1話 ここがキャッツカフェ!

『キャッツカフェへようこそ!

 お困りのことがございましたら、どうぞキャッツカフェへお立ち寄りください!

 どのような種族の方でも歓迎いたします。

 貴方の悩みが解決するお手伝いをさせていただきます。

 もちろん、本業であるカフェとして珈琲などの提供もしております。

 場所は簡単! 今ある地図の真ん中、東の外れ!

 ご用命はキャッツカフェへ!』


 ジジ……ジジジジッ……。


 ラジオのような電波に乗せて明るい声が響いている。それが、誰に届いているかは、発信元である、キャッツカフェではわからないだろう。だが、誰かに届いているという望みをかけて、呼びかけているのだ。


「アリス、そのへんでいいわ。ありがとう!」


 マイクに向かって話しかけている少女の肩をポンッと軽くたたき、声をかけたこちらも同じく少女がいた。


「店長! お安い御用ですよ!」


 マイクごしに話していた少女が振り返った。彼女の種族は羊だ。両耳の上に黄色く丸い角がある。茶色い髪と青い瞳をしている。大きな目で店長を見た。


「いつも、意味があるかないかわかんないことさせてごめんね」


 店長は、紫色の体毛を持った猫科の少女だった。少しつり目の金色の瞳だった。


「店長のためなら、いつでもやりますよ! きっと、誰か聞いてくれていますよ!」


「アリスの美声を聞いてくれている人がいると信じましょう! また、頼むわね。今日はお店に戻って」


「はーい!」


 ふんわりした動きで彼女は放送用に作られたブースを出て行った。


「伝わってればいいわね……」


 店長であるコラットは、遠いところを見ながら言った。


「ここは理想を実現する場所。キャッツカフェ。母からの預かりもの。決して、この場所を侵させはしない」


 つぶやきは風に溶けた。


「あ、アリス!」


「どうしたんですか、店長」


「私、ちょっと散歩に行ってくるわ。あとよろしく」


「はーい!」


 さすが猫。お散歩好き! とアリスが小さくつぶやいていたのは、内緒だ。




「この辺じゃないのかな。ラジオの音も近くなってると思ってたのにな。終っちゃったし」


 一面真っ白な雪景色の中にいたのは、少し頼りなさそうな優し気な風貌をした少年だった。


「だいたい、東の端なんてざっくりしたので、見つけられるわけないよ」


 溜息をつきながら彼は歩いていた。いや、彼は、結構詳しい場所を聞いているはずだったのだ。言うなれば関係者なのだ。たどり着けないのは、彼にも問題があるのだが、それを認められないのだろう。


「はーあ、これじゃ迷い猫だ。歩いても歩いても真っ白でつまらないよ!」


「迷い猫? 迷いユキヒョウの間違いじゃないの?」


「コラット! お久しぶり!」


「なかなか来ないから心配してたのよ、シムラン」


「迎えにきてくれたんだ! ありがとうコラット!」


 まるで屈託なく、礼を言う年下のユキヒョウにコラットは苦笑した。

 ユキヒョウは、猫の中でも最も寒さに強く、最強種だ。その分、数も少ない。猫にある軍での主要戦力だが、このユキヒョウは暢気すぎる。


「ところで何の用なの? 依頼?」


「依頼というか……一度話を聞いてほしいんだ。僕は軍の命令できてるんだ。すごく言いにくいんだけど、君の双子の妹だか姉だか、どっちだっけ? と、うちの弟が駆け落ちしたらしいんだ」


「はぁ?」


「ほら、二人は一緒の部隊だったじゃないか。なんかあやしいな~なんて思ってたんだけど、どうやらデキちゃったみたいで」


「子供が?!」


「うん、僕らの年なら別にめずらしいことじゃないんだけど、両家が大反対したらしくて」


「え? 私の家の方も? 特に反対するような要素ないと思うけど」


「主に君の父上だよ。娘はやらん的に」


「あぁ、それなら」


「君の父上にとって弟は部下だし。結局何の挨拶もなしに手を出してたから、怒髪天を突き抜けて、伝説だったよ。ド修羅場だった。大変だったよ。うちはうちで、絶対に結婚は認めないって姿勢だし」


「なんで? 弟君、長男でもなんでもないじゃない。長男のあなたの下に5人くらいいなかったけ?」


「5人兄弟だよ。全部で5人。うちはユキヒョウ純血家系だから、普通の猫種と結婚なんてあり得ないって姿勢だし」


「だっけか。それで、結局何?」


「キャッツカフェに二人はきてない?」


「来てないわよ。さ、帰って」


「いやいや、来てなくても依頼だよ。僕から。二人を一緒に探して」


「いやよ」


「なんで!」


「私には関係ないし」


「あるでしょ!? 姉妹でしょ」


「キャッツカフェを放置していくわけにもいかないし。痴情のもつれなんて、犬も喰わないわ。自分たちでどうにかする問題でしょう」


「身内の問題だから関係ないなんてことはないでしょ。そう言うと思っていた君の母上からの手紙を預かってきてるよ」


『シムランと一緒に解決しなさい。一族の恥をこれ以上晒さないように。お姉ちゃんとして妹をちゃんと説得しなさい』


「好きで姉に生まれたわけじゃないわよ!」


「はいはい、僕だって、好きであいつの兄に生まれたわけじゃないよ。とにかく行こう。僕はもう面倒臭すぎて早く帰りたいよ。当人同士でどうにかさせればいいんだ」


「なんで私たちが巻き込まれなくちゃいけないの?!」


「でも、結構前からだよね。本当に人騒がせな兄弟だよ」


「何回目なのって話!」


「早く解決しちゃおうよ。僕疲れたから、コーヒー1杯もらえる? お腹も減ってるんだけど」


「仕方ないわね。ついてきて」




「いらっしゃいませ」


 そこにいたのは、メイド服を着たメガネの猫だった。古風なメイドの衣装だ。スカートの丈も長い。この店では、メイド服が制服だ。コラットのメイド服は丈が短くニーハイだった。アリスの制服は膝丈で、それぞれ個性がある制服になっている。ちなみに、このキャッツカフェの店員は現在、五人だ。バイトを入れても六人だ。


「あら、コラット。そちらの方はお客様?」


「シャル。依頼……この世で一番受けたくないけど、絶対に受けなきゃいけない依頼よ」


 メガネの女性の名はシャルロッテという。愛称がシャル。彼女の起源は狼だ。


「こんにちはー! お腹減ったので何か食べる物ありますかー?」


 シムランは、構わず自分の主張をしている。コラットが乗り気じゃないので、あえて空気を読んでいないのかもしれない。


「お客様、メニューをご覧ください。受けたくないなら断ることはできないの?」


「できたら、とっくにそうしてる。しばらくキャッツカフェを離れないといけなくなるわ。不安でしょうがない」


「あら、大丈夫よ。ここが開店してもう五年よ。みんな慣れてきてるわ」


「そうなんだけど、店長不在はいろいろとまずいでしょう」


「僕、コーヒーと、サンドイッチ! こんなの食べられる機会なんて二度とない気がする!」


「シムランは暢気すぎよ!」


「だって、あの弟たちに関わって辺境の地まできて、何にも楽しみないじゃないか! 食べ物くらい楽しみくれてもいいじゃないか!」


「はいはい、もう勝手にして。シャル、ニアいない?」


「お客様、かしこまりました。ただいまお持ちしますので、お待ちください。ハイーニアなら厨房よ。呼んできたほうがいいのかしら?」


 シャルロッテは、シムランをとても丁寧にもてなしているが、コラットへの配慮も忘れない。


「いや、今から調理しないといけないわよね。私が行くわ。注文も伝える。シャルはお客様の相手していてくれる?」


 コラットは返事も聞かずに、急ぎ足で厨房へと向かう。


「ニア! お客様、サンドイッチひとつ。あと、依頼。私、しばらくこの店を空けることになると思う。ニアには、その間、ここを任せたい。店長代理。死守してほしい、この場所を」


「コラット。急すぎるわよ」


 ほんわり優しく返す、大柄な女性がいた。


「あまり急ぎすぎると事を仕損じるわよ」


 なんと、彼女は割烹着に着物だった。エプロンにフリルはついているが、メイド服とは次元が違う。


「だって、急を要することなんだもの。ニアがいれば、ここは襲撃されても大丈夫だと思うんだけどね」


 彼女はシロクマだ。最強の武人。彼女に勝てるものは、同じシロクマくらいだろう。


「いってらっしゃいな。ここは大丈夫よ。店長は、依頼もこなさなくてはいけないでしょ。あまり常駐するものじゃないわ。ここに常駐するのは、私とティティ、アリスとシャルロッテちゃんだけでいいわ」


「それって、私以外全員じゃない!」


「あらあら、フクロウのメイちゃんだっているじゃない。あの子は依頼専門のバイトだから常駐なんてしなけど。それに、人手が足りなくて、どうしようもない時は、私だって外に出るわ」


「わかったわよ! 行ってくるわ。まあ、身内のトラブルっぽいしね……」


「イヤそうね」


「昔から、ろくなことがないのよ、妹に関わると。今度で最後だと信じたいわ」


「私は、姉妹なんていないからうらやましいわ。シロクマは、双子で生まれる確率が高いけど、一人は育児放棄されちゃうからね。性質的に」


 そこには、とても深い悲しみがあった。それは、ハイーニアの過去に関係している。誰も、その悲しみを取り除くことができない。彼女の一部だからだ。


「ニア?」


「なんでもないのよ。すぐ行くの?」


「そのサンドイッチを幼馴染のシムランっていうユキヒョウが食べたら行くわ」


「いってらっしゃい。気を付けてね」


「ありがと、ニア。私、準備してくるわ」


 コラットは自分の部屋に向かうため、廊下を歩いていた。


「コラット」


 小さな声でかすれるような声で、コラットを呼ぶ声がした。


「ティティ、久しぶり!」


 そこにいたのは、真っ白な髪と真っ赤な目をした少女だった。彼女はアルビノのペンギンだ


「コラット、行く?」


「そうなの、行かないといけなくなっちゃったのよ」


「ん、聞いてた」


 ペンギンであるティティはキャッツカフェの電子ネットワークを完全に把握している。店内には、防犯のために、くまなく音声や画像を拾えるようになっている。電子機器を使っての警備や防衛などは彼女の最も得意とすることだ。また、彼女はアルビノのため、太陽光に弱い。地下にある完全密閉室にいつも引きこもっている。出てくることは稀だ。また、頭の中に特殊な電子チップが埋め込まれている。それが彼女を最強の電子ネットワークの支配者としている。頭の中にパソコンがあるようなものだ。


「キャッツカフェをよろしくね」


「わかる。コラット、ぐっどらっく」


 ピッっと親指を立てていた。ティティはしゃべり言葉に関しては舌ったらずだ。電脳世界では、とても滑舌よくしゃべるが、いざ、口を使って言葉を発しようとすると、しゃべるという動作に慣れていないのか、言葉を覚えたての子供のようにしゃべっている。ちなみに、ティティは接客をしないので、制服がない。彼女は、ハイーニアに服を用意される時は膝上丈の着物だったり、アリスに用意されるときは、Tシャツに短パンだったりする。今日はコラットが用意したので、ジャージだった。時々、自分で選んだ不思議な言葉の書いたTシャツを着ている。


「ありがとう、ティティ」


「コラット~? 準備できた?」


 シムランドの間延びした声が聞こえてきた。


「あら、サンドイッチは食べ終わったの?」


「もちろんだよ。早く帰ってきたいから、早く行こうよ」


「そうね」


「今、そこに誰かいたと思うけど、僕の視界に入る前に消えたね」


「ああ、ティティ? 恥ずかしがりやなのよ」


「まあ、僕ら猫は耳がいいから、話の内容は聞こえてたけどね」


「そうだろうと思ってたけど」


 呆れた顔でコラットはシムランを見る。


「ねえねえ! 僕の予想なんだけどさ、きっと君の妹と僕の弟は、ここにくるよ。最終的には」


 呆れ顔のコラットよそに、シムランはキラキラした目でコラットに話しかける。


「なんでそんなことがわかるの?」


「だってさ、ここは、いろんなことを解決してくれるところなんだろう? 身内のコラットだっている。頼らないわけないよ。だからさ、本当はここで待ってたいけど、いろいろと動かないとうるさい人たちがいるから、今回は動こう」


「探すは?」


「あるわけないじゃないか。けど、ここより南に行こう。身重の体で早々寒いところにはいけないだろうからね」


「そうね。でも、ここより南は狼の領地よ。どうするの?」


「そのためのキャッツカフェでしょ。あの、メガネ美人の狼さんに頼んでよ。狼の領地に入れるなんてわくわくするなぁ」


「そんなことのためにキャッツカフェを使いたくなんだけど。だいたい、初歩的な疑問だけど、何の後ろ盾もない猫が狼の領地に入れるかしら?」


「これは、確定情報じゃないけど、狼の知り合いがいる。君の妹には。頼っていっているかもしれない。だって、猫は頼れないだろうからね」


「まさか、あの親猫派の変わった狼の一族? 知り合いねぇ。一人、お人よしの狼がいるわね」


「匿ってくれそうな人いるんでしょ?」


「そりゃ、すぐに顔を思い出せるし、場所もわかるけど……」


「その人のとこ行こう」


「けれど、本当にそこにいるかわからないわ」


「いいじゃん、遊びに行く感じで」


「いやいや、なんでよ」


「いってきますしよう!」


「ちょっとシムラン、まだ何の準備もしてないから、引っ張らないで!」


 こうして、二人は南を目指すことになった。


「昔の言葉で逃避行って北だって聞いたことあるわ」


 コラットは、長い間歩かなければならないことを考えただけでうんざりしていた。


「とりあえず、僕、GPS付けられてるんだよね。動かないとマズイよ~」


 だから、慌てて出てきたんだよ、とコラットに話す。


「どうしてそこまでするの? 軍は?」


「ちょっと大きな問題だからでしょ。軍の中で」


「どういうこと?」


「軍規違反。かつ、大事な戦力の喪失だね」


 まあ、軍規違反くらいなら別に罰をうければいいだけだけどね。本来、おめでたいことだし、とシムランはつぶやいた。


「大事な戦力? 誰のこと?」


「君の妹君のことだよ。俊足の姫君。戦姫。最前線の特攻隊長。彼女が産休することの意味だよ」


「意味?」


「戦姫がいないってことで味方の士気が下がる。そして、敵への牽制もなくなってしまう」


「ねえ、私、知らないんだけど、あの子そんなにすごいの?」


「戦場じゃ有名な話だよ。あの子がいるだけで全然違う。きっと、それを皆心配しているんだ」


「妹は戻らないのかしら?」


「わからないよ。だから、会って話すんだ」


「結構、深刻な話だったのね」


「僕には、あまり関係ない話だけどね」


「あなたも、軍の一員なんでしょ。関係なくはないんじゃない?」


「僕の舞台はどちらかというと後衛だからね。戦姫は見ていないし」


「後衛って安全でいいじゃない」


「安全ね。僕の能力のせいもあるけど、前線には立てないだろうね」


 いつもと違う暗い表情にコラットは不思議に思う。こんなに飄々としたシムランでもこんな顔をするんだ、と。


「悔しいの?」


 意外に思って訪ねた。


「ユキヒョウの長男としては、失格だね」


「継がないんじゃないの?」


「酷いこと言うね。傷つくよ。このままだと絶対に継げないだろうね。ユキヒョウは実力主義だから」


「あの、三番目のすっごい怖い能力持った子がいたわよね。あの子が継ぐもんだと思ってたわ」


「そうなるだろうね。僕も、次男もいじけるしかないよね。これが結果かな」


「めんどくさいわね」


「僕は弟が生まれた時点で諦めてる。僕の能力は戦闘にあまり向かないし、戦いのセンスもあまりない。僕が、ユキヒョウとして生きていくには、後衛で細々していくしかないよ」


「でも、シムランって戦術とか相手の手を読むの、滅茶苦茶得意じゃなかった?」


「それって、戦いの中では、そんなに重要じゃないと思うよ。みんなの手本になって戦えないんじゃ、示しがつかないだろう」


「情報戦というか、知略戦になったら、たぶんシムランほどうまく軍を動かせる人っていないわよね」


「何を見ていってるの?」


「前に、陣地とりゲームとかしたじゃない? 私はいつもシムランと一緒だった」


「コラットも僕も戦い向きの能力じゃないから、苦戦したよね。僕らは戦うべき猫じゃないんだと思った」


「けど、勝ってたじゃない。私たちが」


「偶然だよ」


「今は戦姫って呼ばれるような猫によ。あなたの弟だって強いじゃない。能力がすごいもの」


「小さかったからね」


「そうかしら。私が病気で体が弱くてあまり動けなくても勝ってた。策を張り巡らすだけで。すごいと思う。才能よ。そのために持って産まれてきた能力だわ」


「僕じゃ、軍師になれない。僕はユキヒョウとして戦場で戦うことを決定づけられてる」


「軍のことはよくわからないけど、シムランが決めつけてるだけじゃない? 希望したら、その通りになることもあるわ。お願いだから、諦めないで」


「コラットは軍のこと知らないから」


「シムランに、救ってほしいよ。シムランの考えで死ななくていい猫が死なない世界を作ってよ」


「コラットは昔から無茶ばかり言うね。もう黙って歩いて」


「シムラン!」


「夢や希望を持って足掻いて生きてくのは大変だよ」


 シムランはそれ以降、食事の時間まで口を開くことはなかった。その横で歩きながらコラットがバーカバーカとずっと言っていたのは、完全に無視されていた。













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キャッツカフェへようこそ かささぎ @kasasaginohane

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