魔皇子と勇者の転生譚、の始まり
進賀透
プロローグ
世の中には、勝ち組と負け組がいる。
勝ち組は――才能を有し、努力を実らせ、恵まれた人生を送る。
負け組は――才能を有せず、努力は実らず、恵まれぬ人生を送る。
容姿に、学力に、その他諸々、全てが平々凡々な僕は負け組に属しているに違いない。
不幸ではないが、幸福でもないし。
死にたいと絶望はしていないが、生きるのに希望を持ってもいない。
だから、僕は思う。
こんな世界はつまらない、異なる世界に行きたい、と。
でも、いくらそう願ったところで、この世界はこの世界であり続ける。
少なくとも、地球滅亡に瀕するぐらいの天変地異でも起こらない限り、僕の命はここで埋もれてしまうのだろう。
僕は諦めていた。
あの日を迎えるまでは――。
――奇跡は、唐突に訪れた。
下校途中、僕が青信号になったのを確認して横断歩道を渡っていると、エンジン音のようなものが徐々に大きくなっているのに気付いた。
横を向くと、赤信号なのに速度を落とさないで突っ込んでくる乗用車。
もう目前にまで迫ってきていた。
本能的に危険だと認識するも、僕のすぐ傍に幼い小学生がいるのを視界の端に捉えた瞬間、逡巡する。
抱えて避けるのは無理だったとしても、この子は僕が突き飛ばせば助かる可能性はある。
しかし、僕は確実に死ぬだろう。
そうせずに前に飛べば、僕は助かる。
選んだのは、後者。
義務より、保身が勝ってしまった。
助かる。そう確信した。
なのに、それは予想だにしない乱入者によってあっさり覆される。
誰かが小学生の襟を後ろから掴み、後ろへ引っ張ったのを横目に僕は見た。そいつは反動で入れ替わるように前に出てきていた。
それだけなら、まだいい。
僕の命に何の支障もない。
だが、よりにもよって、運転手が今更になってハンドルを僕のいる方へ切ったのだ。
ドンと最初の鈍い音がしてから一秒も経たぬ内に、僕の意識は二回目の鈍い音と共に途絶えた――。
――そして、『こちら』の世界に来たというわけだ。
僕は事故によって死んでしまったらしい。『あちら』の世界では、だが。
どうしてわかるのかというと、僕の視線の先にいるお姉さんが教えてくれた。確か、ケレブレスという名だった気がする。
目を奪われる程に眩しい輝きを放つセミロングの銀髪。
艶やかさに魅了されると同時に畏怖の念をも抱かせる褐色の肌。
鋭く尖っていながらも美しい曲線を描く耳。
その容姿につい見惚れてしまうも、それ以上に印象的なのはその格好だ。
鎧。甲冑。
僕の世界では、これを催し事以外で見たことがない。
しかも、見る限り安価な偽物とかではなさそうだ。本物の板金でしっかりと造られている感じで、手の凝った装飾もされている。
鎧を身に着けているとなれば、彼女は軍属の人間なのだろう。
一方、僕は戦闘能力皆無のただの高校生だ。
殺されるのではないかと、最初は怯え慄いてた。
けれど、彼女は予想外にも頭を下げて謝ってきたのだ。
「すまない。全ては私の責任だ」
目を点にする僕に、彼女はここに至るまでの経緯を事細かに教えてくれた。
簡単にまとめると、こうだ。
ある国の皇子が、これまたある国の英雄と対峙し戦った。
熾烈を極めたその戦いは、互いに命を落とすという結末で終わりを迎える。
皇子を失ったある国の王は嘆き悲しみ、部下にこう命令した。
我が息子を蘇らせろ、と。
何とか屍を持ち帰るのには成功したものの、部下は頭を抱える。
屍に仮初でない魂を与えさせるのは、古に禁じられた術ではあるが可能だ。
されど、一度命を失った者が同一世界において再び生を受けることは出来ない。
それは幾年にも渡り研究してきた、その部下の種族の歴史が証明していた。
同じ器に同じ命は宿らない。
とはいえ、王の命令を無視するわけにもいかない。
悩んだ末に、部下は別の世界からの魂を皇子の器に宿らせ、転生させる決断を下す。
その魂が、僕。
「こちらの都合で、君に過酷な運命を背負わせてしまった。申し開きも出来ない」
真摯に謝ってくれる彼女に、僕が紡いだ言葉は自分でも意外なものだった。
「頭を上げてください、ケレブレスさん」
不思議なことに、僕の気持ちは落ち着いている。
「確かに、突然のことで戸惑いもありますが、僕も一度死んだ身です。そんな僕に、人生をやり直させてくれるチャンスをあなたはくれたんです。むしろ、僕が感謝しなければいけないぐらいです」
彼女は頭を上げて、僕を見る。
「ありがとうございます」
その言葉を聞いて、彼女の目は点になっていた。
暫しの沈黙を挟み、小さく笑みもこぼした。
すると、不意に彼女は片膝を床に突き、胸を手を当てて告げる。
「よくぞお戻りになられました、我が主バアル様」
それが、僕の名前。
「このケレブレス。身命を賭して、あなた様にお遣え致します」
僕の新しい物語は、ここから始まった。
魔皇子と勇者の転生譚、の始まり 進賀透 @Death
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