C-000-Section-003:Awakening

 その日の夜は雷が轟く嵐であった。

 荒れ狂う雷雨の中、草木をかき分けて進む複数の足の音。

 その足音が止めると男達の声がし始めた。


「いたぞ。生存者だ!」

「子供の生存は確認した。父親の方はどうだ?」

「父親はダメだな。首切られて死んでる」

「惨い事しやがる」

「おい、坊主。大丈夫か?」


 男達の一人が、茫然と立ち尽くしている男の子の存在に声を投げかける。

 目を大きく見開き、血に染まった視界にも瞳を閉ざす事無く、ただ涙を滲ませながら、男の子は自分の目の前で倒れている父の亡骸を見つめていた。復讐が運命づけられたこの瞬間を少年は決して忘れない。犯人に受けた左頬の傷の痛みが、そう心に誓わせた日であった。


『…ッド! ブラッド!』


 女の子の声が何処からともなく聞こえてくる。憎しみと痛みの心に一筋の癒しとなる声。その声に導かれるように少年は目を覚ました。


「あ…」


 目を覚ました少年がまず起きてみて確認できた事は、少女の膝の上に頭を乗せて眠っていた自分と、その自分の顔を心配そうに見つめる少女の顔があった。


「ブラッド。大丈夫? 大分うなされてたよ?」


 ブラッドと呼ばれた少年は、先ほど見た光景が夢であったことにすぐに現実に気づかされた。

 少年の正式の名前はブラッド・トリニティ。18歳の少年だ。

 夢から覚めたブラッドは、自分の瞼を両手で擦りながら、細い品やか赤い髪の寝ぐせを軽く手で整え、起き上がる。その容姿は18歳とは思えないほどの低身長で幼さが残る。そして、眠気を覚ます為に、頬を両手で叩くと、見開いた碧く透き通った瞳が、太陽の日差しで輝いた。

 見ていた夢から覚めると、現実ははっきりとしたいた。今いる場所は養成学校施設である学院ヴィータの屋上であった。今は授業の休み時間で寛ぎ場を求めてこの場所に来たのだ。だが、せっかくの安息所も先ほどの悪夢で台無しであった。


「リル。わりいな。心配させちまって」


 夢から離れようとブラッドの意識は少女へと向けられた。少女はブラッドを心配そうに見つめている。少女の名前はリル・クレスケンス。ブラッドの交際相手である。先ほど、彼を夢から引き戻した声の主も彼女であった。おさげの赤い髪で大人しめな感じを受ける。そして、赤い瞳の情熱的なイメージを皆無にさせるほどの控え目そうな目である。


「また、いつもの夢?」


 ブラッドの様子を察した彼女は、立ち上がり、彼に確認する。ブラッドの事を知っている彼女だからこそ、聞ける言葉であった。

そして、無垢な気持ちをブラッドに告げる。


「私はいつもブラッドのそばにいるよ? 大丈夫だから」


 優しい表情で、労りの言葉を発したリルの顔をブラッドは魅入ってしまった。


「行こう。授業始まるし、遅れたら先生に怒られるよ?」


 立ち上がった後の尻のホコリを払うと、リルはブラッドにそう促した。数秒、硬直していたブラッドであったが、我を取り戻し、「そ、そうだな。わり。行こうぜ」と戸惑いつつも反応し、高鳴る胸の気持ちを抑えながら、


(こいつ、可愛い顔するよな)


 決して口にすることはないであろう思いを、休み時間の終わりに思いながら、先に出る彼女の後姿を追いながら、ブラッドも屋上を後にするのであった。

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