C-000-Section-008:Tell A Falsehood

 会議室内の生徒達の顔は色んな表情を見せている。ふざけて遊んでいる者も中にはいたが、襲撃した魔族の事で不安に思う者達も少なくはなかった。そんな不安そうな表情を見て、きちんと事実を伝えたいという良心があったが、副理事長の忠告がテオリアの言葉から真実を遠ざける事となった。


「では、本日の授業は終了となった。それに伴い明日も臨時休校だ。休みだからって遊んでばかりいないで、きちんと勉強するようにな」


 明言を避けた事は、不安なる生徒を見捨ててしまったようなものであった。生徒達もそれを感じ取っている。置き去りにされた不安が不信と変わっていく彼らの視線を、避けるようにテオリアは、報告を終えて、生徒達に帰宅を促した。

 帰宅を始める生徒達が出始めると、ブラッドのもとへリルが駆け寄る。そして、テオリアの行動について語り始めた。


「事件の事、何も言わないね。テオリア先生」

「仕事を失いたくないからだろ」

「大人になると皆そうなっちゃうのかな」

「臆病者のほうが生き残れる。それもいいじゃねえの?」


 テオリアの行動から大人という存在に対して疑問を感じる。そんなリルだったが、ブラッドは一定の理解を示していた。そして、カバンを持って「さ、帰ろうぜ」と二人で帰宅し始める。

 その姿を確認したテオリアが駆け寄ってきて、医務室での行為に対しての弁明を行い始めた。


「ブラッド。教師が生徒の叱責するのは、問題が起こせば当然だと思う。さっきの事はお前を心配しての事なんだ」


 テオリアの訴えている正当性には微塵も興味はない。テオリアの言い方があまりにも一方的なまま変わらないのは、何故なんだろう? そんな疑問のほうが、頭をよぎる。気にするだけ虚しいだけとブラッドは無視してリルと共に下校し始めた。


「ブラッド。待ってくれ! 私は…」


 それを呼び止めようとテオリアが自分の手を伸ばした時、教室内にいた生徒達が彼女を取り囲む。何事かと思ったが、その表情はブラッドと同じく失意に満ち溢れていた。


「先生。魔族の事。何の説明もないんですか? 何で、何も言ってくれようとしないんですか?」

「隠蔽って奴かよ。信じらんねえ。オレら誰に守ってもらえばいいんだよ?」


 大人への失望が、言葉となってテオリアにぶつけられていく。テオリアは動揺するばかりで言葉が出てこなかった。


「おい、お前ら何を騒いでいる!?」


 騒ぎに気付いた他の教師が、生徒達を制圧しようとする。この教師も出世に目がくらんだ副理事長にすり寄っている芋の塊のようなもので、生徒達の評判が悪い一人であった。


「お前らは知らなくていい事だ。いいか、口外なんてするなよ? 誰に聞かれても、何も答えるな。知らないで通せ」


 その教師の言葉に更に表情を曇らせていく生徒達。そして、ブラッドも感じた虚しさが、彼らをこの場から去らせた。抑止できたと得意気になる出世欲に刈られた教師は、テオリアにもっともそうな言葉で励ましてきた。


「これだから子供は…。しかし、テオリア先生。気にしないでください。大人がこうしてしっかり管理すれば、しっかりとした社会が出来ていくのだから」


 まるで生徒達の主張が背信行為と言っているかのような大人として振る舞う教師の言葉は、納得など出来なかったが、テオリアは面倒事になるのは避けて、「そうですね・・・」と表面的な付き合いを選ぶのであった。


 学校の玄関で靴を取り換え、外に出てみると幾らか雨が降っていたので、持ち合わせていた傘を広げ、ブラッドとリルは一緒に歩き始めた。

 学校ヴィータには寮も存在するが、二人はそこには住んでいない。きちんとした住まいがある。神聖都に位置するこの学校を機関車で乗り継いだ町外れにある田舎の山奥にある一軒家だ。


「授業が休みって嬉しいような悲しいような複雑な気分になるよなぁ~。遊んでいいのは嬉しいけれど、休んでばかりじゃ体が鈍るし」


 ブラッドはリルに気さくに話す。だが、リルは少し反応を返すだけで殆どが無言であった。いつもならこの二人で下校する時は嬉しくてたまらないのに、今は素直に喜べない。


「テオリア先生。ちょっと可哀想かも…」


 ぼそっと小声で、リルは呟く。小さい声であったがブラッドには聞こえていた。


「何だよ。オレが悪いのかよ?」


 かなり怒っている。やはり、気にしていたのだ。確かにテオリアの言い分は一方的でブラッドは怒って当たり前なんだと思う。でも、そういった言い方をするテオリアの気持ちもなんとなく分かるのだ。


「ううん。そういうわけじゃない。だけど…、」

「リルはオレとテオリア。どっちの味方なんだ?」


 ブラッドはリルの煮え切らない態度に、冷静さに欠いた意地の悪い質問をぶつける。


「私はブラッドの味方だよ」

「だったらオレの事だけを信じてればいいんだ」


 ブラッドの質問も答えも納得できなかったが、俯いて流されるように「…分かった」とだけ返事を置く。

 ギスギスした雰囲気の中、二人はこれといった会話もせず、楽しめない下校を続けた。

 最寄りの駅前では、学校から帰っている生徒達の他に、宗教じみた怪しい勧誘や、貧困を救おう会という募金集団など四面楚歌の様相が見てとれた。ブラッドとリルの二人は、定期を駅員に見せ、駅へと入っていく。

 二人は暫く汽車が来るのを椅子に座って待つ事にした。待つ沈黙の間、様々な音と声が行き来する。生徒達の会話。駅前にいた怪しい宗教団体の演説。募金の催促の声。だが、どれも耳に入っていくような感じはせず、聞こえた。

 数分後、遠方の線路から汽車がこちらに向かってくるのが見えてきて、話していた生徒達が、白線前に集まってくる。ブラッドとリルも立ち上がり、汽車に乗る準備を整えた。

 汽車が止まり、扉が開く。ぞろぞろを汽車に乗る生徒達。「さて、乗るか」と、ブラッドはリルを連れて汽車の中へと入る。普段通りの下校時間だと、かなり混むが、早下校となった今日は仕事帰りの大人達は少なく、余裕を以て乗る事ができた。

 そして、暫くするとピーという駅員の警笛の音と共に、扉が閉じて汽車ははガラガラと音を立てながら進み始めた。


(どうしよう…。ブラッドが元気になる言葉。何か探さなきゃ)


 ここから自宅まで20分弱。その時間の間、リルはどうにかブラッドの気持ちを和らげようと思考を張り巡らせていた。


「ブラッド!」


 そう言葉をかけたのはリルではなかった。見ると男女が数名、ブラッドとリルを手招きしている。ブラッドとリルもよく知るクラスメイト達であった。


「アコルデ。リエット。グラニト。バソールト!」


 ブラッドがクラスメイト達の名を呼ぶ。そして、四人のクラスメイト達と話に入った。


「魔族を倒したのすげえよ。マジで震えたぜ」


 アコルデという男子生徒が興奮ぎみに、ブラッドの活躍を称える。


「それにしても、何故、魔族はブラッドの事を知っていたのかしら?」


 するとリエットという女子生徒が、その魔族の話で疑問を促す。確かに何故、ブラッドの事を知っていたのか。ブラッド自身、魔族を倒した事で満足してて、そんな疑問など忘却の彼方にあった。

 そして、話題は学校のあり方の話へと移っていく。


「それにしても、テオリア先生も頼りねえよ。結局、大人って立場に壁作ってる」


 巨漢のバソールトが、語気を強めて、語りだした。そして、複雑な表情をしながら、続ける。


「オレ達、何の為に大人になるんだろうな。大人になれって言われてもさ、結局、それって大人の都合じゃん? 社会が回るように、そう仕向けて、オレ達が頑張るのに、成果が出れば、大人はそれが自分達の教育のおかげだっていう始末」


 バソールトは溜め息をつき、やるせない社会に対して嘆いた。


「真っ当な評価がほしいですね。平等が欠如した見方で、ボク達は見立てられている自分達しか知らないですから。このまま成長して、次に残せる正当な評価がある未来が見えてこないです」


 眼鏡を光らせながら、グラニトという生徒がバソールトの話に自分の見解を述べる。


「そうだよな。皆頑張りたいよな。大人になる過程一つ一つを、理想で叶える道にしていきたいよな。確かに今の大人は頼りないよ。オレ達子供の努力や理想にサポートも評価もしてくれない。それどころか世界は現実が支配しているもんだと思ってるだろうし。基準にしちまってる。誰かが困ってても、私は困ってないで済ませてしまうような社会は、自分の立場に固執していくからな」


 四人の生徒の話にブラッドは、自分なりの考えで答えた。ブラッドは大人が汚いのはそういうものだと割りきっていたが、これからを担う存在達にある輝かせていく個性を、現実に汚されていくかもしれないと思うと、不憫にも思えたのだ。


「だから、オレ達は、オレ達の夢で世界一になろうぜ!」


 ブラッドはガッツポーズを決めて、四人達を元気付けた。そして、四人のクラスメイト達は、違う駅で降りて別れの挨拶をして話は終了した。


「アニキ。元気かな…?」


 ふと、列車の窓の外に見える大きなビルを見て、ブラッドは兄の話を語り始めた。


神聖都ノイエスにあるゲマインシャフト協会のビルの最上階。そこにアニキがいる。アニキはオレと違って優秀で何もかも持ってた。そんなアニキに認められたかった。アニキはテオリアと同じでオレを魔族から遠ざける。親の仇なのに。許せとか忘れろとか言う。アニキはオレの事嫌いなんだと思う」


 これまで見た事のなかった自虐的なブラッド。


「ブラッド…。そんな事ないよ。お兄さんはブラッドの事が心配なんだと思う」

「だから、こうやって頑張って強くなろうとしてるのに、アニキもテオリアも分かってくれない。アニキやテオリアの精神論はオレを弱くしかしないのに。オレは別にいつ死んだっていいんだ。覚悟も出来てる」


 自分を自虐的な考えに追い詰めて、弱さを吐露する。無闇に自身の死に追い詰める事などしたことなどなかったが、精神的に参っていたのだろう。リルはそれに対して怒りと悲しみに包まれる。


「ブラッド。やめよう。そういう事言うの」


 命を捨てる哀しい選択を示唆されたリルは静かに憤り、ブラッドを戒めた。


「そうだな。わり」


 ブラッドが軽く詫びた頃には、自宅の駅に辿り着いていた。

 列車は停車し、扉が開く。二人はその扉を通って、列車を降りる。そして、自宅への道程を歩き出した。

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