27話 : かぐや姫の話
月にはたくさんの掟があり、少し窮屈ながらも多くの者が楽しく暮らしています。その掟を作り、管理しているのが私の家系です。月を納める者、とでも言いましょうか。
月を納める者ですので、皆を納めるだけの何かを持っていなくてはなりません。権力だけでなく、皆が信頼して付いてきてくれるほどの何か。
それが私の家系にはありました。月の御加護です。
月はセレネ様という女神様が守ってくれています。このセレネ様が見守ってくださることで、私たちは毎日、平和であり続けることが出来ます。
また、この御加護をセレネ様に代わり、皆を救っていくことで、私の家系が守られるのと同時に、皆を先導するものを明確にしてくれています。
なので、多くの掟の中に、月の御加護を弱く受け継いだ者、又は全く受け継がなかった者は恥さらしとして下へと落とされる、という掟がありました。
そして、幸か不幸か、私は月の御加護を弱く受け継いでしまったのです。
こうして、私は月からの永久追放を受けました。
下へ落とされ、暗く狭い中でジッと時を待っていました。誰かが私を見つけてくれる、その時を。
それがどのくらいだったのかは分かりません。何日だったのかもしれませんし、何時間だったのかもしれません。ですが、私にとってそれは、とてもとても長いものでした。
もう、自分が起きているのか、はたまた死んでいるのか、それとも眠っているのか。それすらも分からなくなってしまった頃、不意にトントンと音が響きました。
そして一筋の光が射したのです。
私は驚きと、嬉しさのあまり泣いてしまいました。そんな私を大事そうに持ち上げてくれた手は、シワの多い温かな手でした。
私はその老夫婦のもとで育ててもらうことになりました。月と地球では成長速度が違うらしく、私の成長ぶりにお爺さんとお婆さんは大変驚いていました。
3ヶ月もすると裳着が行われました。 その姿は噂が貴族の方々の耳にまで入るほどでした。その頃はまだ名前がありませんでしたから、お爺さんは三室戸斎部という者を呼び、私へ名前を付けてくださいました。
それが「かぐや姫」です。
噂を聞きつけた貴族の方々は家の周りで、私が出てくるのを夜も寝ずに待っていました。ですが、私は家から出ることはありませんでしたから、その方達とお会いすることもありませんでした。
ですが、その中でも5人の方は周りが諦めようとも、私への想いをそのままでいてくれたのです。
ですが私のことをよく知らない方と結婚など、私には考えられないことでした。
私は遣いの者に伝言を頼み、彼らにこう言いました。
かぐや姫「私の言う物を持って来ることが出来た人にお仕えいたしましょう」
その伝言はその日のうちに彼らへと伝わりました。翌日、私の言う物を聞くべく、5人は私の家へと集まりました。
私は用意しておいた紙を彼らへ届けさせます。
1人目には『仏の御石の鉢』を。
2人目には『蓬莱の玉の枝』を。
3人目には『火鼠の裘』を。
4人目には『龍の首の珠』を。
5人目には『燕の生んだ子安貝』を。
どれも噂話だけの、本当にあるとは思われていないものでした。
ですが、5人は我先にと飛び出して行ってしまったのです。彼らの行動は頭が悪いのか、それ程までに私への想いが溢れているのか、私には今でも分かりません。
そして1人目は数日で帰ってきました。
それもそのはず、彼は自分の寺の鉢を持ってきたのですから。
当然、彼を追い出し、2度とお会いすることはありませんと遣わせました。
それから数日が経ち、3人目が帰ってきました。
彼は唐の商人から火鼠の裘を買ったようでした。ですが、そんな所で買えるほど簡単なものではありません。私は彼に、それを燃やすよう言いました。
彼は自信満々に火をつけましたが、結局、それは偽物で、呆気なく黒い塊となってしまいました。
それからまた数日が経ち、風の噂に4人目の乗った船が嵐に遭い、行方が分からなくなったというのです。
どうして嵐に遭ったと分かったのかと聞くと、どうやら彼の乗っていた船の残骸が流れ着いたらしかったのでした。
それからまた数日が経ち、これまた風の噂に5人目の彼が病床についているというのです。それも、燕の巣に手を伸ばし、高い所から足を滑らせ、腰を打ったようなのです。
私が「カイはありましたか?」と手紙を使わせると、すぐに返事が届きました。
「目的のカイも行ったカイもありませんでしたが、病気で寝込んでいる私をカイで救ってはくれませんか」
なるほど、上手い。と思ったのですが、彼は手紙の返事後すぐ亡くなってしまいました。
それからしばらくして、ようやく2人目が帰ってきました。
彼は長い間どこかへこもり偽物を作らせて、それを持ってきたのです。最初から偽物だとは分かっていたのですが、彼があまりに自信ありげに披露するものですから、最後まで聞いてあげましょうと私は何も言わずにいました。
しかし、そこへそれを作った職人らがやって来たのです。何事かと訳を聞くと、どうやら仕事料を受け取っていないらしいのです。彼を問い詰めると、呆気なく帰って行きました。
こうして5人の方達にはお帰り頂きました。ですが、その話をどこからか聞きつけた帝様が遣いを寄越したのです。
いくら帝様の頼みでも、お会いすることは嫌でした。私は月の住人で、落ちこぼれ……それに、私には弱いながらも月の御加護があります。
月の御加護はその者の容姿をも包み込んでしまいます。つまりは、ここの方々が私のことを美し過ぎると言うのも、長くは一緒にいられないと周りが離れていくのも、それのせいなのです。
月の御加護は、月の住人を導くためのもの。ですから、ここの方々には関係のないもので、本来の影響力はないのですが、違う形で現れた影響力に、私はどうしたらいいのか分かりませんでした。
それなのに、そんな事など知らない帝様は何度断っても諦めず、遂には狩りに出ると嘘をついてまで私の所へとやって来たのです。
案の定、私の姿をその目に収めると、「あまりに美しく、この世のものとは思えない」と言い、惚けた顔で帰っていかれました。
どうやっても、私は1人になってしまいます。誰かと幸せを少しでも分けてしまえば、より別れは辛くなります。
ですが、誰かに愛されたく、また、私も誰かを愛したかったのです。私の容姿ではなく、私の内面を見て、本当の私を心から愛してくれる方を密かに待っていたのです。
ですが、部屋で1人こもっていた間に、私は生なるものではなくなっていました。それを知ったのは、満月の夜です。
いつものように縁側で月を眺めていました。その日は何故か胸が苦しく、何かの未練に誘われるように月へと手を伸ばしました。
その伸ばされた私の手は透けていたのです。驚きました。ですが、それ以上に嬉しいことがあったのです。
レオン「お姉さん、綺麗だね。なのに、どうして悲しい顔をしてるの?」
私は声のする方に視線をやりました。そこには縁側に肘をつき、不思議そうにこちらを見てくる1人の少年の姿があったのです。
これが、私とレオンの出会い。私が我が子のように心から愛し、また、この子も私を母として愛してくれるようになる少し前の話です。
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