第2話 部活の勧めとホワイトソース その3
連休明けの最初の日ほど眠たいものはない。
授業中でもまだ寝惚けているようで、あと何日で週末だっけか……と、ホワイトボード(うちの高校は黒板ではない!)の横に掛かっているカレンダーにばかり目が行ってしまう。
でも、そんな夢うつつの気分も、昼休みが近づいてくるにつれて覚めていく。なぜなら、今日の昼休みこそが決戦のときだからだ。
四時間目の終了を告げる鐘が鳴る。
教師が出ていくのを待たずに、クラスメイトは談笑しながら思い思いに動き始める。友達同士で集まって弁当を広げる連中に、学食へと急ぐ連中。
「飯泉、俺たちも早く行こうぜ」
前の席に座っている米原が、学食へ行こうと誘ってくる。
「あ……悪い。今日はちょっと予定があるんだ。だから、パスで」
僕は断りながら立ち上がる。ちら、と餐庭さんの席を窺うと、餐庭さんも僕を一瞥したところだった。目が合ってすぐ、餐庭さんは首を正面に向き直らせて、つかつかと教室を出て行く。
「じゃあ、またそのうちな」
米原にそう言うや、僕は餐庭さんを追いかけて廊下へと向かう。
「なんだ、先約ありか……って、まさか女子とか!? あとで話せよぉ!」
米原のはしゃぎ声には聞こえなかったふりをして、僕は教室を出た。
調理室には、餐庭さんと呑名先生がすでに到着していた。
「飯泉くん、遅い」
餐庭さんが眉を顰めて言ってきた。
「そんなに待たせてないだろ。ほとんど一緒に教室を出たんだから」
「昼休みは一時間も無いのだから、一分でも早く来るべきだと思わない?」
「はいはい、そうですね。じゃあ、時間もないことだし――」
僕は椅子に座って腕組みしている餐庭さんから、その隣に腰掛けている呑名先生のほうへと向き直った。
「先生。早速、料理を始めますね」
「はい、どうぞ。楽しみにしてますよ」
呑名先生がにっこり頷いたのを合図に、僕は料理を開始した。
使う食材だとかは朝、登校してから教室に向かう前にここへ立ち寄って、冷蔵庫にしまっておいてある。いちおう冷蔵庫を開けて確認してみたが、全部きちんと揃っている。
レシピは、もう何度も繰り返した予行演習のおかげで、頭のなかというか両手にばっちり染みついている。
さあ、あとは作るだけだ!
「――完成しました」
料理は三十分ほどで完成した。初めて立った台所での調理は、食器や調味料の置き場所、コンロの火加減だとかで手間取ることも多かったけれど、どうにかこうにか食事の時間を残すことはできた。
コンロや流し台と一体になっているステンレス製の食卓に、三人分の丼を並べる。今日の昼食は、ガーリックライスに牛肉とホウレン草のソテーを載せた、洋風っぽい肉野菜炒め丼だ。
ガーリックライスは、家から大きなタッパーに詰めて持ってきていた冷やご飯を、ニンニクの細切れと牛脂で炒めて作った。ソテーは平たいフライパンに少量のオリーブ油を引いて炒め、ホウレン草がしんなりしたところで調味料を絡めて仕上げた。
「ふぅん……牛肉とホウレン草のソテーに、ガーリックライスの丼ですか。野菜炒めと白ご飯だけだと見た目が寂しいですけど、そこを丼にすることで誤魔化したというわけですか」
呑名先生は少し皮肉っぽい笑みを浮かべて言う。童顔でそんな表情をされると、変な快感に目覚めてしまいそうだ。
関係ないところでどぎまぎしている僕に代わって、先生の横に座っている餐庭さんが言った。
「先生、講評は食後でお願いします。まずは熱いうちに食べましょう」
これまた皮肉めいた言いまわしに、呑名先生は面白そうに笑みを深める。
「そうですね。では――いただきます」
そう言うと丼を持ち上げ、箸をつけ始めた。
僕と餐庭さんも、先生に続いて食べ始める。
「……あらっ」
まず一番に声を上げたのは呑名先生だ。
「このソテーの味付け、これは……蒲焼きのたれですか?」
「はい、そんな感じのものです。蒲焼きのたれは醤油、酒、味醂と砂糖を煮詰めて作りますけど、これは砂糖の代わりに摺り下ろした林檎を使っているので……焼き肉のたれ風味な蒲焼きのたれ、というところですかね」
「なるほど。焼き肉のたれ風味というだけあって、濃いめのたれが牛肉によく合っていますね。ホウレン草のあくの強さにも負けていませんし……それになにより、ご飯とよく合います。丼物はこのくらいパンチのある味じゃないと、ですね」
呑名先生は僕の説明に相槌を打ちながらも、箸の動きを止めずに食べ続けている。丼に盛ったガーリックライスの量は、普通のご飯茶碗に盛るよりも少なくしていたため、呑名先生はほどなくして食べ終わった。
「ふぅ……ごちそうさま。ご飯もソテーもまだ残っているみたいですし、お代わりしても?」
呑名先生はフライパンのほうに目をやりながら訊いてくる。それに答えたのは、同じくして丼を空にした餐庭さんだ。
「もちろん、構いません。というより、お代わりしてもらうために、敢えて少なめでお出ししたんですから」
「あら……ということは、二膳目には何か趣向があるのでしょうか」
「そういうことです」
と、僕は二膳目のガーリックライスとソテーを載せた丼を呑名先生に前に置く。そして、別の鍋で作っておいたホワイトソースを、丼の上にどろりと流しかけた。
「二膳目はドリアです。ホワイトソースを混ぜるようにして食べてみてください」
「へぇ……では早速……」
呑名先生は丼を持ち上げると、二膳目を食べ始める。
僕は餐庭さんと自分の丼にもお代わりをよそうと、席に戻って二膳目の丼に取りかかった。
(……うん)
思わず笑みが零れてしまう。
一膳目のときは、甘辛くて香ばしいたれが食欲を掻き立てる洋風焼き肉丼といった風情だった。たっぷりのホワイトソースをかけた二膳目はがらりと趣が変わって、優しい味のドリアになっている。ソテーやガーリックライスに絡んだホワイトソースの柔らかな舌触りと味わいが、少なめに盛った一膳目で刺激された胃袋を満たしていく。
甘辛いたれや、オリーブ油でソテーした牛肉、ホウレン草といった個性の強い食材との対比もさることながら、舌に残っている一膳目のはっきりした味わいの名残が、二膳目の柔らかな味わいを強調させていた。
また手前味噌ながら、ホワイトソースの出来自体もなかなかのものだ。少しもだまになっていないから舌触りはとろりと滑らかだし、バターと牛乳の比率も、油っぽくも牛乳臭くもない絶妙なバランスだ。塩胡椒は控えめにしたけれど、ソテーの濃い味付けにはそれがぴったり嵌っていた。
そしてまた、甘辛ソテーとホワイトソースを同時に受け止めてくれるガーリックライスの心強さったらない。白ご飯とホワイトソースでは万人好みとは言いかねるけれど、ご飯をニンニクの香りを移した牛脂で炒めたことで、ホワイトソースと抜群に合うようになっている。このガーリックライスがあるからこそ、甘辛たれのソテーとホワイトソースとがより高い次元で調和しているのだ。
頭のなかで能書きを垂れ流しているうちに、二膳目も食べ尽くした。見れば、餐庭さんと呑名先生の丼も空になっている。これも量を少なめに盛っていたとはいえ、二人が男の僕と同じペースで食べ終えたというのは、このご飯がそれだけ美味しかったということだろう――なんて、内心で密かに自画自賛しながら、僕はまた立ち上がった。
「じゃあ最後、三膳目をよそいますね」
僕は二人の丼に、残っていたガーリックライスと牛肉・ホウレン草のソテーをよそった。そこにホワイトソースもかけると、そこへさらに、これまた別の鍋で温め直したスープをご飯がひたひたに浸かるまで注いだ。
このスープは、家で作ってきたものだ。
牛骨はこんがり焼いてから茹でこぼして下処理してから、玉葱丸ごと一個に人参丸ごと一本、長ネギの青いところは焼き色をつけてから一緒くたに鍋へ入れて水から煮出す。あくがあまり出なくなるまで煮立てたら圧力鍋に移し替えてじっくりことこと煮込み、最後に油脂を取り除いて完成させたビーフストックだ。それを水筒に入れて持ってきたのを鍋にあけ、ひとつまみの塩胡椒をして温め直したのだった。
「なるほど。最後の締めはお茶漬け風なんですね」
呑名先生は何やら得心したふうに笑んでいる。
「はい。これも混ぜるようにして食べてください」
僕は答えながら席に戻って、自分の丼によそった三膳目を食べ始めた。
まずは箸をぐるりと使って、丼の中身をひと混ぜする。ホウレン草の緑色に牛肉の茶色、ホワイトソースの白と牛骨スープの薄い山吹色が大理石の模様を作りながら混ざっていく。牛脂で炒めてあるガーリックライスは、スープを吸うとすぐに、ぱらぱらと粒が離れていく。そこに、スープに溶け出したホワイトソースも絡まっていき、乳白色のシチュー雑炊へと仕上がっていく。
だが、あまりぐちゃぐちゃに混ぜすぎるのも無粋だ。マーブル模様が残っているうちに、左手で丼を持ち上げ――右手の箸で口のなかへ、ずずずぅっと掻っ込む! 掻っ込む! 掻っ込む!!
一気に食べ終えてしまった。
「……っはぁ」
僕は熱い溜め息を吐きながら、丼を卓に置く。
顔を上げてみると、呑名先生と餐庭さんの二人も、持ち上げた丼に口をつけて、行儀もへったくれもなく、ずるずると掻っ込んでいた。
そしてほどなく丼を置くと、僕がしたのと同じような長い溜め息を吐いた。
「……ごちそうさま」
餐庭さんが短く言う。
「ごちそうさまでした。大変美味しかったですよ、飯泉くん」
呑名先生は僕のほうを見やって、にこやかに笑みながらお辞儀した。
「ど、どうも」
僕も反射的に返礼したけれど、微妙に吃ってしまった。それがおかしかったのか、呑名先生はくすっと笑い声を零す。
「そんなに畏まらなくていいですよ。べつにお世辞で言ったんじゃないんですから」
「それはどうも……」
照れ笑いする僕に、呑名先生は話を続ける。
「さて、これは試験ということでしたが……その前に、この料理はひつまぶしに着想を得たんですね?」
「あ、分かりましたか」
「わたしも食べるのは好きなほうですから」
呑名先生は子供っぽい顔をさらに子供っぽくして、得意げに微笑んだ。
ひつまぶしとは名古屋の名物料理で、サクサクの蒲焼きが特徴的な鰻丼だ。食べ方にも特徴というか流儀があって、まず一膳目は普通に鰻丼として食べる。二膳目は薬味を載せて食べる。そして三膳目は出汁を注いで茶漬けにして食べるのだ。今回、僕が作った昼食の食べ方は、この流儀に倣ったものだった。
まず一膳目は変わり種の洋風丼として、味醂と林檎で甘味をつけたたれの力強さを味わってもらう。次なる二膳目では、そこに投じたホワイトソースのまろやかな味わいでお腹を膨らませてもらう。そして最後の三膳目ではシチュー茶漬けにして、牛骨の旨味がたっぷり染み出たスープとホワイトソースの共演で、舌も胃袋も締めくくってもらう。
「ホワイトソースを味わってもらうために餐庭さんと二人で考えた、題して『クリームまぶし』です」
僕は胸を張って言った。
「クリーム……ですか……」
目尻を引き攣らせて微妙な顔をする呑名先生。
「一緒に考えたのは本当だけど、命名は飯泉くんの独断ですから」
と、素早く言い足す餐庭さん。
あれ……? 僕の命名センスって、そんなに変だろうか?
不安になってしまった僕の耳を、呑名先生の咳払いが打った。
「んっ……まあ、名前はともかく、料理自体はとても美味しかったです。一膳ごとに食べ方を変えるという趣向も、食欲を刺激させるものでした。わたし、お昼をこんなに食べたのも久々です――ですが、これはいちおう試験ですから、どうしてこの料理を作ったのか、そのこころを聞かせてください」
「それはですね……」
僕はその先を続ける前に、餐庭さんを見やる。餐庭さんは無言で頷き返した。それはつまり、僕がこのまま説明しろ、ということだ。
「ええ……もともとここ数日、僕はホワイトソースに凝っていたんですよね。それで、先生に入部届を持っていく何日か前から、毎日のようにホワイトソースを使ったご飯を作っていたんです。クリーム堅焼きそばとか、クリームおでんとか」
「あ、やっぱりそのネーミングなんですね……」
呑名先生が苦笑したのは見なかったことにして、僕は先を続けた。
「でも、餐庭さんにこっぴどく駄目だしされまして……それで、だったら料理同好会の活動方針はこうしてやろうって決めたんです」
「その方針とは?」
続きを促してきた呑名先生に、僕は一息吸い込んでから告げた。
「これと決めたテーマを部員全員が納得するまでとことん作り続ける、です」
「とことん、ですか……」
僕の言葉を、呑名先生は口ずさむように復唱すると、小首を傾げながら聞き返してきた。
「とことん、と言うのは……具体的にどのくらいの期間になるのでしょう?」
「ですから、部員全員が――現状は餐庭さんが納得するまで何日でも、ですね」
「はぁ……いまいち、ぴんと来ませんね」
「参考までに言いますと、連休中は三食に加えて、この試験のために延々どこにも行かずに試作品を作り続けました。一日ずっと、ホワイトソースを作り続けて食べ続けました。消費した小麦粉は一キロ、バターは八百グラム、牛乳は十リットルです。もうしばらく、バターも牛乳も見たくないです」
「小麦粉は?」
と、余計なことを言ったのは餐庭さんだ。
「小麦粉はいいんだよ。パンが食べられなくなるし……って、そこはどうでもいいの!」
僕は呑名先生に顔を向け直す。
「ともかく、いま食べてもらった『クリームまぶし』は、餐庭さんが納得するまで何度も試作し続けてようやく完成させた、ホワイトソースをこれ以上なく美味しく食べるための料理なんです」
我ながら大胆なことを宣言した僕に、呑名先生は意外にも頷きを返してきた。
「なるほど、この丼は同好会の活動方針を体現したもの、というわけですね。なるほど、なるほど……」
呑名先生は二度、三度と頷きながら目を伏せる。僕と餐庭さんは、先生が何か言うのを黙って待った。
ほどなく、先生は僕と餐庭さんを見やりながら口を開いた。
「いいでしょう――納得するまで同じテーマをとことん作るという方針は、部活動として認められるものだと判断します。従って、お昼休みにこの調理室を使って昼食を作ることを許可します。もちろん、わたしが何らかの事情で同席できないときを除いて、ですが。よろしいですね?」
「はい!」
「もちろんです!」
僕と餐庭さんは喜色満面で返事した。呑名先生の顔にも、つられるように笑みが浮かぶ。
「良い返事です――ああ、それから、同好会に部費は出ませんので、食材の購入費は各自負担となります。購入額に具体的な制限は設けませんが、常識の範囲内で、ということでお願いします。あ、塩や醤油、油ですとかは、ここに常備してあるものを使って構いませんので」
「分かりました。では、食材を買ってきたときのレシートはファイルして、後から見られるようにしておきます」
餐庭さんが言った。
「そうね、そうしておいてください」
呑名先生はそう答えて頷いた後、ああそうそう、と続けた。
「今回の、ええ……クリームまぶし、でしたっけ? そのレシピと、これを完成させるまでに作った試作品のレシピはノートに取ってありますか?」
「あ……クリームまぶしのレシピはノートしてますけど、他のはしてないです」
今度は僕が答えた。
連休いっぱいを費やして乱造した試作品は、料理の方向性を探るために作ったもので、細かい手順や分量までは計っていなかった。
「そうですか、分かりました。今回はもういいですけれど、次からは試作品のレシピも大雑把にでいいですので取っておくようにしてください。同好会の活動記録を提出する必要がある場合、記録が分厚いと説得力が増しますから」
呑名先生は口元で悪戯っぽく笑った。子供っぽい顔でそんな笑い方をされると、なかなか可愛げがある。いや、可愛げしかない。
……などという内心はお首も出さず、僕は神妙に首肯した。
「分かりました。今後はできるだけメモするようにします」
「はい、お願いしますね。それから、最後に大事なことなのですが……」
呑名先生は表情をきりりと引き締める。
「大事な……」
「……こと?」
僕と餐庭さんもちらりと目を見合わせ、真剣な顔をする。
呑名先生は厳しい目つきで僕を見つめて、言った。
「材料費は後でちゃんと払いますから、わたしの分のご飯も忘れずに作ってくださいね!」
「……あ、はい」
僕は口をぽかんと開けた間抜け面で、肩を落とすようにして頷く。
「本当!? 良かった。ああっ、これで食費が浮く! 生徒の部活に付き合うのなら、堂々とここで自炊できるし、しかも作ってもらえるし! ああもっ最高ぉ!」
呑名先生は、わざとなのかうっかりなのか、教師の顔を脱ぎ捨てて大喜びした。
とても年上に見えない見た目で、とても年上には見えないはしゃぎ方をする姿を横目に見ながら、僕は餐庭さんと視線を交わす。
「きっと後悔しますよ……」
聞こえるか聞こえないの小声で呟いた餐庭さんの顔には、きっと僕が浮かべているのと同じような、憐れみの表情が浮かんでいた。
●
「ねえ、提案があります」
呑名先生がそう言ったのは、昼休みの活動許可を取り付けて僕と餐庭さんが料理同好会に正式入会してから一週間後の昼休みのことだった。
僕と餐庭さん、呑名先生は調理室に集まって、いま出来上がったばかりの昼食を三人で取り囲んでいる。
ちなみに本日の昼食は、ジャガイモを摺り下ろして全卵と混ぜてバターで小判型に焼き上げたポテトパンケーキの上に、マッシュポテトを同量の溶かしバターとパセリのみじん切りで和えたソースをたっぷりかけた『ポテトパンケーキのポテトソースがけ』だ。
さらに言うなら、昨日の昼食は『ジャガイモの唐揚げの姿煮』で、一昨日は『ポトフ』、一昨昨日は『ポタージュ』だった。
「提案ですか?」
呑名先生の言葉を餐庭さんが復唱する。いかにもお座なりな言い方だったのは、呑名先生が何を言おうとしているのか、聞く前から分かっているからだ。というか、僕にも分かっている。
「餐庭さん、飯泉くん……好い加減、ジャガイモ料理は終わりにしませんか?」
ほら、やっぱりだ。
「駄目です、先生。まだ、ジャガイモの美味しさを完璧に引き出した料理が完成していません」
餐庭さんがぴしゃりと言い切る。けれど、呑名先生も黙って引き下がりはしない。
「でもだって! 一週間もジャガイモばっかりで、わたし、もう飽きました! もっとさっぱり爽やかなものが食べたいんです!」
握った両手をばたばた振って、じつに子供っぽい仕草で訴える。僕なんかはついうっかり絆されてしまいそうになるけれど、餐庭さんには通用しない。
「駄目です、先生。同じテーマをとことん追及するというのは、先生にも許可をもらった同好会の活動方針です。その方針を、飽きたから、などという理由で破るわけにはいきません」
「そんな固いこと言わなくてもいいじゃないですか! お昼ご飯ですよ!? 好きなものを食べさせてくださいよ!」
「お昼ご飯であると同時に、部活です。ただお昼ご飯を作るだけでは部活動にならないから、従って調理室を使うわけにはいかなくなる――そうでしたよね?」
「うぅっ……そうですけど、でも……ジャガイモ、もう本当に飽きたんです、うぅ……もうジャガイモを見ただけで胸焼けしてくるんですぅ……!」
「でしたら、ジャガイモを美味しく食べる料理法を一日も早く考え出してください。そうしたら、次のテーマに移りますから」
「さんざん考えて、案も一杯出したじゃないですか! なのに、餐庭さんが納得してくれないんじゃないですかぁ!」
「ジャガイモはもっと美味しくなれるはずです。わたし、信じてますから」
「なんですか、その頑固! ああもぉ、ジャガイモいやぁ!」
呑名先生は頭を抱えて喚く。
僕と餐庭さんは図らずも異口同音に、
「ほらね、やっぱり後悔した」
と肩をすくめたのだった。
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