C-001-Section-002:Succrssion

 その日は、雨の日であった。

 エルンスト病院に、集まる報道陣と市民。

 ビヨンド・ホライズンという人物の危篤が報じられたのは、一週間ほど前。報道された直後から、病院施設前には市民達が集い、哀しみに包まれていた。そして、カメラを向けられたレポーターがマイクを持って報道する。


「ゲマインシャフト協会の会長。ビヨンド・ホライズン氏の容態は今も尚、危険な状態が続いているとの事です。ビヨンド氏はゲマインシャフト協会の第一人者として多大な功績を残してきました」


 ビヨンド・ホライズンはギルド協会設立の第一人者であり、神聖都ノイエスに冒険者の拠点となるゲマインシャフト協会を立ち上げた。技を磨き、鍛錬を極め、多くの冒険者達を指導してきた彼の功績は、色あせることなく、受け継がれている。冒険者達だけではない、国民全てが彼の功績を称賛し続けている。そして、世界中の人間が、今、彼の死に際に哀しみを向けているのだ。

 偉大なる人物の危篤の報を聞き、仕事から車で駆け付ける男が一人。クォーター・トリニティ。ブラッドの兄である。ゲマインシャフト協会に所属したクォーターは、天才的な実力を以てビヨンドに認められ、彼の右腕にまで上り詰めた。黒縁の眼鏡から、近づいてくる病院を見つめる。ビヨンドとの出会いは数奇なものであった。父が死んだ後、才能があると見込まれブラッドとは別の生活を送ることになった。大学を特待生で入学し、成績トップで卒業。その後、ビヨンドが設立したゲマインシャフト協会へと所属した。新人には必ず、顔を見せるビヨンドは、クォーターを見るや否や、彼を1stクラスへ配属させた。理由は定かではない。何か通じるものでもあったのだろう。だが、クォーターはそれに対して考察することはなく、与えられた責務を果たし、仕事以上の成果を上げつづけた。


「歳ってものは、残酷ですね」


 車を運転している協会のエージェントがふと呟く。そして、サイドミラーからクォーターの表情を見つめ、こう続けた。


「どうにもならない。誰も望んでいないのに、どんな存在にも現実としてやってくる」


 このエージェントとはこの日初めて会ったが、彼もまたビヨンドという男に魅せれた一人なのだろう。今、忠誠を誓った男が亡くなろうという現実に、複雑な心中に置かれている。


「詩人のような言い回しだな。キミは、哲学に興味があるのか?」


 その複雑な心中が表した言葉に、クォーターは思った通りの言葉で問う。 


「いえ、私。そういうわけではないんですよ。会長を見てきて、そう悟るように感じたんです」


 苦笑いをしながら、そう結論づけた頃、車はエルンスト病院に辿り着いた。


「それにしても、すごい数の報道陣と市民達だな。もっと増えるんじゃないか?」


 車から降り、エージェントに差された傘の中から、報道陣らの様子に驚くクォーター。彼の思った通り、報道陣も市民達も数刻前より更に数を増やし、もっと増えると見込まれる。報道陣の数は芸能人のスキャンダルなど比にならず、ビヨンドという人物の影響力が伺える。


「テレビでも、何でも関わる者には、楽しませるよう努める方でしたから、そんなサービス精神も評された結果でしょう」


 エージェントは、ビヨンドとの思い出を懐かしむように彼の影響力の所以を説明する。それに対してクォーターは「確か女性にもてるからという不純な動機もあったようだが」と軽く冗談を交えながら病室へと向かうのであった。

 受付で手続きを済ませると、ビヨンドのいる病室へと向かう。病室前に着くと、エージェントはそこに留まり、クォーターは病室へと入っていった。

 中に入ると、そこには衰退した老人が、ベッドに横たわっていた。無数に設置された医療危惧が痛々しい。ここにいる老人こそ、英雄ビヨンド・ホライズンである。


「会長。分かりますか? 私です。クォーターです」


 ベッドの横に移動し、クォーターはそっと老人に話しかけた。

 すると、老人はゆっくりを目を開く。彼の声を聞き、やせこけた身体に少し精気が蘇ったようでもあった。


「クォーターか…。よく来てくれた」


 ビヨンドは弱弱しい掠れた声で、何とかクォーターを向かい入れる。「御身体のほうは大丈夫ですか?」と、気遣うクォーター。


「わしも歳には敵わぬようじゃ。訪れる死がもうそこまで来ておる」


 視線を移し、病室の天井を見つめるビヨンド。自身の死を覚悟したかのように言葉を表す。


「できれば、まだ現役でいてもらいたいものです」

「フォッフォ。老いぼれ爺に無理を強いるでない」


 クォーターなりの励ましの言葉も、今のビヨンドには冗談としか受け取れない。そして、死を覚悟した老人が、自身の右腕とまで認めた男に、一つの願いを遺言として、伝えようとしていた。


「クォーターよ。老いぼれの最期の願いを聞いてくれるか?」


 その告げられた言葉に、クォーターは少し間を開けた後、「何ですか?」と聞き入れる事を承諾した。


「紅蓮カルディアという組織が発足する。お前に、その組織の総督に就いてもらいたい」


 始めて聞く組織名だった。クォーターは、考え込んでいたが、ビヨンドは更に続ける。


「この世界は新たな脅威に晒されるじゃろう。だが、紅蓮カルディアはその運命すら変えられる力となるとわしは思っておる。だが、その為にはお主の力が必要なのじゃ」


 ビヨンドの指す新たな脅威が何なのか、それは分らなかった。いや、そう言っている本人もそれがなんなのかはっきりとは分かっていない。予言というのが適当な表現かもしれない。明確な答えが欲しかったが、今考察しても意味はない事はわかっていた。

 ただ、運命という壮大な表現が隠喩されている事を考え、この紅蓮カルディアという組織は世界の命運を握るほどの物で、自分はその全てを託された事なのだろうと、クォーターは判断した。


「お主は真面目すぎる。故にここまで上り詰めた。逆に、お主はそれに縛られておる。生きていく中で、それはあまりにも不自由なものとして、お主を取り巻く。お主に必要なのは自由じゃよ。わしはそれの自由に選択肢を付け加えたかった」


 ビヨンドは、クォーターの何もかも分かっているかのように、人生の先輩としてその導きとなる生き方のすすめを告げる。


「全ては理解した上の事、というわけですか…」

「まあ、そういうわけじゃな」


 そして、次の瞬間、医療器具の反応が異常を示す。それに気づいた医師達が、病室内へ来る頃には、すべてが終わりつつあった。


「我が人生に悔いなし、じゃ…」


 ビヨンドは最後にこう言い遺し、逝った。


「分かりました。会長。出来うる事はいたしましょう。ですから、安らかにお休みください」


 クォーターは全てを快諾し、ビヨンドの遺志を継ぐ事で、彼の弔いとした。

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