第26話
2ヶ月が過ぎ、季節は梅雨の時期に移り変わろうとしてた。
俺たち、はんぶんこ同士の家族は変わりなく、問題を棚上げにしたまま過ごしていた。
と言っても、変わりなくという意味は佳乃さんが問題を抱えっぱなしだという意味。最初の2週間を過ぎた頃から道生さんはやってこなくなった。
娘の本気の抵抗に諦観したのだろう。母さん曰く、仕事が忙しいにもかかわらず、かなり無理して通っていたらしい。
(それだけ道生さんは佳乃さんのことを思っていたんじゃないか?)
どうしても、そうとしか思えなかった。
だが、親の心子知らず。佳乃さんはそれすらわからず、家族のあり方にこだわりを持っているように見える。
何の解決策も見いだせず、時間ばかりが過ぎていく。
そんなある日に母さんが突拍子もないことを言い出した。
「ねえ、みんなで遊園地に行かない?」
全くもって予期せぬ発言。
もちろん、だいぶ驚かされた。佳乃さん木綿を食らった様子で、顔に「なんで?」という疑問符を付けていた。
でも、当人はニッコリと笑って何も語らない。
そんなこんなで真意もわからぬまま、俺たちは郊外の遊園地へと連れ出された。
「さあ、2人とも。好きに遊んできなさい」
到着早々。
母さんは俺たちに遊んでくるよう促した。だけど、問いただしたことが一杯あって、無条件で楽しんで遊べる気がしなかった。
対照的に佳乃さんは切り替えた様子。
「……考えても始まらないわね。美鈴さんの言うとおり、今日は思いっきり楽しみましょ」
と、肩の荷を下ろしたようにはしゃいでいた。
俺はそれに振り回される形で、たくさんのアトラクションに付き合わせられた。その様は、子供のようである。
いつものムスッとした顔が何処やら。
佳乃さんは、今まで見たことないほどにおどけて、喜んで、俺を強引に引っ張り続けた。
「ほら、早く! 次よ、次!」
まるで本当の姉のよう。
弟の俺を構い、一緒に遊んでくれているようにすら思える。
でも、正直なところはわからない。佳乃さんが俺のことを腹違いの弟という風に思ってくれているのか、はたまた憎き愛人の息子と思っているのか。
結局のところ、佳乃さんが俺たち家族のことをどう思っているのか知る由がないのだ。
「なによ? 男のくせにジェットコースター1つで気分悪くするなんてだらしないわね」
ジェットコースターを乗り終え、気分悪そうに俺に対してもこの態度。傍若無人に振る舞う我が異母姉は、心配する俺の気持ちなど微塵も感じようとはしていなかった。
まったく、こっちはフラフラだっていうのに……。
「……あれ? 佳乃?」
そんなときだった。
急に1人の少女が声を掛けてきたのである。少女と言っても、俺より年上であることは明らかで佳乃さんを親しげに呼ぶ姿から同い年のように見える。
少女を見た途端、俺は記憶をさかのぼって思い出そうとした――が、いっさい誰だかさっぱりわからなかった。
でも、佳乃さんはそうでもないらしい。
駆け寄ってくる少女に向かって、とっさに「聡美」という名前が口にした。
「どうしてここに……?」
「どうしたのはこっちの台詞よ。突然休学したって、聞かされたからビックリしたじゃない」
「……ゴメン……」
「そっちの子は?」
「親戚の子……」
「ふーん、まあいいわ。とにかく、脅かさないでよね。私、てっきり病気か何かと思っちゃったわよ」
「本当にゴメン」
「さっきから謝ってばっかり。でも、元気で良かったわ」
「聡美こそ、ちゃんと学校行ってる?」
「当たり前じゃない……というか、みんなも心配してるよ?」
と、聡美さんが不安げな顔つきで言う。
無理もない。
佳乃さんは、ずっと学校に行ってないのだ。母さんもそのことを心配していたが、決して口出しはしなかった。
暗く顔を沈ませる佳乃さん。時折、聡美さんの顔色を伺っては俯き、顔を合わせないようにしている。
ずっと会ってなかった手前、目を合わせづらいのだろう。
SNSで連絡を取ることもしていなかったようである。事実、着信音だけは聞き覚えがあるものの、パチパチと携帯をいじる姿をお目にしたことがなかった。
「メールもしたのよ。なのに、アンタってばLANE《レーン》すらスルーしてるし、いったいどうしちゃったわけ?」
「ゴメン。今は話したくないから……」
「ねえ、それって私がアンタの友達じゃないって言いたいわけ?」
「そうじゃない。でも、本当に話したくないの」
「佳乃。アンタ差、都合のいいときだけ友達ぶって、自分の身に何か起きても頼ってくれないって。私はそんなんじゃ悲しいよ」
心に突き刺さるような言葉が投げかけられる。
横で聞いているだけでも、その想いは十分伝わってくる。聡美さんは、本気で佳乃さんの心配をしているのだろう。
だけど、佳乃さんは釈明もせず、ただ口籠もっているだけ。
勝手に事情を話すわけにもいかず、まごまごしながらも同じように緘黙し続けるしかなかった。
「おーい、聡美ぃ~!」
そんなところへ男性の声が聞こえてくる。
どうやら、その一声は聡美さんに向けられたモノらしい。途端に聡美さんが振り返り、遠くに見える人影に手を振っていた。
「じゃあ、私行くね。佳乃もちゃんと学校来なさいよ」
と言って、聡美さんは去って行った。
相手は恋人だろうか?
合流した2人の様子から和気藹々とした雰囲気が見られる。それに比べて、佳乃さんは相変わらず暗い表情を浮かべ続けていた。
しばしの間、俺たちは何も話さず立ち尽くした。
※
昼食時。
俺たちは、遊園地の一角に設けられた屋外のフードコートで円形テーブルを囲んで座った。聡美さんの件もあってか、未だに佳乃さんの元気がない。
まさかこんなところで、友人に会うなど思ってもみなかったのだろう。
その話をして、母さんが開口一番。
「そんなことがあったのね」
そう感想を漏らした。
微笑ましい光景と思ったに違いない。母さんの楽しそうに笑う姿から、そのことが容易に想像できた。
対照的なのは、佳乃さんだ。
ムスッとした表情を浮かべ、母さんへの不満を露わにしている。
「美涼さんに笑われる所以はないと思います」
「だって、友達にそんな態度だったら、後からぎくしゃくしちゃうじゃない? そういうところが道生さんにそっくりだなって思ったのよ」
「あの人と似てるとかありえないです」
「でも、私からすれば似ているのよ。アナタと道生さんは」
「そんな風に言われるなんて心外です。ただ、ずっと学校に行ってなくて、こんなところで聡美にバッタリ会ってどんな顔をすればいいのかわからなかっただけです」
「どうして、学校に行かないの? 道生さんが休学扱いにしたみたいだけど」
「それはそれでいいんです。いまは家族の問題を解決したいから」
「じゃあ、その問題は解決できそうなの?」
「……そ、それは……」
佳乃さんが言葉に詰まる。
そんな佳乃さんを見て、母さんは呆れたような困ったような顔を表した。
「佳乃ちゃん。私はね、正直アナタが何をしたいのかわからないの。ただ反発して、ただ家を飛び出してじゃ何も解決にはならないわ」
「……わかってます……わかって……ますよ……でも……」
「でもじゃない――ううん、わかったフリのままじゃいけないわね」
「…………」
「たとえばだけど……。佳乃ちゃんは家族を図形に表したら、どんな形をしていると思う?」
不意に母さんが突拍子もないことを言い出す。
家族の形――いったい何を言いたいのだろう?
俺ですら考えあぐねそうな問いかけに佳乃さんの顔からは戸惑った様子が見受けられた。
「図形ですか?」
「そう、図形。どんな形でもいいから答えてみて」
「……えっと……丸……だと……思います……」
「どうして?」
「みんなで囲んでご飯を食べるとか、そういうイメージでなんとなく」
「うーん、ちょっと違うかしら? 私が思う家族って、自分で思おうほど真ん丸い形なんかないと思うの」
「なら、いったいどんな形をしているんですか」
「強いて言うなら、丸っぽいけどいびつでボコボコ。好きなところも、嫌いなところもいっぱいあって、だけど愛おしくてしょうがないのが家族の形なの」
「丸くてボコボコ……」
「佳乃ちゃんはどう? そんな風に家族を思ったことない?」
「私はそんな風に家族を感じたことありません」
「だったら、これからたくさん感じればいいのよ。もし仮に佳乃ちゃんが感じられないっていうのなら、今度はその分を佳乃ちゃんの子供に感じさせてあげて」
「アタシの子供に……?」
「ええ、アナタの子供に。そうしたら、きっとアナタもデコボコだけど、愛おしく思える家族の愛の形を感じられるはずよ」
「……家族の愛……」
とつぶやいた途端、佳乃さんはだんまりになった。
正直、俺は家族の愛だとか家族の形だとか、そういういったモノはあまり考えたことがない。
父親がいなくても、ずっと母さんがいたからだろう。
俺はそれほどに母さんからたくさんのモノをもらっていたし、教えられもした。だから、佳乃さんの困っていることをどうにも実感できなかった。
「そう言うわけで、すり合わないはんぶんこの家族はもうお終い」
とっさに母さんが手のひらを併せて叩く。
それと同時に衝撃的な言葉を口にした。どういう意味かわからず、俺は直後にまごまごしてしまった。
それは横目で見る佳乃さんも同じだったらしい。
途端に顔を上げて、信じられないというような表情を見せていた。
「さて、ご飯も食べたことだし、そろそろ帰りましょうか」
そんな俺たちを余所にして、母さんが独りでに立ち上がる。
まるで家族ごっこの終焉を告げるかのような言動だった。だからなのか、とっさに佳乃さんも立ち上がって「待ってください」と叫んでいた。
「待って! この生活が終わりってどういうことですか?」
「言葉の意味のままよ。アナタを道生さんの元に返す」
「い、いや……。まだ私は答えを見つけてない」
「佳乃ちゃん、アナタはもう答えを見つけてるはずよ。それとも、私たちと生活してみて何も感じなかったの?」
「……それは……」
「わかってるのよね。どんなに誤魔化したって、自分の望むモノは自分で苦労して手に入れるしかないの」
だから、この生活はお終い。
優しい母さんからは、とても考えられない言葉が告げられる。俺はあまりの衝撃に何の言葉も出なかった。
出なかったと言うか、出せなかったというのが正解だろう。どちらにしても、いま助け船を出せば軋轢しか生まない。
口出し無用――そんな雰囲気が心に重くのしかかった。
「待って! 待ってください――お願いです、もう少しだけこの生活を続けさせてください!」
だけど、佳乃さんが必死だ。
頭を下げて懇願して、無残にも哀れにも思える醜態をさらしている。本人は気にする様子がなく、むしろ一心不乱に頼み込んでいた。
いつも強気の態度からは到底考えられない姿、いつも俺にキツく当たる態度とは違う全くもって別人。
俺はそうした姿にヒドく驚かされた。
でも、目の前に居る母さんの厳しい顔つきが変わることはなかった。
「ゴメンナサイ。もうこれ以上は付き合ってあげられないの」
「お願いです。本当にもう少しだけ居させてください」
「でも、それってアナタが最初に望んでいたこととは違うんじゃないかしら?」
「そ、そ、それは確かにそうですけど……」
「最初にハッキリと言うべきだったわね。アナタがすべきことは、私たちを恨むことなんかじゃない――大切な家族の関係を修復することだって」
「…………」
「それを言わなかった私の責任でもあるの。だから、佳乃ちゃんの希望には添えないわ」
次々に発せられる決別の言葉。
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