1 お見合いと迷子(3)

 この街は数多の家や店などの建物が積み重なって出来ていて、下層階は古く、上に行くほど新しくなっている。

 新しい家は古い家よりもちろん高い。

 なので、頂上に近づくほど富裕層が多くなる。


 なので街の頂上から二つ下がった階にあるこのレストランは高級の部類に入る、ということだ。

 つまり、庶民のセルシオにとっては居心地が悪い。

 が、相手が相手なので当然の選択だろう。


 店内の一面は大きな窓になっていて、広がる星空と煌めく街の灯を見下ろして「ロマンチックね」と、隣のテーブルの女性がうっとり吐息を漏らしていた。


 そういう点でも居心地が悪い。


 このレストランを指定した所長は、急な出張が入ったということでこの場にいない。

 ゆえにセルシオ一人での見合いだが、今朝のことを訊くにはちょうどいいのかもしれないと思う。


 なぜ家の前で寝ていたのか、なぜお嬢様が自分と見合いをするのか、と訊きたい質問を指折り考える。


 そうこうしてるうちに、待ち合わせの相手が従者と共に現れる。


 その姿にセルシオが目を見開き固まった。


 白にローズピンクの刺繍で模様が描かれたドレスにラメの入ったストール。

 腰まである長い髪はストレートからウェーブになっていて、半分アップに、半分は下ろされている。


 高級レストランという場であるのに、その上を行く気品と可憐さに周りの人たちがちらちら振り返る。


 彼女の後ろについている従者は、今朝と同じ紺色のワンピースに大ぶりのネックレスが足されていた。


 お嬢様はセルシオを見とめると、小首を傾げてたおやかに微笑む。

 そして立ち止まり深々と頭を下げた。

 倣ってセルシオも頭を下げて、ようやく二人が前に立つ。


「お待たせをいたしました、レイトス様」


 従者が言って、いえ、と返す。


 お嬢様が両手でスカートをつまみ上げ、目を伏せて頭を下げる。


「アルトローザ・カルティアと申します」


 今朝の奔放な雰囲気が嘘のように大人しい態度だ。

 やはり夢を見てたのかと疑いたくなる。


 しかしお嬢様はちらと目線を上げると、


「今朝は大変失礼をいたしました」


 ほんの少しだけ舌を出し、照れ笑いする。


 夢じゃなかった、とセルシオがショックを受ける。

 キッチンには彼女が使ったカップが今も残っているのだからもちろんそうだ。


 気を取り直し、コースの前菜が運ばれてきて見合いが始まる。


 訊きたいことは山のようにあったが、まだこの場所と状況に馴染めていないので、とりあえず社交辞令的な会話を交わす。


 従者は今朝と打って変わって微笑みをたたえながら物腰柔らかく話しかけ、相槌を打っていた。

 主に仕事の話、家の話、趣味特技……。


 それらを質問し、答えたのは全て従者で、アルトローザはセルシオの前で澄ましたまま一言も喋らない。

 なぜかじっと皿に目を落とし、上品に一口サイズに盛りつけられた魚や野菜をさらに四等分に切っては口に運んでいる。

 目の前の会話、引いては見合いが終わるのを待っているだけのように見えた。

 これではどちらが見合い相手なのか分からない。


 今朝はあんなによく喋っていたのにと思い、そろそろいいかとセルシオが切り出す。


「あの、今朝はどうして私の家の前に?」


 寝ていたのか、とはさすがに訊けず、そこで止める。

 従者にではなく目の前のアルトローザに向かって質問した。


 するとアルトローザがぱっと顔を上げる。

 その目が一瞬輝いたように見えた。


 口を開いたところで、すかさず従者が割り込む。


「早くレイトス様にお会いしたかったのですよね、お嬢様」


 余計なことは喋るな、とばかりに従者が答えを押しつける。

 アルトローザは満足していない様子で目を細めてうなずいた。


 なるほど、口止めされているのか。

 従者がそばにいる限り、本当のことを訊き出すのは難しそうだ。

 それでも質問を続ける。

 答えを知りたいと思うのは、彼女に興味があるというより研究者気質によるものだと思う。


「私は一介の研究員です。研究室長という肩書きはありますが、とりたてて見栄えのする役職ではありません。なぜ、カルティア家のご令嬢が私などとお見合いを?」


 卑下した物言いに聞こえるかもしれないが本当のことだ。

 室長など、大財閥や大企業の社長やその令息と比べればちっぽけなものだ。


 またアルトローザが口を開くが、すぐに従者に先を越される。


「ご謙遜を。その若さで室長でいらっしゃるのは相当優秀だからですわ。またカルティアの当主は研究にも興味がありまして、今回の縁談を機に今後は研究施設も……」


 ペラペラという言葉は薄っぺらいことを並べ立てるからそう言うんだろうか、と思いながらアルトローザを見やる。

 相変わらず視線を落としじっとしている。

 先ほどよりもしょぼくれているように見えて、借りてきた猫、というより首輪をつけられ声を出すなとこっぴどく叱られた犬のようだ。


 その後もそつなく見合いは進んだ。


 アルトローザから直接話を訊きたかったが、全ての質問にはまるでアルトローザの口代理とばかりに従者が答え、彼女が声を出すことはなかった。

 途中、席を立つときももちろん従者が付き添っていて、セルシオが声をかける隙など微塵もありはしなかった。


 結局多くの疑問を腹に収めたまま、見合いは終了した。

 深々と礼をししずしず去っていくアルトローザを見送って息を吐く。


 まあいい。これで終わりだ。もう会うこともない。


 考えないでおこうと思いながら、また悩む夜を過ごすのだろうな、とため息をついた。

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