トラックと転生 2『ばぶー!』
信頼できる大事なご主人を乗せて道路を走るあの快感。
あれは人間になったとしてもぜひ味わい続けたいものだ。そして万一の事故から搭乗者を守るために鋼の装甲は必須である。
『なるほど。わかりました。速く走れる足と丈夫な体をご所望ということですね』
うんうんと女神様は頷き『さすがです!』とまた感激していた。この人、今なら俺がやることすべてに共感してくれるんじゃなかろうか。
その場のノリに酔ってる感じ、あります。
興奮しているときって普段だと考えられないことでも当たり前のようにやれちゃうからな。
普段は愛想のないご主人も徹夜が続くとハイテンションになって大声で歌いだしたり、泣きながら車内で自慰を行ったりしていた。
『では、トラックのブラックタイガーさん。あなたはこれから今までとは違う世界で人間として……あれ、人間は枠が一杯だわ。……どうしましょう』
「何か問題があったのですか?」
『こちらから提案しておいて申し訳ないんですが、人間の枠は立て続けに転生者が出ているせいでねじ込むのが難しいようでして……』
「はぁ、そうなんですか」
『最近はどうも若い男性の転生者希望者が多くて困っているんですよねぇ。なぜか自ら命を絶つ人が増えていて』
もしかして俺の前に飛び出してきたあのクソガキも異世界に転生することを夢見ていたのだろうか。
そういえば飛び込んでくるとき彼はなぜかとても晴れやかな笑顔を浮かべていたような気がする。
ニキビが目立つブサメンの気持ち悪い笑顔だったので記憶にへばりついてしまっていた。
ご主人のハンドル捌きによって九死に一生を得たようだったが、そういう目論見があったのなら彼は懲りずにまた同じようなことをして死のうとするかもしれない。
もし転生後の世界で会ったら超重量級トラックアタックを食らわせてやる。恐らく免停になってしまっただろうご主人の恨みと無念を晴らしてやる。
『耳の形はちょっと違うんですけど、体の構造は大体一緒のエルフなら大丈夫そうなんですが……。それでもよろしいでしょうか?』
「エルフですか……」
トラックのエルフとかなんかちょっと危ない気がするけど。
商標登録とか必要そうな感じがするし。
『寿命はエルフのほうが長いですし、お詫びに魔法の才能もちょっとだけおまけで加えさせていただきます。それに特典で与えられた能力もエルフであれば不審に思われることも少なくなくなりますから、悪いようにはならないと思うんですが……』
「まあ、俺は誰かを乗せて走れるのならなんでも構いませんが」
俺が言うと女神はほっとしたように息を吐き、よかったと声に出した。そして、
『では、私からの精一杯の祝福を込めて送り出させていただきます。あなたの第二の人生が素晴らしいものになりますように!』
万物を癒すような、女神に相応しい柔らかな微笑みを浮かべて俺に両の掌をかざした。
こうして俺はトラックから生まれ変わってエルフとして異世界で生きることになった。
―――――
俺の有機物としての新しい命はとある森の奥にあるエルフの里の若夫婦の長男として始まった。
車だった俺には決められた性別などなかったのだが、一人称を『俺』と呼称していたことで女神様が男を選んだようだ。
関節があって皮膚がある。口があって喉があって、声が出る。呼吸をする。何もかもが初体験で不慣れな肉の身体に俺は最初こそ戸惑いを覚えたがすぐに順応した。
尿意や便意などの排泄欲も感覚こそ違うがマフラーからガスを排出するのと似たようなものだと解釈してからは特に気にならなくなった。
「ばぶー!」
「はいはい、グレンちゃん。お乳が欲しいのね」
俺の泣き声で母親がやってくる。
俺の新しい名前はグレン。
紅蓮のように赤い髪をしていることからそう名付けられた。両親も赤髪なんだけど、そこらへんはどうなんだ。
赤毛が生まれるたびにそれにちなんだ名前をつけていたら数世代後にはネタ切れするぞ。
ひょっとしたらもうネタ切れしていて先祖に同じ名前が三人くらいいてもおかしくない。
「はい。たっぷりお飲みなさいね」
俺は母エルフから差し出された柔らかい乳房に手を当てて母乳を吸い出す。
母エルフの乳房は小さいながらもご主人のシートに触れた尻の感触よりも柔軟だった。まあ、こっちは完全に脂肪の塊だから当然と言えば当然か。
凹凸の少ない、ほっそりとした体つきの美人エルフな母親。
エルフは基本的に余計な肉はつかない種族らしく、彼女が別段貧相な体形というわけではないらしい。
年齢も見た目は二十代そこらだが、人間と同じように老けるわけではないのでこれでも結構な年を召しているのだとか。
ちなみにこれらは両親の会話に聞き耳を立てて仕入れた情報である。
母乳を飲み、排尿し、時にうんこを漏らしながら俺の哺乳類ライフは順調に開幕した。
エルフを哺乳類と表現するのが的確なのかは専門家でないので知ったことではない。
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