C-000-Section-004:A Sing
「ブラッドは将来の進路、決まった?」
学校の屋上を後にしたリルが最初に話を切り出した。
「進路? 何、悩んでんの?」
ブラッドは質問の意図を考えて、問い返す。
現在在学中の学院ヴィータで、授業満了が近づく生徒である二人はそろそろ決めていかなければいけない事柄であった。
進路を悩んでいるのかと思ったブラッドであったが、リルにとってこの質問の真意は別にあった。
「ブラッドと一緒の進路に進みたいから」
その真意を照れくさそうに打ち明けるリル。
「てか、進路って二人一緒に進む道とは違うと思うぜ? 結婚とかじゃないんだし。お互いがそれぞれで頑張るっていう過程なんじゃねえかな…」
だが、ブラッドはそのリルの思いとは裏腹に、自分なりの見解を率直に答える。
「…そうだよね。いつも一緒にいたら、窮屈だものね。進路って自分の将来の事だから、他の人がいたら気が散るもんね」
落ち込んでいく気持ちを必死で抑え、うつむきながら、苦笑いで呟くリルに対して、ブラッドは、「そういうもんだよ」と現実を含めた軽い返事をする。
幼い風貌であるが、ブラッドが本当は大人としての自覚が身についている事を知り、リルはさっきまでの気持ちとは別の焦りを感じ始める。自分は自立できるだけの器量があるのだろうか。一緒にいれたらと思うがあまり、そこにある問題に直視していなかった自分を恥じる。
「私。大丈夫かな…」
自信が無くなったリルが弱弱しく自分の不安を吐露する。
「頑張れば、何とかなるって。悩むのは後にしてまず頑張るだけ頑張ってみたらいい」
「そうだね。でも…、うまくいかなかったらどうしよう…」
ブラッドなりに自分が言えるアドバイスを伝えたものの煮え切らないリルに、やや呆れながらも続ける。
「失敗するかもなんて、分からないだろ? それにそうなったら、その時考えればいいんだって。今向き合わなければいけないのは、直視すべき今!」
「そうなんだろうけど…」
頭を掻き始め、リルの意気地のない態度を「だから~!」と、語気を強め、続けようとしたブラッドであったが、話の途中で近づく教室前の異変に気付かされた。
「何だ? 騒がしいな」
何やら教室前の廊下付近で生徒達が、騒がしくしている。だが、団欒という雰囲気ではなく、何か事件を思わせる。そんな様子であった。
何が起きたのか。その真相を知ろうと、ブラッドは足早に教室へと駆け寄る。リルも後に続く。そして、ブラッドはそこにいた女性教師に問い質す事にした。
「テオリア。何かあったのか?」
「敬語を使え。そして、きちんと先生をつけて呼べ」
当たり前のように発せられる友達のノリでの質問に、テオリアと呼び捨てされた教師はブラッドの顔に指を指して注意する。
「まあ、良くないがいい。ブラッド。リルも来たか。二人ともいいか? 下がっているんだ」
無礼な態度は不問としたテオリアは、神妙な面持ちに戻り、駆け寄った二人に警戒を促した。何故? という疑問は教室内へと向けられる。その視線の先には、二人がよく知る教師であるゾーニングがおり、そこには他にもう一名、黒い布で全身を纏った謎の人物が確認できた。
「生徒達の話しによると、彼奴はいきなり教室に現れ、立て籠もったらしい」
テオリアは騒ぎとなった経緯を簡潔に説明した。
「過激派の仕業か。それとも精神異常者の類か。どちらにせよ、ゾーニング先生がいれば大丈夫だろう。ブラッド。くれぐれも無闇な行動は起こさないでくれ。特にブラッド。お前は…、」
続けてテオリアは状況に対する憶測を交えつつ、ブラッドに忠告したが、既にブラッドの耳には入っておらず、彼の体が武者震いしているのに気づく。
「くぅ~! 男の戦いの予感がするぜ! よし、オレがゾーニングのおっさんを加勢してやる! 待ってろ!」
テオリアの言葉はブラッドの闘気にかき消され、興奮を抑えきれない彼の本能が教室へと向かわせる。
「ブラッド! また、お前は…! やめておくんだ!」
その危険でしかない行動は当然制止される。慌てて掴んだブラッドの腕をテオリアは強く握り、離さないように力を込めた。
「ブラッド! お願いだから、やめて!」
危険な決断を選び、行動に移そうとしている彼をリルもまた止める。
「何でだよ?! 心配すんな。大丈夫だから!」
止められた事に納得できず、二人に掴まれた手を振り払ってブラッドは教室へと入って行ってしまった。その後姿に心配という気持ちが重い不安へと変わっていく。良くない結果を招きかねない行動に、リルとテオリアは動揺を隠せなかった。
そして、教室内ではゾーニングが出現した不審者に対して会話を試みようとしているところであった。
「聞きたい事は山ほどあります。ですが、生徒達を不安にさせているこの瞬間があなたという罪深さなのです。教師として、生徒を危険に晒す一切のものから守るのが務め」
紳士に艶のある丁寧な口調で、ゾーニングは授業の担当でもある剣を持ち、不審者に進言する。不審者はただ、口から黒い吐息を吐いて、嘲笑っている。
「おっさん! 格好つけるなよな。オレも力になるぜ!」
そして、そんな緊迫した空気を破る少年の声。ゾーニングの目に入り込んだ小さな物陰の正体に愕然とした。
「ブラッド!? 危険です。下がっていなさい!」
ブラッドの姿を確認したゾーニングは当然の反応を示す。
「テオリアもおっさんもオレを足手まといみたいに扱うなよ。こいつなんて、オレ一人で十分。余裕だって」
周囲が危惧する声を気にせず、もはや戦うと決めたブラッドは引き下がるという考えは毛頭ない様子であった。
「さあて。おい、お前。オレが相手になってやるよ」
そして、過信にも思えるその自信に満ち溢れた態度が余計不安を煽るのだが、聞く耳はもう持っておらず、今眼前にいる敵と戦う事に意識が向かっていた。
しかし…。
「ぶらっど」
驚いた事にそんな彼の名を呼んだのは、目の前の敵と目される人物であった。意外な展開にブラッドは目を丸くする。
「へ? 何で、オレの名前を?」
突然の事に、呆気にとられ、ブラッドが無意識に疑問の投げかけを言葉にした直後、不審者は「コロス! コロス!!」と奇声にも聞こえる言葉で張り上げた。周りから黒い霧が立ち込め、教室内を充満し始める。それを見たブラッドを始め、この現場にいる殆どの者達は謎だった敵の正体を理解した。
「正体を現したって事か! 魔族!!」
ブラッドは今まで見せなかった怒りの表情で不審者を睨みつける。不審者は魔族。その事実に憎しみを滲ませている。
瘴気が集まり、全身を纏っていた黒い布が消えると、尖った耳と長い指の手、魔族そのものが正体を現した。
(何故、魔族が…!? 確か生徒達は突如現れたと。しかし、どうやって? いえ、何より、よりにもよってブラッドの前に…)
心の中で錯綜する事態への様々な思いに何一つ答えになりそうな結論には変わらなかったが、ただ、ゾーニングにはブラッドのほうが気がかりでならなかった。
「魔族は皆、オレが滅ぼしてやる!!」
憎しみをむき出しにするブラッド。
禍々しい翼を広げ、宙に飛ぶ魔族。それを見てブラッドは背中に掛けていた鞘から颯爽と剣を抜き、戦闘態勢に入る。
「ぶらっど! コロス! コロス!!」
翼に黒い瘴気が纏わり、羽一つ一つが黒いナイフへと変わり、その多くがブラッドに向けて放たれる。
(不味い! 狙いはブラッドですか!)
ブラッドに放たれた攻撃と言葉に彼が魔族の標的と即座に判断したゾーニングは剣を構え、斬撃の衝撃波を放ち、追撃しようと試みる。
「抜刀術・颯」
心に澄み切った意識を集中させ、静かに、そして、素早く剣を切り込む。すると、剣圧に大きな衝撃波が生まれ、黒いナイフに目がけていく。そして、無数のナイフの群れは、その衝撃波に飲まれ、浮力を失い、地面に落ちていった。だが、迎撃された筈のナイフは再び、浮力を取り戻し、再び、ブラッドに向かって飛んでいく。
「ブラッド!」。学校の全ての者達がブラッドの危機に、彼の名を叫ぶ。しかし、何を考えたのか、ブラッドは持っていた剣を構えるのを止め、そのまま、彼の体に無数のナイフが刺さってしまった。
「イヤァアア!」
大きなリルの悲鳴が、校内中に響き渡る。
傷口から止めどなく流れる血。致命傷と判断した魔族は目をにやつかせ、勝利を確信する。だが、ブラッドは苦悶の声も表情も出さずに、下を向いて黙っている。そして、怒りの表情に笑みを含み、魔族にこう言い放った。
「痛くねえ」
刺さったナイフの痛みやそれによる出血など物ともせず、その様子を見て魔族は思わず怯んだが、再び、翼からナイフを生み出し、ブラッドに放つ。今度は先ほどの威力よりより強く、流石に今度の攻撃を喰らえば、ただでは済まされないだろう。
だが、再び刺さったナイフにも「痛くねえ!」と臆する事無く、ゆっくり魔族に向かって前進を始める。何度も何度も刺さり続けるナイフ。
血に染まったブラッドの形相は、まるで憎しみを呼び込み、流れている血を殺意の源と捉えている悪魔の顔のようであった。現場にいた生徒達が息を呑む。どちらが、悪なのか、ここにいる魔族も畏れを催している。
そして、最後のナイフの一撃をブラッドは手で直接掴み、魔族を睨みつけた。
「魔族だったら手加減無用! 本気で殺してやるからな。覚悟しろ!!」
ブラッドはそう魔族に宣告すると、持っていた剣を力強く両手で掴み、刃に力を集中し始める。
「一撃必殺! デイブレイク!!!」
必殺技の掛け声と共に宙に跳び、剣を振り落とすと、込められた渾身の一撃が魔族の上頭に直撃し、魔族は地面に叩きつけられた。その一撃に魔族は意識が途切れ、同時に瘴気と共に消えていった。
危機が去ったという実感を抱いた者はまだいなかったが、暫く沈黙が続いた後、ブラッドがそれを告げる。
「ふぅ~、あっけな。魔族といっても低級魔族だったみたいだな」
あれだけ険しかった怒りや憎しみの感情は表情から消え、ブラッドは安堵に胸を撫で下ろす。そして、生徒達も少しずつ、ブラッドが勝利を収めたと理解した。
「すげぇ!」。一人の生徒が興奮気味に、ブラッドの戦いぶりを称賛し始める。生徒達はブラッドに駆け寄り、賛美を声に変えて彼を称える。褒められて気が大きくなったブラッドはその周囲の反応に終始ご満悦の様子であった。
「安易な。お前ら、何を褒めている! ブラッドのやった事は、身勝手な行動で危険行為だ! 何よりその感情は倫理に反する!」
テオリアはたまらず生徒達に怒声を上げたが、生徒達は聞く耳を持たなかった。
「ブラッド!」
戦いの様子を誰よりも悲痛な思いで見ていたリルが教室で立っている満身創痍の彼の名を呼び、そのもとに駆け寄って行く。居てもたっても居られない気持ちと一緒に大胆に彼の胸元に飛び込んだ。「心配したんだから!」と泣きながら、ブラッドの胸を握った手で叩く。
「困ったものですね」。そう呆れながら、呟いたゾーニングは、ブラッドの行動に教師として対応しなければいけない義務は承知であったが、それよりもブラッドが負った傷口を見つめ、危惧した様子で生徒達を叱っていたテオリアに言葉を掛ける。
「テオリア先生。決して許容はできない収集ではありますが、今心配するのは、彼の受けた傷です」
そう言われ、ブラッドの傷口をよく見てみると、傷口付近がどす黒く腐食し始めていた。そのダメージが大きく、緊張感が解けたのもあってか、「こんな怪我大丈夫だって」と余裕を見せていたブラッドは足がもつれ、倒れこむ。「ブラッド!」と瀕死になった見て取り乱すリル。生徒達も容態の急変に教室内はまた別の緊張感に包まれた。
「フォビドゥンハートの毒素が混じっていたのです。このままでは傷口から毒素が体全体に回り壊死してしまいます。医務室へ運びましょう。毒素ならカンナ女医が取り除いてくれるでしょう」
ブラッドの傷口を診てゾーニングの下した判断に、「分かりました!」と即座にブラッドの肩から腕を組んでテオリアは、彼を立ち上げる。そして、周囲の生徒達に助けられながら、ブラッドは医務室へと異動される事となった。
「全く、お前は本当に無茶ばかりする。心配するこっちの身にもなってもらいたいものだ」
皮肉を込めながらも彼を案じるテオリア。だが、引きずられながら、ブラッドが思う事はその今の自分の姿のカッコ悪さへの嘆きであった。
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