C-000-Section-009:Heartfelt Feeling

 休校となった学校では、生徒全員下校した後、教師達での緊急会議が開かれた。結果は教育委員会には報告せず、関係者のみで内密するというものであった。世間に晒される事をストローフィが恐れたからだ。どこまでも世間体に弱い男である。テオリアもゾーニングも生徒達の信頼はあるが、先生同士の実権というものがない。生徒と教師。どちらかの立場しか選べない構造が確立してしまっているからだ。


 テオリアは大量の診断書を整理する仕事を行っていた。各生徒達の性格や成績などをまとめており保護者達に円滑に生徒達の事を把握してもらう為の書類である。彼女は心理カウンセラーとして、理事長に抜擢された。だが、カウンセラーという職務の風当たりは強かった。授業との関連性が伝わらない=必要性があるか?という安易な構図がまず第一にあった。学校は授業をするところという固定観念の中にカウンセラーという新しい領域を加えようとする理解が介入できるスペースはなかなかない。新しい事は常に古い考えに阻害される。だが、テオリア自身波並を立てるのは避け、職務の必要性を主張するのではなく、職務のポジションを確保するだけに留まっていた。

 ブラッドの診断書が目に入った時、仕事をしていた腕が止まる。医務室で我を忘れて引っ叩いた罪悪感。自分がやった事はエゴの押し付けではないかと迷い始める。そして、上司であるストローフィの指示とはいえ隠蔽を行い、生徒達の信用を損ねた事が更に重くのしかかる。なんて自分は情けない心理士なんだろうと自分を責めた。

 そんな様子を察して、ゾーニングが「どうぞ」と仕事の息抜きにとコーヒーを差し出す。


「あ、ありがとうございます」


 コーヒーを受け取り、口に運ぶテオリア。その味は丁度いい感じの甘さであった。だが、コーヒーを机の上に置くと、コーヒーの水面に写った自分の表情を見て、物思いに更けるのであった。


「ブラッドの事で悩んでらっしゃるんですね?」


 ゾーニングにはバレバレであった。見透かされた事に何となく安堵の理解を感じ、思わず自分の思いが言葉として漏れる。


「私は生徒の気持ちを理解しきれていない。つくづくそう思うんですよ」


 情けないと自分を責めるように弱気な笑顔で言う彼女の対して、ゾーニングは誠実な対応で切り返す。


「我々教師は生徒達の意志を尊重し、その意志を支援する。それが仕事だと思います。ですが、教師もまた人間。感情というものがあるのも事実。ですが、やはり仕事の上ではそれは私情で禁物だと思いますよ?」

「そうですね。はい」

「ただ、あなたの場合、表面的なものに惑わされすぎです。ブラッドは自分の過去を触れられることを恐れています。心の傷なのでしょう。傷口を触れられるのは痛みでしかない。ですが、あなたは傷は癒せるものであるという認識を示せばいいんだと思います。魔族を恨むべきではないとか、魔族を許すべきとか、許さないべきだとか、そんな理屈はどうでもいいんですよ。ブラッドにとっては父親を殺されたという痛みを消してもらいたい。それが願いなのかと。痛みのなくなった時の感覚を待ちわびているのですから」

「そうですね。私の言い分は理屈でブラッドの傷を抉っただけです。明日、直接謝りに行ってみます」


 テオリアは自身の心にある蟠りがあったが、ゾーニングの理解ある説得に納得し、ブラッドに謝罪する事とした。


 夜になる頃には雲も晴れ、雨も止み、燦然と輝く星空が、美しく広がっていた。

 自宅に帰った二人は食卓の椅子に座り、夕食の時間を迎える。食卓の上に並ぶ食事を食べながら二人きりの団欒が始まった。


「明日、休みだね」

「そうだな。どうせハゲ親父の副理事長が、自分の保身の為に休みにしたんだろ。相変わらずだよな」

「はは、そうだね」


 今日と明日の休校の裏事情はブラッドにはお見通しであった。冗談交えながら副理事長の悪口と共に食が進む。あまり良い事ではないとは分かっていたが、あくまでも冗談の範囲だと思って素直にリルは会話を楽しんだ。

 するとふと何かを思いついたのかブラッドはリルに質問する。


「なあ、今考えたんだけど。明日、どこか行くか?」


 「え?」と思わず勘ぐってしまったリルに気づいてもっと理解しやすい言い方に変えてまた質問する。


「何処か、美味しい物でも食べに行くとか、一緒に買い物とかさ。たまにはいいじゃん。デートだよ。デート」

「でも、悪いよ…」


 その申し出に、リルは燃え上がる事を忘れ、冷静に返してしまう。


「何でだよ? オレ達、付き合ってるんだし、普通だろ? とにかく明日はデート。決まり!」


 ブラッドはリルを強引に誘い、遠慮などさせなかった。だが、それでも罪悪感を顔に出し浮かない表情でいる。ブラッドは呆れた顔をして、リルに言った。


「リルは変に気を使いすぎだって。好き同士でいるんだから、遠慮なんかしないでさ。楽しもうぜ」

「うん。分かった」


 あまり遠慮すると、却って失礼だと思ったのかリルはデートの誘いを受け入れる事にした。

 夕食を終え、明日のデートの事を考え、お互い別々の寝室で床に入る。ブラッドは女性に対して真面目な一面がある。異性と一緒に寝るという事はまだ自分には早いと戒めている。リルもまた異性と一緒に寝るという事に対して不安があったが、そんなブラッドの真面目な一面に安堵に感じていた。

 明日のデートに対して二人はそれぞれの気持ちを心の中で思い描いていた。

 ブラッドの方は天井を見ながら、心の中でリルを思う。


(明日はリルとデート。でも、警戒されたか…。オレ、自分が誰かと一緒に生きていくなんて望むようになったんだな。昔は一人で生きていくって強がっていたのに…。でも、リルには笑顔でいてほしいし、その笑顔の為にも明日は頑張るぜ)


 一方、リルは色んな思いが心の中で錯綜していた。デートという初めての体験に期待と不安を抱き、戸惑いを隠せず、恋の歯痒さと胸のときめきを感じていた。


(やっぱり、自分なんかがデートなんて悪いよね…。でも、嬉しい。だから、素直に甘えた方がいいのかな…?)


 そうして眠りの世界へと入り込んでいく二人。明日への楽しみを胸に、次の朝を迎えられる。そう思っていたが…。

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