章
トラックと転生 1『おお、トラックよ』
俺はトラックだった。
IS○ZUのマークを正面につけて、配送業者の仕事に就いているご主人の金髪ヤンキー美少女を乗せて全国各地を走り回るトラックだった。
ご主人は俺にブラックタイガーという甲殻類みたいな名前をつけて大事にしてくれていた。
俺はそんな彼女と過ごす日々をとても幸せに思っていた。
だが幸せは長くは続かなかった。ご主人と俺は交通事故を起こしてしまったのだ。
それはとある日の午後だった。俺たちはいつも通り法定速度を遵守して安全運転で道路を走っていたのだが、何をとち狂ったのか歩行者用の信号が赤にも関わらず馬鹿な男子高校生がいきなり前に飛び出してきたのである。
ご主人は慌ててブレーキをかけてハンドルを切ったものの、車体である俺は軌道の制御が利かなくなって電信柱に激突。衝突した部分のエンジンは破損し、軽油が漏れ出て俺の鋼の身体は煙に包まれた。
ご主人は頭を強く打ったのか意識が朦朧としていて発火を起こし始めた俺の中から出ようとしない。
このままではまずい。ご主人が火あぶりか一酸化炭素中毒で死んでしまう。
そう思った俺は業界の掟を破ることにした。自らの意志でドアを開き、ご主人の身体を火の手が回らないところまで弾き飛ばしたのである。
これやったら無機物業界のお偉いさん方に怒られるんだけど、まあ別にいいよな。どうせ俺は廃車確定で死ぬ運命だし。
アスファルトの地面を跳ねて投げ出されるご主人。すまんな、痛いだろう。怪我をさせてしまったな。だけど、死なせたくはなかったんだ。
事故を聞きつけた野次馬が周囲に集まってくる。
気を失ったご主人の周りにも介抱しようと人が寄ってきた。
これでひとまずは安心だ――
――――――
『おお、トラックよ。私はあなたの主を守ろうとする献身的な態度に心を打たれました』
次に意識が目覚めると俺はなんかキラキラした白い壁の部屋にいた。目の前にはブロンドの髪をした白衣の美女が佇んでいる。
美女の背には後光が指していて神々しかった。照明係頑張ってんなぁ。
「あなたは一体……ここはどこでしょうか?」
何気なく頭に浮かべた俺の言葉は自然と音になって相手に伝わるように響いた。
不思議な感覚だった。
身体は失われているのに意識だけがその場に漂っている感じ。これが俗にいう魂というやつなのだろうか。
じゃあ俺の発した声は魂の叫びというやつか?
『私は女神。そしてここは死後、よその世界に転生を希望する者を受け入れるための部屋。本来は人ではないあなたはここへは来ないはずだったのですが、私の裁量で特別にお招きさせていただきました』
俺の問いに美女は答える。なるほどね、女神様ならこの神々しさも納得だ。
言葉遣いも丁寧で清楚な印象。異性の前でも平気で下ネタを言うヘビースモーカーなご主人とは対極に位置する女性だった。
「俺は別に転生を希望した覚えはないのですが……。どうしてまた一体? そういえば心を打たれたとか言ってましたが」
『そうなのです! 愛する主人のために無機物業界のお約束を反故にしてまで尽くすその献身に私の心は震えました。この愛ある行いは人間よりも人間らしい。もしもあなたが人として生き、またあなたのような心を持った人が世界の大半を占めていたら世界はとても平和で素敵なものとなるでしょう』
「そうなんですか?」
『そうなのです』
女神様は謎の自信を持って断言した。正直俺には人間の心というものはよくわからんが。
『そういうわけで。誰よりも人間らしい心を持ったあなたには第二の人生は無機物ではなく、人として迎えられるようにしてあげたいと思うのです』
「俺が人に……?」
『はい、その通りです。ちなみに転生の特典として何かご要望があればお聞きいたしますが、どうでしょうか』
どうしよう。別に人にならなくてもいいんだけど。
できることならまたトラックになってご主人のあの子の新車になりたいんだけど。
『合法だから!』って当時付き合っていた彼氏に言われて危ないオクスリに手を出して高校を退学になっちゃうくらい頭の弱いあの娘をまたシートに乗せて走りたいんだけど。
『さあさあ! どんな希望でも構いませんよ?』
俺を人として転生させたくて堪らない様子の女神様を見ているとそんなことはとても言えそうになかった。
目がものすごいキラキラしちゃってるもん。
どれだけ俺を人間にしたいんだよ。仕方ないな。まあ一度くらいご主人と同じ人間の身体というものを経験してみるのもいいかもしれない。
次に転生するときはまたトラックにしてもらえばいいんだし。
「それならトラックとしての性能を維持したまま転生をしたいのですが」
『……はて、トラックとしての性能とはどういう意味でしょう?』
女神様は首を傾げ、俺の言葉の意味を訪ねてくる。
「そのままの意味ですよ。トラック時代と同等の速度で走れる馬力、最後の時のように運転手を衝撃から守れる頑強さなどは失わずにおきたいのです」
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