第4話

 あれから少し経って、黒木はどうにか正気に戻った。

 一歩間違えれば、地縛霊になっていただろう。けれども、必死の説得が功を奏してか、黒木は健全な霊としての状態を保った。

 だが、黒木の心は当面不安定なままだ。

 このまま未練を捨てさせようとしても、きちんとできるかどうかが不安である。むしろ、心残りになってしまうのではないか。

 そんな疑念が俺の中に浮かび上がっている。

 とりあえず、なんとか黒木を落ち着かせようと、俺は学校近くの公園で一休みすることにした。

 当然、誰も彼もが俺たちの存在に気づいてはいない。

 それをいいことにコクロが勝手に遊び始めた。何の目的でついてきたのか、コクロは無邪気そうに滑り台を滑っている。

 俺はそんな姿を無視して、近くのベンチに黒木を横に座らせた――が、紡ごうとする言葉は途切れ途切れで、予想以上に会話が続かない。

 何をどう話せばいいのか。

 その答えを見いだすことができず、ただ短い言葉のキャッチボールを続けるしかなかった。

 幾分かして、俺は黒木に問いかけた。



「――少しは落ち着いたか?」

「……うん」

「そっか……」


 結局、俺のしたことはいい結果を招くどころか、黒木に悪い結果をもたらして閉まっただけだった。

 最悪だ――局員としてあるまじき失態を犯した。

 俺はその後悔にとらわれ、まともに黒木の顔を見ることができなくなっていた。まともに黒木の顔も見ることができず、うつむいたまま話を続ける。



「スマン、黒木」

「……なにが……?」

「いや、だって。俺がもっとオマエを巧くフォローしてやれれば、こんな事態にはならなかったはずなんだ」

「大原君が悪くないのよ。悪いのは、きっと迷ってばかりいる私せい」

「違う……。原因は、オマエ自身なら克服してくれると、勝手に思い込んでいた俺が悪いんだ」



 どう償っても償いきれそうない。

 今回ばかりは、かなり時間を要するかもしれない。

 なにより俺がこんな失敗をしていたのでは、黒木を安心して天国に送り届けることなんかできっこない。

 いっそ誰かに交代してもらうべきだろうか……?

 そんなことを考えていると、黒木から思わぬ言葉が飛び出した。



「……私、天国に逝きたくない」

「え?」



 突然、発せられた言葉。

 天国になんか逝きたくない――なんて重い言葉なのだろう。

 発せられた途端、俺は思わず顔を上げて黒木を見た。しかし、そこにあったのは悲しみにとらわれた人間の顔だった。

 未練を整理するということは、本人がないと思っている未練でさらけ出してしまう。

 そのとき、本人がどう向き合うかによって整理の仕方も変わってくるし、そこに執着してしまう可能性もある。

 それらをひもとき天国へ導いてやるのが未練整理係の仕事である。しかし、こんなにも重い黒木の気持ちを俺は受け止めてやることができなかった。

 最初の様子からすれば、正直もっとすんなりいくと思っていた。それは見通しとして甘かったとしか言いようがない。

 ……いや、単純に俺が馬鹿だったのだ。

 そんな気持ちのひとつ浮かんでくることを知っていたはずなのに、すぐに終わるなんて思っていたこと自体が間違いなんだ。



「なあ黒木。天国に逝けば、そこで暮らすことも、新しい人生を歩むことも自由なんだぞ?」

「そうなんだ……でも、私はもう一度同じ人生をやり直したい」

「それはできない。死んだ人間が同じ人生を歩むなんてできっこないんだ」

「どうして? 私は死にたくなんかなかったのよ?」

「でも、オマエはもう死んでしまったんだ」

「……そんなの……あんまりよ……」

「まだすべてを受け入れるのは無理かもしれない。けど、俺と一緒に未練を整理していこう。そうすれば、自分の人生が凄く良かったってわかるはずなんだ」



 やはり、大失敗を犯した後でこんな声をかけても説得力に欠ける。

 俺の言葉に黒木は無言で首を横に振った。



「ねえ、大原君」

「……なんだ?」

「人生ってなに? 私の人生は『じ』の一文字すらわからないうちに終わってしまった」

「それは――」

「……こんなのヒドすぎるよ……」

「スマン、俺がもっとうまく導いてやればこんなことにはならなかったんだ」

「大原君は悪くないわ! 悪いのは勝手に死んじゃった私……」

「そう思うのもやめてくれっ! それじゃあオマエが報われないだけじゃないか」!

「いいのよ、ホントに――だって、いまならわかるもの。私はもっと人生を知りたかったのよ」

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