海州街道 panda

 ほぼ全裸の男たちの襲撃を経て、ザハードとミニアーナは海州チャイツー街道を歩いていた。

 道幅およそ5メートルほどの広い道路の両端には、凍てついた草が生えている。

 またその道路も、中央に大きな亀裂が入り、今にも半分に割れそうな程であった。

「広いわね」

 ミニアーナの言葉に、ザハードは無言で首肯する。

 中央から少し左側を並んで歩く2人は、かつては世界最大の人口を誇っていた国の現状に目をやった。

 このだだっ広い道のどこを見渡しても、人っ子1人もいないのだ。

「世界は……どうなってるんだ」

 ザハードは言葉を噛み締めながら、ポツリと零す。

「分からんないよ。……でも、流石にこれは異常だわ」

 ミニアーナは足元に転がっていた、凍りついた石ころを蹴る。

「痛っ」

 しかし石ころは地面と一体化してしまっているらしく、蹴ることはできない。

「普通気づくよ」

 ザハードは小さく肩を揺らしながら言う。

「じゃあ、私は普通じゃないって言いたいの!?」

「そ、そうじゃないけどさ……」

「そうじゃないなら何よ?」

 完全にお怒りモードになったミニアーナが、ザハードに詰め寄ろうとした瞬間──

 バキッと、何かが砕けるような音がした。

「な、何?」

 途端に慌てだすミニアーナは、ザハードに詰め寄ることをやめて、意識を周りに配る。

 しかし、左右どこにも変わった所はなく、音の正体が何か分からない。

 ──一体何の音だったんだ……?

 ザハードがそう思った途端、すぐ後ろで人ではない、獣のような咆哮が上がった。

 ──後ろかッ!?

 瞬間的に振り返る。そこには白と黒の分厚い体毛を持つ、体長およそ3メートルほどの獣がいた。

「く、熊!?」

 ミニアーナが驚きの声を上げるも、獣に人間の言葉が分かるはずもなく、獣は鋭く尖った爪を生やした太い腕を持ち上げる。

「ミニアーナ、逃げるぞ!」

 永遠と思えるほど真っ直ぐに伸びる海州街道を全速力で駆け出す。

 だが、歩幅の違いだろうか。一瞬後で氷を蹴り飛ばした、獣は着々とザハードたちに詰め寄る。

「くっ」

 吐息に混じって、声が洩れる。

「私がやろうか?」

「ダメだ。地形が悪すぎる」

 ミニアーナの《世界に愛されてる》力は、その場に存在する自然物によって大きく変化する。故に、自然物が凍りついた草と道路を覆う氷しかない今、その真の力は使えない。

 だからといって、ザハードの《人に愛されてる》力が使えるのかと言えば、それは否だ。

 相手が獣だからだ。

「くっそ、何なんだよ……」

 もう真後ろまで迫ってきている獣に対して、毒づきザハードは逃げる足を止めた。

 ──やるしかねぇ……

 衣服の下に隠したペティナイフを抜き、振り返る。

 タレ目の大きな体を持った獣が腕を振ろうとする。

「ミニアーナ、先に行けっ!」

 落ちてくる腕を大きく右にずれることで避けながら、叫ぶ。

「で、でも──」

 何かを言おうとするミニアーナ。しかし、ザハードはそれに聞く耳を持たず、氷の道を蹴った。

 危うく滑りそうになるが、ギリギリのところでそれに耐え、ペティナイフを白と黒の体毛の丁度境目に入れる。

 強い反発力がナイフを通して、ザハードの腕に返ってくる。

 奥歯をきつく噛み締め、さらに奥にという思いでペティナイフを突き刺す。

「くっそッ!」

 そう呻き、ザハードはペティナイフを抜いて大きく下がる。

 ──手応えがねぇ……

 あまりに分厚い体毛が、ペティナイフの刃を通さないのだ。

 痛みもあまり無いのだろう。声を洩らすことも無く、獣は太い腕に拳を作り、振るう。

 ザハードは目を見開き、腕の動きを読み解こうとする。しかし、相手は獣。人間ではない。

 《人に愛されてる》ザハードでは、それを読み解くことはできず、獣の視線と腕の向きで判断して、左側へと飛ぶ。

「……ッ」

 しかし、人のように完全に避けきることはできず、右頬に獣の拳が掠る。

 刹那、鮮血が飛び散る。

 度を越した痛みがザハードの思考を奪い、動きを鈍らせる。

 だが、ここで動かなければ獣に殺される。

 頭では分かっていても、体が言うことを聞かない。

 ──くっそ……。ここで死ぬのか……?

 不意に死が過ぎる。

 獣は伸ばした拳を引き戻し、体勢を整えてから咆哮を上げる。

 そして再度、拳を作り、しっかりザハードを見てから振り下ろした。

 ザハードは、しかし動けない。


「いやぁぁぁぁぁ」

 瞬間、張り裂けそうなミニアーナの声がザハードに届いた。

 動けなかった脚がようやく、ピクリと動いた。だが、それは遅かった。

 獣の拳は既にザハードの眼前にあった。


 ──避けきれない。

 ザハードの身体が本能的にそれを伝えていた。

「許さないッ!!」

 拳の周りに纏わる風がザハードの髪を撫でる、その瞬間に轟くミニアーナの悲鳴こえ

 同時に足を置く、凍りついた道路がムクっと持ち上がる。


 まるで大地が隆起したかのように──。


 ザハードを中心として起こった隆起のお陰で、獣の拳が当たることはなくなった。後ろへと後退していく獣。

「に、逃げるぞ!」

 それを好機チャンスとみたザハードは、前方にいるミニアーナに向いて声を上げた。

 瞬間──。目を赤色に染め、髪の毛も逆立ちピンク色になったミニアーナの姿がそこにあった……。

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