与えられた道導 past

「全てはわしも知らん。きぃ坊の事などずっと監視してるわけがないからの」

 自らが運んできたティーカップに入ったお茶を口に含む。

「だから、わしがこの事実──きぃ坊が刻のアーカイブを保持しているということに気がついたのは、保持した時から考えるならかなり後になると思う」

 いまや世界をも掌握したAAが、真っ白な部屋に閉じ込めたあの時に見た一冊の本を思い返す。

「えっと、結局アーカイブって何なのですか?」

 アーカイブ。そんなもの産まれてこの方1度も聞いたことがなかったザハード。

「そうか。そこからか」

 茂本は小さく微笑み、口を開いた。


 アーカイブ。それは能力。それは、禁忌を厭わない真の力。それは、物理法則など関係なく世界の理すらをねじ曲げる力。

「──この世ならざる者の力を強引に受け継いだもの。これが大まかな説明じゃ」


 ザハードもミニアーナも何を言っているのか、意味が分からなかった。

 だが、茂本は続ける。

「さっきお主らを襲ったバケモノがいただろ? あれはこの世ならざる異形の生き物。異界の悪魔だそうだ」

「あ、悪魔!?」

 ミニアーナの驚きに、リアナが首肯で答える。

「あれは聞いたことがあるか? 天賦者ギフター

 聞いたことくらいはあった。この世のものでは有り得ない、特殊な能力を持っており、身体能力も通常の人を遥かに凌いでいる、という噂を。

「い、いちおう」

 ザハードの返答に、茂本はそうかと呟いてからリアナに視線を向ける。リアナはその視線に応じるかのように、口を開いた。

「それじゃあ巫女みこは?」

 巫女……?

 ザハードは考えた。だが、全くを以て知識を持っていなかった。ゆえに、かぶりを振るしかなかった。

「残念。私がその巫女なのに──」

 驚きを表すよりも前に。リアナは薄花桜色の瞳に刹那という時間も要さずに、淡い光を宿した。

 全てを覗き込む。そう意識させる圧倒的な何かしらの力。それが解き放たれた。

「アンタら……ほんと何者なんだ」

 ザハードは力なく言葉をこぼす。

 過去を知り、AAを知り、そして未知の力を宿す。

 何者と訊かず何と訊けばいいのだ。

「だからお主らの味方じゃよ」

「そうよ。まぁわたしは正確には、刻三の味方だけどね」

 いたずらっぽくウインクをして見せるその姿は、あどけなさの残る可愛らしいものだった。

「ならちゃんと知ってることを教えてくれ」

「わ、私も。ちゃんと全部を知りたい!」

 ザハードとミニアーナは、懇願するかのように茂本たリアナの顔を覗いた。

 茂本とリアナは満足げに頷いた。


***


 話は三年と少し前。刻三が妹の千佳を連れてわしの所に来たところからじゃ。

 その時にはもう刻のアーカイブを保持していたのだろう。

 ニホンに大火災のあった日があったじゃろ? あの次の日じゃったから、家も焼けて帰るところがないんじゃと、その時のわしは思った。だが、それは違ったようじゃった。

 どうも敏感に色んな物事に反応しておった。

 その時じゃった。わしのこの研究室に、ある者が侵入したのじゃ。

 ──そう慌てるな。男は我慢も大事じゃ。

 それでそやつは、姿を見ることが出来なかった。──そうじゃ、透明人間というやつじゃった。だが、完全ではなかったのお。隠れ蓑というべきじゃろうか。まぁ、そう言った布に隠れておったのじゃ。今思えば、そやつもアーカイブの使い手じゃったのだろう。

 そんなことに気づけるはずもなく、わしはその後きぃ坊たちに金を渡した。そして、きぃ坊たちはここを立ち去った。




 次は私ね。これは茂本博士の話より少し後の話。海洋国家リバールでのお話。

 そう言えば。わしもリバールの空港であったわ。何やら女の子を連れておった。

 それがかのシャグノマ家のお嬢様シャグノマ・ツキノメよ。

 そうじゃったのか……。

 もう、それはいいからっ!

 リバールで行われたのは、そのお嬢様のお見合いだったの。その父、シャグノマ・ココによる強制的なね。

 お嬢様はそれがさぞかし嫌だったのでしょう。偽の彼氏として刻三をリバールに連れ帰った。

 要するに彼氏いるから結婚は無理ですーってことだったんだろうね。

 でも、そんな事で許してくれるお父様ではないわ。お父様はお嬢様に加えお嬢様の彼氏という刻三を加えたメンバーでお見合いを強行した。

 相手はリバールなら知らない人はいない国交警吏隊隊長のログモル家の息子ログモル・インテグラだったの。


 そこで事件は起きたわ。その食事中、インテグラが何者かに盛られた毒で倒れたの。

 ──まぁまぁ、まだ話は続くわ。

 その毒と思われるものはなんと、刻三のカバンの中から見つかったの。

 ──うふふ、ほんとよ。

 それでまぁ、刻三は警吏隊に捕まったの。まぁ、そりゃあそうよね。現行犯みたいなものだもの。

 その後すぐにパトカーによって連行されてることになったんだけど、そこで運がいいのか悪いのか、そのパトカーが襲撃を受けて刻三は逃亡に成功しちゃうの。

 どうにか市街地まで逃げた刻三は、そこである男性と会うの。それはまるで運命だったわ。いや、多分仕組まれてたと思うわ。

 出会った男性こそ、毒や麻薬の密売人だった。男性とはリバールで使えるお金を貰っただけだった。でも、その直後。男性は裏路地にて射殺された。奇しくもインテグラが死ぬに至った毒を持ってね。

 そしてその直後、刻三も狙撃による襲撃を受けたの。

 慌てて避けて、交わして、裏路地に入ったわ。そこで、流れる血を踏んじゃうの。密売人の男性の血をね。

 どうなると思う? 足跡が残るのよ。

 あとはご察しの通り、警吏が犯人は刻三だと思い全世界に指名手配したの。


 ──やりすぎだって? よく考えて。警吏隊隊長の息子を毒殺したのよ? 警吏とかってそう言うの許さないタイプだからね。普通じゃないかしら。

 それでその時に、私は屋敷を抜け出して刻三の元に赴いたの。

 彼は犯人じゃない。私の巫女の能力がそう告げてたから……。

 そこから刻三がどう動いたかはハッキリとは分かってない。でも、ハッキリと言えること。それは、これがある計画の一端だと気づいたということ。

 ──そう、計画。何だったかな……。多分、シヴァ・プロジェクトとか言って全てを破壊する計画だったと思うよ。

 だからそれでね。リバールにあるとある遺跡にあれがあったの。

 ──鹿王の化石よ。

 ──そう。生きたまま石の中に閉じ込められた太古の巨人よ。

 プロジェクトはそれを真の姿──すなわち生き返らせることだったの。

 まぁ、そのプロジェクトの統括者ってのが死んだはずのログモル・インテグラだったんだけど。

 まぁ、それは置いといて。鹿王が復活しちゃったのよ。

 ──嘘じゃないわよ。本当に石化をといて現世に蘇っちゃったのよ。

 結局それを倒しちゃうんだよねー。


***


「すっごいザックリだな、リアナよ」

「まぁ、だって本気で説明してると長いんですものっ」

 ふくれっ面で反抗するリアナに茂本は楽しげに笑い、ぬるくなったお茶を一気に飲み干した。

「えっと、あの……。色々まだ分からないところだらけ何ですけど……」

 ごにょごにょと、言いにくそうなザハードは茂本とリアナを見ながら意を決する。

「結局、刻三さんはどういった人なんですか?」

「一言で言うなら……バカだろうな」

 茂本はキッパリと言い切った。

 ──な、何なの……。

 ミニアーナは言葉に出すことなく、顔で表現していた。

「バカだけど、仲間は絶対に見捨てない。そんな奴だったよ。お主ら、この話を聞いて本当に刻三らが報道されてるようなことをするやつだと思うか?」

 揺れる心に、茂本は漬け込むように。しんみりと訊いた。

 ゆっくりと思案したあと。ザハードは小さくかぶりを振り、ミニアーナは「うんん」と囁くように告げた。


「だが、侵入したのは本当のことなのだがな。だからこそ、わしはAAに何かあったと考えておる」

「私もそう思ってる。ただの新聞社だったAAが世界まで掌握出来ると思う? 普通に考えれば無理だよね。だから、私もAAに何か裏があると思ってるの」


 教えられれば教えられるほどに、疑問が生じる。ザハードは信じるものが何なのか。本当に苦悶していた。

 ミニアーナもそれは同じだったようだ。

 痛々しい程に歪んだ顔で、茂本とリアナの顔を見た。

「これだけじゃない。じゃけど、わしは刻三が犯罪を犯すやつには思えんのじゃ」

 ザハードも同感だった。話を聞いた上で考えれば、報道に偽りがあったのではと思う以外ありえなかった。


「──僕も……そう思う」

 ザハードはそれを言いたくなかった。だって、犯罪者を庇うようなセリフだから……。

 それでも……

「僕たちを助けたくれた二人がそこまでも信用している人を……信じてみよう……って思った」

 茂本は満足げに微笑み、リアナを見た。

 リアナもうふっ、と妖艶に微笑む。

「ミニちゃん。良いんだよ、やりたいように……やったら」

「うん。でも、ザハードが言うなら私も信じてみようと思う」

 元気な笑顔を浮かべる。そして、ザハードの腕に絡みつく。

 刹那に顔を赤らめたザハードにミニアーナは、小さく微笑む。

 ザハードはその赤らめた頬を、わざとらしい咳払いで打ち消し、口を開いた。


「僕たちは──何をすればいいの? わざわざ助けてくれて、その上こんな話までしたんだ。何かさせたいことがあるんだろ?」


 不敵に笑ったザハードに、茂本は妖しく微笑んだ。

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