Episode-03「はんぶんこ家族」前編

第15話

「初めまして、大原陸己君」



 それは、母さんの葬式での出来事。

 俺は、突然の母の死にショックを隠しきれずにいた。なにせ喪主を務めた母さんの弟で、俺の叔父さんにあたる人の脇で魂が抜けたみたいに座り続けていたのだから。

 葬儀中もなに一つ考えることもできなかった……。

 だから、火葬が行われている間はずっと誰もいない斎場の隅で小さくうずくまって泣くしかなかった。

 そんなときに現れたのが、目の前にいる男性である。

 歳は20代半ば――。

 中肉中背で祭事用の黒の礼服に身を包み、いかにも紳士だと言わんばかりの雰囲気を醸し出している。

 なにより、母さんがいたら「イケメンじゃない」と言って喜んで食いつきそうな姿は、いかにもドラマに出てきそうな出で立ちだった。

 もちろん、その人のことは知らない。

 親戚の集まりだとか、町内会の会合だとかそういう場所で見た顔ではなかった。けれども、近づいてきたその人はなぜか不思議な感覚をおぼえずにはいられなかった。

 ……まったく見ず知らずの人間であるはずなのにだ。

 当然、そのことが気になって仕方がなかった。



「アナタは?」

「私は、君たちの言うところの神という存在だ」

「……神様? なんの冗談ですか?」

「そういう言うのも無理はないよ。なにせ、私はこの世には存在しない未知の現象のようなモノだからね」

「あの、お医者さんでも呼びましょうか……?」

「アハハハッ、それは勘弁願いたいね――まあ、与太話だと思って話に付き合ってくれないか」

「なにを話すつもりかわかりませんが、いまの俺にそんな余裕があるように見えます?」

「見えないね……。大切な家族を亡くして、すごくツラそうだ」

「だったら、構わないでください。でないと、人を呼びますよ……?」

「それは困ったなぁ~」

「そう思うなら、早く帰ってください」

「いや、そういうワケにもいかなんだが……。これは、私が神だってことを証明してみせるほかないかなぁ~」

「なにをブツブツ言ってるんですか? 本気で人を呼びますよ?」

「よし。では、1つ君に神だってことを見せるとしよう」

「いったいなにを言って……」



 そう言いかけた直後――あたりが真っ白になった。

 ずっと臭っていたお香のニオイも、寂寞とした白黒の鯨幕もない。風に揺らされる葉音も、近くを走る車の音すらもしなくなり、周囲は白一色の世界に覆われていた。

 そのことにヒドく驚かされ、俺は衝撃を受けた。



「え、こ、こ、ここは……?」

「驚いたかい?」

「斎場は……? 母さんはどうなったんですかっ!?」

「そう慌てないでくれ。私は君に神だってことを証明するために天国の入り口付近まで連れてきてあげたのにさ」

「天国? アナタ、いったい何を言って――」

「まだ信じられないかい?」

「当たり前です! こんななにもないところ……いや、むしろ手品かなにかなんですよね?」

「そうか、君には手品に見えるんだね。まあ、そんな芸当があの場で一瞬にしてできると思う?」

「わかりませんよ。アナタがマジシャンだっていうならなおさら――」

「じゃあ、あの人の列に並ぶ女性を見ても、君はそう思えるのかい?」

「女性……?」



 俺はその言葉に男性が示した方角を見た。

 そこには白い服を着た人たちが縦1列に並び、どこかへと向かっていく姿があった。みな生気がないような顔つきをしており、まるで死んで感情すらも失ってしまったかのような姿をしている。

 そんな中、目に飛び込んできた1人の女性に驚愕する。

 すごく大好きですごく死んで欲しくないと思っていた女性――俺の母さんである。



「母さんっ!?」



 驚いた俺はすぐさまその場所へ行って、母さんを連れ戻そうとした。しかし、とっさに肩を掴まれてしまったため、急ぐ脚を止めざるえなかった。

 すぐに後ろを振り返り、引き留めた張本人である男性に抗議する。



「離してくださいっ!! 俺は母さんを連れ戻しに――」

「無駄だよ。あれは死者の行列なんだから」

「死者の行列……? またなにをワケのわからないことを言って……」

「君のお母さんは死んだ――違うかい?」

「……あっ……」

「なのに、どうしてあんな行列に並んでいるだろうね? それともう1つ、どうして君の母親だということがわかったんだい?」

「だって、あれはどう見てもあの人は母さん以外にありえないからですよ!」

「でも、君はさっきまでお母さんの葬儀に出ていたじゃないか。にもかかわらず、あそこにいる女性が君のお母さんだと信じられるのかい?」

「もちろんです。もしかしたら、母さんじゃないかもしれませんけど、あそこまで似ている人なんているワケないじゃないですか」

「なら、ここはどこだと思う……?」

「そ、それは……」

「あそこにいる彼女が君のお母さんだとして――どうしてあんな場所にいるのかと問われれば、答えはもう1つしかないんじゃないかな?」

「…………」

「さあどうだい? もうわかってるんじゃないか?」

「……ホントに……天国……なんですか……」

「そうだよ。ここは正真正銘天国さ。もちろん、中に入ればどんな人間であっても死者扱いされちゃうから、君が立っているのはその入り口さ」

「……入り口……」



 そう言われてもピンと来なかった。

 母さんを亡くしたショックで混乱したせいだろう。考える気力もなく、俺は男性の言う真偽を確かめられなかった。

 だから、信じることも「ウソだ」と反論することもできずにただ黙るしかなかった。

 男性が黙する俺に向かって話しかけてくる。



「まだ信じられないようだね……まあいいさ、いずれ君も信じることになる。それより、私は君に話したいことがあってやってきたんだ」

「……話したいこと? いったいなんですか……?」

「単刀直入に言おう――君はもう一度お母さんに会ってみたいと思わないかい?」

「え……?」



 あまりにも唐突だった――

男性はまたも事情の飲み込めない話をふっかけてきたようで、俺は怒ることも忘れて呆然とするしかなかった。けれども、不意に「もしそうできるなら」という思いが心の奥からわき上がってきて、話の続きを聞けとせがんできたのである。

 俺はその心に従い、男性に問いかけた。



「母さんに会えるんですか……?」

「うん、君があることを手伝ってくれるというのなら、その願いを叶えてあげるよ」

「なにを手伝えばいいんです?」

「……仕事さ」

「仕事? どんな……?」

「なぁに、難しいことじゃない。魂を浄化するのに少々人手が不足しててね、私の気まぐれで適当な人材を見繕ってるのさ――それで今回は特別に生者を選ぼうってことにしたんだ」

「……魂を浄化する仕事……」

「あの人の列はいずれ天国に行く。もちろん、君のお母さんも例外ではない――1度天国に行ってしまった魂は二度とこちら側の世界には戻って来れないんだ」

「それを戻って来れるようにするということですか?」

「まあ一度だけだけどね」

「……母さんに……会える……」

「今すぐに返事をくれとは言わないよ。君の気持ちが固まったら、もう一度私に合いたいとだけ願ってくれ――そうしたら、私は君の仕事場へ案内することにしよう」

「あ、あの。どうして俺の思ってることがわかったんです? それに俺を選んでくれたことだって」

「言ったじゃないか。私は地上の天気同様に気まぐれなんだって」

「だからといって、それが俺を選ぶ理由にするなんて……」

「それが『神の思し召し』というヤツさ。さあ、もういいだろう? あとは君が選ぶんだ」

「待ってください! まだ話は終わってな――」



 そう言いかけたとたん、視界がぼやけた。

 なぜだかはよくわからない――

 しかし、次の瞬間に誰かの呼び声が聞こえてきたことですべては夢の出来事だったのだと気がつかされた。

 次第に呼び声がハッキリと聞こえてくる。



「……む……ちゃ……ん……むっちゃん……」



 ようやくその声が優依子のモノだと認識したのは、目を開けてからのこと。

 しばらくボーッとして状況がよくわからなかったが、俺はすぐに試験勉強中に居眠りしてしまったことを理解した。



「――優依子?」

「こんなところで寝ちゃったら風邪引くよ」

「いま何時?」

「20時だよ。みんなもう夕食食べ終わったところ」

「そっか……。俺、勉強の最中に寝ちまってたのか」

「ご飯冷めないうちに食べちゃって。お母さんが片付かないよ」

「ああ、悪いな――けど、どうしてもっと早く起こしてくれなかったんだ?」

「一度は起こしたよぉ。でも、むっちゃんってば、なんだか気持ちよさそうに寝てたから」

「そうだったのか」

「とりあえず、ご飯食べて」

「わかった。いますぐ下に降りるよ」



 と、言うと優依子は部屋の扉を閉めて出て行った。

 俺はその姿を姿を見送り、試験範囲を中途半端に書き連ねたノートを閉じた。そして、追うように部屋を出ようとする。

 ところが、不意にさっきの夢の内容が頭をよぎった。ドアのところまで来て、なぜあんな夢のことを思い出してしまったのだろう?

 自分でもよくわからなかったが、とにかく足を止めざるえなかった。

 もう、2年も前の話だ。

 思えば、神様に出会って、天国入館管理局で働くようになって、ずいぶんと時間が経過したような気がする。

 それを改めて考えると、どうしても『あの日』の出来事を思い出してしまう。

 母さんが死んだ中2の夏、ゲーセンで出会った不機嫌そうな異母姉妹を……。

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