2 薄紅色の花々の中で(1)

 雨が窓を叩く音がする。

 心配していたが、やはり降ってきたようだ。


 机に置いた映写機に手をかざすと写真が映し出される。


 一枚目は小さな女の子を真ん中に、若い男女と三人で手を繋いでいる。きっとナナリーの両親だろう。

 次は学生時代に撮った写真のようで、同い年くらいの友人たちと笑顔で写っている。

 その後も笑っている写真が続いて、どれも楽しそうだなと、つられて口元に笑みが浮かぶ。


 セルシオとナナリーが腕を組んだ写真になったところで、魔力の流れを止める。

 音もなく写真が消えた。


 セルシオは無表情で、


「ーーー大丈夫だ。お前を忘れるわけじゃない」


 『忘れないで』という約束は、ずっと憶えているから。


 しかし映写機は静かなまま、何も答えなかった。




 慣れた足取りで消毒液のにおいのする廊下を歩く。


 もう目を閉じていても着けるくらい通っている病室の中を覗くと、ナナリーはベッドの上で本を読んでいた。

 顔色は悪くないようだと窺っていると、こちらに気づいてぱあっと笑顔になる。


「セルシオっ」


 ナナリーがうきうきと両腕を広げるので歩み寄る。

 身をかがめると、嬉しそうに抱きついた。


「どうだ?」

「元気よっ。院内走り回れちゃうくらい」


 笑って言うので、それはやめとけと呆れた。


 離れると、あれっと手を見る。


「腕冷たい。雨降ってた?」

「ああ。今は雨だったけど、毎日雪が降って積もってる」

「そっか。ここにいると天気も季節も分からなくなっちゃう」


 残念そうにふてくされるので、セルシオが紙袋を差し出す。

 途端にナナリーが目を輝かせた。

 お気に入りのケーキ屋の、果物のパイだ。


「きゃー、嬉しいっ! もー病院のご飯飽きちゃってさー」


 彼女が入院して三週間が経つので仕方ないだろう。


「ナナ、他に欲しいものはないか?」

「何? 入院中に太らせる気?」


 じろっと睨むので、セルシオが苦笑する。


 あっ、じゃあさ、と枕元のテーブルの上をがちゃがちゃ引っ掻き回す。

 薬や学術書などと一緒に置いてあったカメラを手に取ると、セルシオの腕を引き寄せる。


 カメラを掲げて、


「はい、いっくよー?」


 セルシオと腕組みをしてシャッターを切った。


 ナナリーは笑顔でウィンクして、セルシオはいきなりだったので口が半開きになってしまった。


 映写機から映し出された写真を見て、ナナリーがへっへー、と嬉しそうにほくそ笑む。


 セルシオはむすっと口を曲げて、


「何だいきなり」

「だぁってセルシオと二人の写真って全然ないんだもん。見てよこれ、私の写真ばっかなのよ」


 不満そうに口を尖らせて、次々写真を見せる。

 小さい頃や最近のものなど、全てナナリーや彼女の家族、友人と写った写真だ。


「もっと……撮っとけば良かったね」


 目線を落としてしんみりつぶやく。


 セルシオはうつむいて、


「……まだこれからいくらでも撮れるだろ」


 そだねっ、とナナリーが明るく笑った。


 そうだと思いついて、


「あっ、じゃあセルシオだけで一枚。はーい、笑って笑ってー?」

「はっ? いや、僕はいい」


 逃げようとするのをいーからいーからと丸め込まれ、カメラを構えるのでセルシオが緊張する。


 撮影した写真を見て、


「あははは何これー! 証明写真みたーい」


 確かに表情は固く、真面目くさった顔になっている。


 それにしたって腹がよじれるくらい大笑いすることはないだろう、とセルシオがむくれた。

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