第14話
優依子との買い物の帰り。
俺はスーパーの店先で風船が配られていることに気付いた。
やってきた子供たちを中心に差し出すモノだろう。優しそうな笑顔で微笑みかける店員さんが積極的に子供に話しかけながら、風船を配っている。
そうした様子を見てか、不意に優依子に話しかけられた。
「ねえ、むっちゃん」
「なんだ?」
「私たちも風船もらって帰ろうか?」
「別に構わないけど、どうしたんだ?」
「うん、ちょっとあのときのお爺さんのことを思い出しちゃってね」
「あのお爺さんのことか」
「うん……。あれを見たら、ちょっと寂しいなって思って」
「だよなぁ~。人間ってあっさり死んじまうもんなんだな」
「私、風船もらってくる!」
と言って、優依子が子供の列に向かって走って行く。
俺は幼なじみの微笑ましい後ろ姿を見ながらも、入管局での出来事を思い返していた。
飼い主と仲良く天国へ逝くことができたあかね。
きっと天国でも寄り添うように仲良く暮らしているに違いない。
そうして、次の転生の時までの時間を過ごす。俺たち局員はその時間を作るための仕事をしているのだと改めて感じさせられた。
優依子が戻ってくる。
「むっちゃん、お待たせ」
その手にはガスがパンパンに詰められた2色の風船が握られていた。
どうやら、1つは俺の分らしい。「いらない」と言ったにもかかわらず、優依子はそれをはしゃぎながら差し出してきた。
仕方なしにとばかりに受け取る。
俺は、いつになくうれしそうな表情を見せる優依子に問いかけた。
「なんだかうれしそうだな」
「だって、風船もらえるとなんだかうれしいんだもん」
と優依子が笑う。
しかし、とっさになにかを思いついたのか風船を見ながら、なにやら難しい顔を浮かべ始めた。
俺は表情の変化に気づき、優依子に問いかけた。
「――どうかしたか?」
「人間って、なんで風船を欲しがるんだろうね?」
「そりゃあ、あれだろ? プカプカ浮いて楽しそうだし、もらえるモノだからじゃないか」
「そうだけど……。でも、風船ってよく見ると、なんだか人の幸せみたいじゃない?」
「……人の幸せ?」
「だって、ほら。膨らんでるときは、天にも昇る気持ちでプカプカ浮いて幸せだけど、逆にしぼんでしまうと、なんだか不幸な気持ちになったみたいじゃない?」
「確かに言われるとそうかもしれないな」
「……だからね。きっと、人間の幸せっていうのも、風船と同じでいつまでも膨らんだままではいられないんだよ」
と手にした風船を見ながら優依子が言う。
刹那、「あっ!」という大声が上げる。
やにわに後ろを振り返ると、近くにいた子供が手にしていた風船を手放してしまったところだった。
見れば、泣きながら空へと飛んでいく風船をつかもうとしていた。
けれども、時すでに遅し。
風船は、すでに人間には手の届かない高さまで遠く遠く飛び上がっていた。
とっさに優依子が声を掛ける。
「はい、お姉ちゃんのをあげる」
「いいの?」
「うん、いいよ」
「ありがとう!」
と子供がはしゃぎながらスーパーの中へと消えていく。
俺はその姿を見ながら、優依子に問いかけた。
「いいのか?」
「別にいいよ。また次の機会にもらうから」
「俺の分ってもらったヤツ、オマエにやるよ」
「そこまでしなくていいよ。小さい子が泣いてるのもかわいそうじゃない?」
「優しいな、オマエって」
「そうかな? 私は、単純に子供が好きなんだけど……」
「――それでも、優しいよ」
そう言うと優依子は、俺の前でうなずきながら笑ってみせた。
ふと空を見上げる。
さっきの子供が手を離してしまった風船が上へ上へと舞い上がっていく。それは割れるか、萎むかのどちらかでも限り、決して地上へは降りてこないだろう。
それは幸せも同じ――。
一度手放してしまえば、同じモノは決して戻ってくることはない。失ったモノはいずれどこかで消えてしまう。
幸せとは、案外そういうモノなのかもしれない。
しばらく俺は優依子と一緒に空の彼方へと消えていく風船を見つめ続けた。
「明日もまたいい日ありますように」と、そう願いを込めて……。
-Episode2- 了
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