3 答えと疑問(2)

 セルシオが帰ってきたときには部屋の床の半分ほどが見えるようになっていた。


 晩ご飯の後、袋に入れられた不明物を選り分けていると、後ろからフィルムが差し出される。

 振り返ると、アルトがにぱっと笑っていた。


「写真っ、片付けてたら見つけたんだ」

「……何が写ってた?」


 セルシオの背に冷たい汗が流れる。

 この部屋にあるフィルムで思い当たるものは一つしかない。


 アルトが本のような映写機にフィルムをセットすると、笑顔でウィンクする女性とセルシオが腕を組んで並んでいる写真が映し出された。


「セルシオと一緒にいるの、綺麗な人だねっ」


 セルシオが唐突に映写機を取り上げるので、アルトが驚き目を丸くする。

 すぐにはっと我に返るが顔色が悪い。


「ごめんね、見ちゃって。この人……恋人?」


 セルシオの心臓が跳ねる。呼吸が速くなっているのを隠すため、アルトから顔を背ける。


「そう……だな」


 アルトがやっぱりそうなんだー、と笑う。

 あれ? と首を傾げて、


「ええええでも彼女がいるなら、ぼく何でお見合いしに来たのっ」


 頭を抱えてショックを受けるアルトに、セルシオが苦い顔で


「もういな……」


 言いかけてはっと口を押さえる。

 無言で立ち上がると、映写機を持って寝室に行ってしまう。


 それを見送って、アルトが頭上に疑問符を浮かべる。


 結局彼女はいるのだろうか、いないのだろうか。


 そもそも大切な写真なら、なぜ寝室でなく物置部屋のがらくたの中に放っておいたのだろう。

 それともアルトに根掘り葉掘り訊かれるか、からかわれるとでも思ったのだろうか。

 いかな奔放なアルトでも、そのくらいの分別はあるのに、とむくれた。


 彼女か、と天井を見上げてふうと息を吐く。

 見合い相手に恋人がいるなんて思いもしなかった。


 いや本来はいないはずだし、セルシオの今の様子なら元恋人のようだが、忘れられない人ではあるようだ。


 けれどアルトはさほどショックではなかった。

 アルトから見たセルシオは、今のところ恋人よりできたばかりの友達といった方が近い。


 セルシオだって、親切でこうして部屋まで与えてくれているが、ただの居候としか思っていないだろう。


 そもそもアルトはこれまで父の商売道具の一つとして育てられてきたのだ。

 結婚相手を選ぶ自由なんてないことは分かっていた。恋愛は結婚した後にできればいいし、できない可能性だって想像していた。


 しかし家に見放されたこの見合いは、商売事は絡んでいない。

 つまりセルシオと恋愛そして結婚するか、はたまたセルシオ以外の人とするのかはアルトの自由なのだ。


「そういえば、結局聞いてないな、お見合いの返事……」


 けれど今急いて訊いたところで想像はつく。

 出会ってまだ三日しか経っていないのだから。


 アルトは首を傾げてむーんと悩み、考えを振り払うように、よし! と気合いを入れた。


 ずっと欲しかった自由。

 それを足枷にしたくはないから、まずは目の前のことを見よう。




「セルシオって、家に他人がいても気にならない人?」


 晩ご飯の席でそう尋ねられ、セルシオが眉をひそめる。


「どういう意味だ。気にはしてるぞ」


 気を遣ってないとでも思ってるのか、とばかりに苦々しく言う。

 慌ててそうじゃなくてと手を振って、


「だって何だか他人ぼくがいても自然に見えるから。ぼくは家に他人がいるのは当たり前だったけど、みんなそうなのかなって」


 お嬢様のアルトなら、普段から周りに侍従がいただろう。それに教育係に料理人、会社や取引先の人の出入りだって多かったはずだ。


 けれど一般家庭で育ったセルシオは違う。

 家にいたのは家族だけだし、来客だって親類に自分や家族の友達、近所の人など知ってる人だけだ。


 そうだなと呻り、


「もしかしたら……姉の影響かもしれない」

「お姉さんっ? そういえばセルシオ二人姉弟だっけ。どんなお姉さんなの?」


 目を輝かせて食いつく。


 セルシオが煮魚をつつきほぐしながら、


「外では大人しくしてるんだが、家では傍若無人でよく虐げられた。小さい頃はままごとに付き合えだの、大人になってからは買い物についてこいと言って荷物持ちをさせられた」


 アルトがころころと楽しそうに笑う。


「だから慣れてるんだ? キミ、女性に弱いんだねっ」


 うるさい、と自覚のあるセルシオが澄ました表情のまま言い返す。


 他には? とわくわくしながらアルトがせっつく。


「私の三つ上で、あとは……背が小さい」


 これくらい、と椅子に座っているセルシオが頭上数センチの高さで水平に手を振って、アルトが小さい! と驚く。


「へえぇ、可愛いねっ。ね、お父さんは? お母さんはどんな人?」


 矢継ぎ早に尋ねるアルトに、セルシオが訝しむ。


「楽しいか? 私の話を聞くのは」

「楽しいよ。ぼく、キミのこともっと知りたいもん」


 そうにっこり笑う。


 率直なセリフにセルシオの方が恥ずかしくなって顔を反らす。


 アルトの垣根が低いのか、それともセルシオの石垣が高いのか。


 けれどそれくらい気軽に考えてもいいのかもしれないなと思う。

 好意がどうとかの前に、数日でも同じ家に住む者のことくらい知ったっていい。


 しかしセルシオは口下手で、相手のあれこれを訊くのが苦手だ。


 誰か代わりに会話の得意な者がアルトに質問してくれたらいいのに、と虫の良いことを考えていると、適任者をすぐに思いついた。

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