歴詩5 ガラシャ、時知りてこそ

『ガラシャ、時知りてこそ』


 父が本能寺で謀反

 逆臣の娘となった


 夫が上杉討伐

 徳川方にくみする妻となった


 しかれども

 決して、決して……

 石田の思い通りにはさせぬ


 このたまを 人質にと

 それは淀殿の指図か?

 それとも……、其方そち一人の浅知恵か?


 石田!

 答えらっしゃい!


 豊臣と徳川

 すぐに 天下を分ける大戦おおいくさ

 起ころうぞ


 その奸計かんけいか?

 この珠を 人質に取ってしまえとは


 挙げ句 この大坂の細川屋敷を

 兵で かようにも囲んでしまうとは


 光成 許せぬ!


 イエズスの グレゴリオ神父に導かれ

 すでに洗礼を授かった

 このガラシャの 精白な心身


 下賤げせん其方そちには 渡さぬ

 絶対に!



 丹後の味土野みどのの山中

 辛苦をなめた幽閉暮らし


 太閤さまが 呼び戻してくださった

 病んだ心は キリストの教えで 立ち直れた


 それを 今

 この珠を 人質にと

 兵で 屋敷を囲むとは



 小笠原秀清 許せ

 家老には 罪がない


 教えで 自死はできぬ

 ゆえに 頼む


 部屋の外から 槍で一突き

 このガラシャを 殺せ!


 そして屋敷に 火を放て!


 今は神の子

 この純潔な ガラシャの身

 渡さぬ 絶対に

 石田三成に


 散りぬべき 時知りてこそ 世の中の 花も花なれ 人も人なれ


 ここに 槍一突き

 あやめられ


 父光秀、母煕子ひろこの元へ

 珠は 逝くぞ


 さあ!




少々の解説を


 戦国の世を、父の汚名を背負い悲しくも、されど激しく逝った細川ガラシャ。

 永禄6年(1563年)、たまは明智光秀と妻・煕子ひろこの三女と生まれる。15歳となった美姫の珠は織田信長の仲介で細川忠興ただおきに嫁ぐ。


 忠興は細川輝経の養子だが、実父は戦国時代に織田信長、豊臣秀吉、徳川家康の三英傑に仕え、そして生き抜いた細川藤孝(幽斎)。忠興は父同様文化人であり武人であった。


 忠興と珠は仲の良い夫婦で穏やかに暮らしていた。しかし世は戦国、幸せはそう長くは続かなかった。

 結婚4年後の天正10年(1582年)6月に本能寺の変が勃発。父、明智光秀が織田信長を討ったのだ。

 光秀は羽柴秀吉の備中大返しで、山崎の戦いに敗れ、小栗栖おぐるすの竹藪で討たれた。


 これにより珠は「逆臣の娘」となった。そして、夫、忠興は珠を丹後の味土野みどのへと隔離、幽閉する。

 余談になるが、味土野は丹後半島の山深い中にあり、冬は豪雪で、珠はこんな鄙びた所で暮らしていたのかと驚きを禁じ得ない。


 それから2年の歳月が流れた。天下人となった豊臣秀吉は珠を細川家の大坂屋敷へと呼び戻した。それでも監視は厳しいものだった。

 失意の中にある珠、その後、生まれた子供も病弱であったことも重なり、心が癒やされることはない。

 こんな苦しみの救いを求め、忠興の九州征伐(1587年)時に、身を隠し教会へと行った。


 その時面会したコスメ修道士は珠について述べている。「これほど明晰で、果敢な判断ができる日本の女性と話したことはなかった」と。

 珠はその時洗礼を望んだが、それは叶わず、後日自邸で密かに受ける。その洗礼名がガラシャ(神の恵み)。


 そして慶長3年8月18日(1598年)、豊臣秀吉没す。

 これ以降、慶長5年(1600年)の石田三成を中心した西軍と徳川家康の東軍との関ヶ原の合戦へと突き進む。

 これに際し、忠興は徳川家康に従った。そして上杉征伐に出陣する。


 これを嫌った石田三成はガラシャを人質に取ろうとした。しかし、ガラシャはこれを強く拒否。そして三成は実力行使で、屋敷を兵で囲わせた。


 これによりガラシャは覚悟を決めた、自害することを。

 しかし、宗教上それは許されない。ガラシャは家老の小笠原秀清に命じた。


 部屋の外から襖越しに槍で胸を突け!

 その後は遺体が残らぬよう、屋敷に火を放て! と。

 そして、辞世の句を詠んだ。


── 散りぬべき 時知りてこそ 世の中の 花も花なれ 人も人なれ ──


 美しき姫が駆け抜けた戦国の世、それは儚くも激しいものだった。


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