8.5話 : 儂の過去と、1つだけ お願いしたい。

アッサムは “誰かのために” 弓矢を握ると言った。仕方なくでも、自分のためでもなく、誰かのためだと言った。




儂にはそれがこの上なく嬉しい。




儂に出来なかったことを、アッサムならきっと叶えてくれるだろう。アッサムの、その強い意志によって道は開かれるだろう。
















儂は昔、助けようとした人を最後まで助けられなかった。あの方の最後を見届けられなかった。見届ける前に、儂は殺されてしまったからな。











あの方は幸せになられたのだろうか?

女王様に見つけられてはないだろうか?

儂は上手く、あの方を逃がせたのだろうか?
















儂には……いや、には前世の記憶がある。つまり、儂らは想像上の存在と関わりのある人間なのだ。

















そして、それは村長になるための絶対条件。

















前世の記憶がない者に、今世の今後は任せられない決まりなのだ。




だから、村長は想像上の存在に何かしらの関係を持った者たちと言うこと。




ただ、関係がある限り近くには居られない。




1番遠くに居なければならない。











こうして生きていられる喜びと、会いたい人に会えない苦しみとを抱きながら生きていかなければならない。











この世界での村長とは、運命というものに飼われた犬に過ぎない。




見えない首輪をつけられ、その場に留まることしか出来ず、誰かにあの方を託すことしか出来ず、ただ、永久の平和を『選ばれた勇者』に願うことしか出来ず、訪れるであろう平和な未来を指をくわえて待つことしか出来ない。




こんな、生きている価値もないような儂にも、ここにおる赤ずきんを護るという使命がある。




たった1人をも救えなかった儂が、勇者にも英雄にもなれなかった儂が、この物語のキーとして存在しているのは そのためでもあるのだから。




いや、儂だけではない。




村長として、想像上の存在の側にいる物全てがキーだ。









そして村長らは皆、愛しい人のために今を生きておる。会いたくても会えない、愛しい者のために。




儂らは愛しい者と会えたなら、愛しい者の安否が確認できたなら、どんなに安心出来るだろうか。




儂らには、そんなことさえ出来ないのだ。























でも、出来ることならもう一度………あの方の姿を一目見たい。































儂が愛し、忠誠を誓った、あの白雪姫様に………。






















儂は女王様から白雪姫を殺し、その心臓を持ってくるよう仰せつかった。





だが、儂はそんなことなどしたくなかった。





だから儂は白雪姫様を逃すことにした。





森の入り口へと連れて行き、遠くへ行くよう促した。心臓はそこで見つけた猪の心臓を。





バレることは分かっていた。だが、少しくらいは時間稼ぎが出来るだろうと思っていた。





だが、そんな儂の期待は呆気なく、心臓を渡して数秒でバレてしまったのだ。


















儂は時間稼ぎすらろくに出来ない役立たずだった。


















儂は、女王様に連れられ地下まで降りた。





そこでとんでもないものを見てしまった。















女王様は魔法の研究をしていたのだ。


















女王様のお母様が魔法使いなのは有名な話。魔法使いは、その系統にしか使うことの出来ないものだから。





魔法の鏡があるのも、女王様がこの若さを保っているのも魔法の力。





だが、この魔法は違った。





完全なる悪。つまりは人を殺すためだけに作られた魔法。





それは白雪姫様を殺すために作られたような、ここ数日のものではない。




何年もの月日を費やし、誰かを殺そうとしていたということだろう。




そんな中、目の前にいる女王様は口を開いた。





女王「丁度、人間の心臓が必要だったんだ。お前の心臓で この魔法は完成さ、ありがとうよ。そしてこれを白雪に使うのさ。でも、この姿じゃあ駄目だね…………そうだ。あの忌まわしい姿なら きっと。白雪の大好きな大好きな私の母の姿なら………。殺したいやつの姿なんかに なりたくはないけどねぇ、仕方がない」





そう言うと女王様は魔法を唱えたのだ。





女王「ビビデバビデブー」





みるみる内に女王様は老婆へと姿が変わったのだ。




それも、女王様の母親。かの有名な魔法使いの姿に。




それは白雪姫様と妹様が愛する魔法使いの姿。





白雪姫様を騙すには十分過ぎるものだった…。





自分を見てくれない娘達、その娘達の瞳の中には皆に愛される魔法使いが映っていた。


女王様は、そんな娘達が嫌いで。皆に愛される魔法使いが嫌いだった。




魔法使いに嫉妬した女王様は、魔法使いを追放し、白雪姫様の双子の妹シンデレラ様をも追い出した。




その出来事があったのは幼少期だったにも関わらず、白雪姫様は魔法使いのことも、シンデレラ様のことも覚えておられた。




そんな魔法使いの姿をし、儂の心臓を最後に完成した魔法のかかった毒林檎を手に、女王様は森の中へと向かわれたのだ。












そのあと、どうなったかは知らない。














そして気がつくと儂はここにいた。





この世界で、祠の前に立っていた。





記憶はそのまま、だがこの世界は知らない。





そして隣には、暖かい『なにか』がいた。




それが何かは分からない、でも、確かにそこにいる。




儂は本能で、こやつを守らなくてはならないと確信した。




そして幾度と“選ばれた勇者”がここを訪れた。




そして勇者たちから情報も得た。




隣にいる『なにか』は赤ずきんだということも、ウルは “選ばれた勇者” だけには懐くことも、儂がある村の村長になっていたことも、この世界のどこかに白雪姫様がいることも分かった。




白雪姫様にお会いしたい。




その気持ちだけが募ってゆく。




だが、村長である儂にはどうすることも出来ない。

















白雪姫様は幸せになれたのだろうか?


















女王様はどうなったのだろうか?


















会いたいのに、会えない。


















それはきっと、儂だけではない。




村長らには会いたい人がいて、この世界に呼ばれたのだ。




だから儂は会いたいと思っても、もう口には出さない。













































だからお願いだ、白雪姫様が幸せかどうかだけ、確かめてきてはくれないだろうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る