第3話 部長争奪・肉○○○勝負! その2

 その夜、僕は早くからベッドに寝転がって、天井を見つめながら思索に耽っていた。考えているのはもちろん、ジャガイモ禁止の肉ジャガについてだ。


「まずは妥当なところで、ジャガイモの代わりに里芋を使ったり……だよな」


 思いついたことを声に出しながら、頭のなかで試作してみる。

 里芋の肉ジャガ。

 皮を剥いた里芋と豚肉を油で炒めて、火が通ったところで水と醤油と砂糖あたりを入れて煮詰める……うん。美味しいことは美味しいと思う。でもこれ、肉ジャガというか、芋煮というやつなのでは?


「あ、そうか」


 芋と肉を炒めてから煮込む、あるいは炒めずに最初から煮込むという料理法は、芋煮なのだ。そのなかでも特に、ジャガイモと肉を使ったレシピが『肉ジャガ』と呼ばれるのだ。つまり、ジャガイモを使わない肉ジャガは芋煮であり、けして肉ジャガとは呼ばれないのだ。

 肉ジャガが肉ジャガたる所以は、使われている芋がジャガイモだからなのだ。逆に言えば、豚肉、鶏肉、牛肉と、肉のほうはどれだけ品を替えても、芋のほうがジャガイモならば、それは肉ジャガになるのだ。

 ジャガイモを使った芋煮が肉ジャガであり、ジャガイモ以外を使った肉ジャガは芋煮になる。つまるところ、ジャガイモを使わない肉ジャガというのは、野菜だけの焼き肉、豚肉で作った牛丼(つまり豚丼)、カフェオレの牛乳抜き(ただのコーヒー)と同じものなのだ。肉ジャガという単語の定義から外れた、この世に存在し得ない料理なのだ。


「……どうしたらいいんだよ」


 この矛盾したお題をいかに解釈するべきか――どれだけ考えても、行き着く先は結局のところ、そこなのだった。


「考えてみれば、いつもは行き当たりばったりで料理してたんだな……」


 そう呟いてみたら、一緒に深い溜め息が出た。

 例えば『ジャガイモを使った料理』というお題だったら、ジャガイモを気の向くままに煮たり焼いたりして、のを待つというやり方も通用するだろう。でも、お題を解釈するところから始めなくてはらならい今回の場合、どこから手を着けていいのか、さっぱりだ。

 例えば数学のテストで、基本の計算問題だったら問題用紙に書かれている数式を機械的に解くだけだから出来るけれど、文章題を解くときはまず、その文章から数式を引き出さなければならないわけで……。


「つまり、僕は基本問題なら解けても、応用問題はからっきしってことか。応用力のない馬鹿だということか」


 言った途端、今度もまた大きな溜め息が出た。

 自分への落胆は深まったけれど、肝心のアイデアは糸口も見つからないまま夜は更けていく。僕はいつの間にか、電灯を消すのも忘れて眠ってしまった。何か夢を見たような気もするけれど、朝になって目覚めたときに何かを思いついているということもなかった。そして昼になっても、放課後になっても、僕は妙案ひとつ捻り出せなかった。

 天啓が下りてきたのは帰宅して間もなく、居間で寛いでいるときだった。

 時刻は午後四時に差しかかろうというところで、まだ夕飯の支度をするには早かったから、饗庭さんに英語の宿題を手伝ってもらうことにしたのだが……僕の頭はずっと肉ジャガのことでいっぱいだった。

 肉ジャガ肉ジャガジャガのない肉ジャガつまり肉……。


「心ここに在らず、といった感じ」


 饗庭さんの嘆息で、僕は思索の泥沼から意識を取り戻す。


「あっ……ごめん。教えてもらっているのに集中できてなくて……」

「ううん、いい」


 饗庭さんは笑って頭を振る。


「肉ジャガのことで頭がいっぱい、でしょ」

「え……なんで分かるの?」

「肉ジャガ肉ジャガって声に出ていた」

「うわっ、ごめん」

「べつにいい。……むしろ、わたしが焚きつけた勝負なのに、きみに一から十まで任せっぱなしになってしまって悪いと思っている」


 饗庭さんは眉をへの字にして、申し訳なさそうに言った。


「今更だよね、それ」


 思わずぽろっと、僕は言ってしまった。その途端、饗庭さんの頬がほんのり膨れた。


「……」


 無言のじっとりした目で、饗庭さんは僕を見つめる。というか睨まれた。


「いや、失言だったと思うけれどさ。でも……間違ってなくない?」

「男としては間違っているかもだけど」


 饗庭さんはぼそっと言った。


「うわっ! 饗庭さんって、そういうこと言うんだ!?」

「……それはどういう意味?」


 なんだか不服そうな饗庭さん。胡乱げな目というやつをしている。


「どういう意味って、いやまあ……あっ、それよりもさ、饗庭さんは何かいいアイデアないの?」


 話を逸らしたいがために持ち出した話題だったけれど、答えを期待していないわけでもなかった。料理に関する話題を饗庭さんに振っても、


「わたしに料理のことを聞かれても」


 と、肩を竦められるばかりだった。

 そんなに気にすることはないと思うのだけど、苦手意識が尻込みさせるのだろう。でも、そこまで苦手だと言い切る饗庭さんだからこそ、僕では思いつかないような妙案をさらっと出してくれるかもしれない、と期待していたりもするのだ。


「饗庭さん、そんなに堅く考えないでよ。もっと気軽に、サッカーのルールで野球やってみようぜー、くらいの適当なことを言ってくれればいいんだって」

「え……サッカーのルールで野球? それは何かの暗号とか諺?」

「いやだから、すごく意味のない適当に思いついたことを考えないで言ってみただけ。青葉さんにもそのくらい適当に何か言ってもらえればいいなって、そういうことを言いたかっただけ。あ、ちなみに厳密には違う気もするけれど、アメフトってサッカーのルールで野球をやってみた結果だよね」

「いえ、逆でしょう」」


 饗庭さんの言葉に、僕は目をきょとんと瞬きさせた。


「え?」

「野球のルールでサッカーでしょう、アメフトは。だって逆だったら、ボールを持って走れないじゃない」

「……だから、適当に言ってるだけなんだって。テストじゃないんだから、間違ったってべつにいいんだって。というか、間違いとか正解とかないんだからさぁ」


 僕の熱弁がようやっと届いたのか、


「じゃあ……」


 と、饗庭さんは口をもごもご躊躇わせつつも言った。


「肉ジャガの写真をおかずにご飯を食べるの」


 饗庭さんがそう言った直後、びっくりするほど思考が止まった。


「……え?」


 ようやく出たのは、その一言。というか一声だ。

 僕が聞き取れなかったと思ったのか、饗庭さんは恥ずかしそうに眉を顰めながらも説明し直してくる。


「ほら、インスタントラーメンの袋に描かれているイラストって具がいっぱい盛りつけられていて美味しそうじゃない? だから、その袋の真ん中に挟みで穴を開けて、それをラーメンの丼に被せて食べるの」

「……なんで?」

「え、だから……そうすれば、麺だけラーメンでも、具沢山で豪華なラーメンを食べている気になれるから……」

「……饗庭さん、本当にそんな食べ方をしているの?」


 饗庭さんが穴開き袋を被せた丼から即席麺を啜っている姿を想像すると、笑えるよりも泣けてきた。


「あっ、勘違いしないで! わたしは実際にそんな食べ方をしたことはないから。ただ、そういう食べ方があるという話を聞いたことがあって、なんて馬鹿なんだろう、と強く印象に残っていただけだから」


 饗庭さんは珍しく頬を紅潮させて口早に言ってきた。その様子に、僕は笑ってしまうよりも安心した。

 ああ、よかった。悲しいラーメンを啜る饗庭さんはいなかったんだ。


「それで、役に立った?」


 饗庭さんが赤らんだ頬を冷ますように撫でながら、そんなことを聞いてきた。


「え?」


 何を言われたのか分からなくて聞き返した途端、饗庭さんの目つきがとても険しくなった。


「……わたし、飯泉くんがどうしても言えと言うから言ったのだけど?」

「あ……そうでした。忘れてました。ごめんなさい」

「その様子だと、何の役にも立たなかったみたいね」

「……肉ジャガの汁をご飯にかけて食べるとか、やってみる?」

「そういう気遣い、いいから」

「あはは……」


 僕は苦笑いで誤魔化した。

 ……でも、あれ? ちょっと待って。肉ジャガの汁をご飯にかけるというのは、わりと悪くない方向性なんじゃないのか? たとえば肉ジャガと一緒に大根をことこと煮込んで、肉ジャガの汁を大根にたっぷり吸わせる。で、その大根だけを皿に乗せて供する。


 ……なんだか違うな。


 大根って、あれでしっかりと大根味がする食べ物だから、ではなくになるだろう。作りたいのはあくまでも肉ジャガであって、肉ジャガ味の何か、ではないのだ。

 だとすると、肉ジャガのスープを大根以外の食材に……そう、例えば、お餅やがんもどき、凍み豆腐だとかに染み込ませたものを供するというのも違うということになるか。

 そうなると、肉ジャガの味を他の食材に移すのではなく、ジャガイモ以外の食材で肉ジャガを作るという方針を採るしかないわけだけど、でもその方針では二進も三進もいかなかったから饗庭さんに意見を求めたりしたわけで……結局、八方塞がりの状況を再確認させられただけだった。


「お茶、淹れてくる」

「あ、うん」


 饗庭さんが立ち上がって、台所に向かっていく。一人になったところで、僕はそっと溜め息を吐いた。

 なんだか、ひたすら気を遣わせてしまった……。

 早いところレシピを思いつかないと、気まずさでますます頭がまわらなくなってしまうぞ。なんとか思いつかないと……って、こんなふうに焦っただけで思いつけるものなら、とっくに思いついているよな。でもだ・からといって、焦らなければ思いつくのかというと、そういうわけでもなくて……じゃあつまり結局どうしたらいいんだ!?


「お待たせ。顔が怖いよ」


 饗庭さんが二人分の湯飲みと小皿を載せたお盆を手にして戻ってきた。


「え、そんな顔してた?」


 僕はテーブルの上に広げていたノートや筆記具を退かして場所を作りながら、苦笑いした。笑ってみると、自分の眉間にずいぶんきつい皺が寄っていたことに気づかされた。


「役に立たないことしか言えなかったわたしが言うのもなんだけど、根を詰めすぎても名案は浮かばないと思う」

「……だね」


 僕は苦笑いのまま頷きながら、饗庭さんが目の前に置いてくれたお菓子に手を伸ばし――


「――え」


 絶句した。

 てっきりお菓子が載っていると思った小皿に鎮座ましましていたのは、餃子だった。こんがりとした焦げ目がついていて、黒いたれまでしっかりかけられていた。


「饗庭さん、これ……餃子だよね……」


 そう聞いた僕に、饗庭さんは表情を崩しもせずに小首を傾げて、


「餃子はお菓子に入りませんか?」

「入らないよ! えっ、それとも入るの!? 饗庭家では、餃子はお菓子なの!?」


 大慌てする僕に、饗庭さんは肩を揺らして笑い出した。


「期待を裏切らない反応、ありがとう。この餃子、本物の餃子じゃないの」

「え、どういうこと?」

「こういうこと」


 饗庭さんは自分の小皿に盛られていた餃子を、箸で真ん中からぷつんとふたつに切り分けて、断面を見せてきた。


「ほら、中身は餡子なの」

「あ……」


 餃子の中身は饗庭さんの言う通りだった。


「皮ももちろん、餃子の皮じゃない。求肥というやつ。それと、かかっているのも餃子のたれじゃなくて、黒蜜ね」

「つまり……これは餃子に似せた和菓子なのか」


 僕の言葉に、饗庭さんはにっこりと頷いた。


「面白いでしょう。昨日の夜、叔母さんからの宅配便で届いたの。きみが驚いてくれるかなと思って、朝から鞄の中に入れてきていたのだけど、その甲斐があって良かった」

「うん、驚いたよ。これはいきなり出されたら、本当に餃子にしか見えないね」

「味は普通に和菓子だから安心して」


 饗庭さんが冗談めかす。


「それはそうでしょ」


 僕も笑って応えながら、箸で摘んだ餃子もどきを口に運んだ。

 食べてみると、まず歯応えが餃子ではなかった。もっと柔らかくて、しっとりしている。もっちりした求肥の皮と豆の食感を残した粒餡との取り合わせは生八つ橋を思い出させるけれど、あれよりももっと求肥が厚いから、一個でもけっこうな満足感があった。


「――うん、美味しい」


 月並みな感想しか言えなかったけれど、饗庭さんは、よかったと微笑む。


「眉間の皺、取れたね」

「ん……そう?」


 言われて思わず眉間に触ってみたけれど、自分では分からないものだ。けれども、鏡の代わりになってくれているみたくいな饗庭さんに笑顔を見ていると、僕もそういう顔をしているのだろうなと思えた。


「まあ――」


 饗庭さんがお茶の入った湯飲みに口をつけながら切り出す。


「わたしが勝手に受けた勝負だし、負けても部活がなくなるわけではないのだから、あまり思い詰めないで。ちょっとした余興のつもりで楽しんでくれればいい。それ以上の労力を割くことはないから」

「……うん、分かってる」


 僕は素直に頷いたけれど、すぐに茶化すように笑って続けた。


「でも、思い詰めた顔をしていると、またこんな面白い差し入れが食べられたりするのかな?」

「いちおう言っておくけれど、この偽餃子はたまたま親戚が送ってきたものだから。べつに、きみのために用意したわけではないから」


 饗庭さんが言わずもがななことを言うものだから、


「あ、うん。分かってるよ」


 と答えた僕の声も、ちょっと上擦ってしまっていたかもしれない。

 少し熱くなった顔を冷ますように頭を振って、餃子もどきに箸をつける。

 お箸を使って持ち上げているせいか、和菓子だと分かっていても、口に入れる寸前まで本物の餃子を食べようとしているふうに思えてしまう。で、口に入れると餡子の甘さがじわぁっと広がって、ああやっぱりお菓子だった、という安心感で心がほっこりする。一口目ほどの驚きはないけれど、その分、落ち着いて見た目と味わいとの差を楽しめた。

 求肥の皮で餡子を包んだお菓子なら、他にも沢山あるだろう。でも、餃子の形をしているというだけで、他のものとは違う独自のお菓子なのだというのだという主張の正当性、すなわちオリジナリティを感じる。


「……あれ?」


 いま、何かが目の前を過ぎった。実際に何かが目の前を通ったわけではなく、僕の脳内での話だ。餃子もどきの味わいが、僕の脳裏に天啓をもたらしてくれたのだ。

 一言で言うなら、アイデアを閃いたのだった。


「飯泉くん、どうかした?」


 訝しげな顔の饗庭さんと目が合った。


「ありがとう!」


 僕はテーブルに手をついて身を乗り出し、そう言っていた。


「え……え……?」


 饗庭さんが目も口もぽかんと丸くして固まっているを見て、僕もはっと我に返る。


「あ、ごめん……っと、ええと、思いついたんだ。この餃子のおかげで」

「……肉ジャガのこと?」

「あ、うん」

「ジャガイモの代わりに餃子を入れるの?」

「いやいや、そうじゃないけれど」


 僕が笑うと、饗庭さんは眉間に少し皺を寄せた顔になった。小馬鹿にされたとでも思ったみたいだ。だから訂正しようとしたのだけど、饗庭さんが口を開くほうが少し早かった。


「そんな頓知みたいなふうに言われても、さっぱり分からない。だから、作ってみて」

「え? 作るって、肉ジャガを?」

「この流れで、他に何を作るというの?」

「それはそうだけど……って、すぐには無理だよ。まだコンセプトを思いついただけで、具体的にどんな食材を使うかだとかは、まだこれから考えないといけないんだからさ」

「……なんだ。思いついたと言う割には、その程度なのね」


 ふっと鼻で笑われた。


「そうだよ、まだこの程度なんだよ。だから、実際に作るのはまた今度で勘弁して」

「……仕方ない、今度で許してあげる」

「それはどうも」

「でも、今度といっても、本番まで一週間しかないのだから……うん、明日にしよう」


 饗庭さんは事もなげに言う。


「……明日までに具体的なレシピを用意して試作を始めろ、と」


 渋面を作って言った僕に、饗庭さんは唇の両端をそっと持ち上げながら頷いた。そしてやおら、卓上の隅に寄せておいていた勉強道具を片付け始めた。


「あれ、勉強はもう終わり?」


 今日出された宿題は終わったけれど、いつもならもう少し予習復習が続くところだ。

 聞き返した僕に、饗庭さんはぴしゃりと言い放った。


「勉強よりもレシピ作成。というわけで、今日はいますぐ夕飯を済ませてしまおう。それで、食べ終わったらその後は就寝までずっとレシピ作成を頑張って」

「……色々と言いたいけれど、何が一番すごいって、夕飯をうちで食べていくことは譲らないってところだよね」

「わたし、一食抜いたほうがいい?」

「いやっ、コンビニでお弁当を買うなりして食べればいいんじゃないかな!?」

「他所でお弁当を買うくらいなら、一食抜く」

「えっと……」


 饗庭さんは表情をぴくりともさせずに言うものだから、僕は返答に困ってしまった。そうしていたら、饗庭さんの眉尻が微妙に下がった。


「いまのところはボケたんだから、ツッコミを入れて欲しかったのだけど」

「あ、ああ……ごめん。ええと、じゃあ……」


 僕は急いで考えると一息吸って、


「忠犬か!」


 そう突っ込んだ。

 饗庭さんは驚いた顔で目をぱちくりさせた後、


「……言い得て妙ね」

「納得しちゃったよ!」

「あ、それも良いツッコミ」


 くすりと微笑む饗庭さん。そんな顔をされたら、こっちまで口元が緩んできてしまう。


「まあいいや。仰せの通りにいたしますよ」


 僕は立ち上がると台所に向かって、夕飯の準備に取りかかった。

 夕暮れが終わって残照がすっかり消え去る頃には夕飯を終えて、饗庭さんは自宅に帰っていった。饗庭さんとしては、もうしばらくは家に残って、僕が考え事に集中できるようにお風呂の用意だとかをしていくつもりだったようだが、それはかえって心が乱れてしまうから一人の時間をください、とお願いして帰ってもらったのだった。饗庭さんは不服そうにも、あるいは残念そうにも見える角度で眉を顰めたものの、僕のお願いを容れてくれたというわけだった。

 饗庭さんはけして饒舌なほうではないが、いつもいる時間にいなくなると、それだけで家の中の空気が静まり返る。


「……かえって調子が狂うかも」


 などと、わざわざ声に出して言ってみたのも束の間、僕は早々にレシピ作りへと没頭していた。スマホでいくつも調べては、頭の必要な食材を並べたり、実際に作ってみるところを想像してみたり……と、やっていることはゲームの攻略情報をネット検索するのと大差ないのだけど、それよりは手間がかかっている。ゲームの情報はどこのサイトを調べても、最終的には同じ情報が見つかるけれど、料理に関する情報はサイトによってまちまちだ。いや、同じサイト内でもレシピの考案者によって全然違うことを言っていたりする。それはどちらかが間違っているというのではなく、それぞれのレシピにはコンセプトあり、そのコンセプトに合った作り方が選択されているということなのだ。

 簡単に手早く作ることを目的としたレシピなら、市販の麺汁で煮ると書くけれど、プロ仕様のレシピには個別の調味料をどの順番でどのくらい火にかけるのか――まで事細かに書かれている、というような次第だ。

 そういうレシピごとの目的を読み取って、自分の作りたいものにはどのレシピの調理法が適しているのかを考えていく。全部の作り方を実際に試してみるのが一番なのかもしれないけれど、その時間はないし、そもそも予算がない。だから、こうやって頭の中で料理する。傍から見るとスマホを片手にごろごろ寝転んでいるだけにしか見えないかもしれないけれど、スプーン山盛りに掬った砂糖をそののまま口に放り込みたくなるほど脳みそを全力稼働させているのだ。いや、言い訳ではなく。

 ともかく、集中して考えられたおかげで、眠気が限界に達する前にいちおうのレシピをまとめることができた。時計を確認してみると、


「げっ」


 すでに深夜一時をまわっていた。


「道理で……」


 眠いわけだ――と思った数秒後、がくっと電池が切れるように、僕は寝落ちした。

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