真実へと繋がる道 road
やれやれ。そう言わんばかりに茂本はため息をつき、腰をあげる。
「は、博士どこに行かれるのですか!?」
いやいや、目覚ましたのに!? という視線を存分にぶつけるリアナ。
だが茂本は気にした様子もなく、背中越しに手をぱたぱたと振る。
「すぐ戻るわい」
心配性というかなんと言うか。リアナは相当茂本を慕っているようだ。
「あの……。ありがとうございました」
ザハードは、転がったまま上半身だけをそっと起こし、リアナに述べた。
「えっ!?」
リアナはその言葉が想定外だったのか、顔を熟れたリンゴのように赤くし、終いには頭の上から煙を出すのではと思うほど恥ずかしがった。
「助けて頂いて、本当にありがとうございました」
「私からも。本当にありがとうございました!」
そんなリアナに追い打ちをかけるかのように、ザハードとミニアーナは頭を下げる。
礼を言われることに慣れていないのだろうか。リアナはあわあわと、動転しながら今にも爆発してしまいそうな赤い顔をしていると、カランカランと食器同士がぶつかる音がした。
リアナは瞬間的に顔色を戻し、後方を見た。
そこには茂本がいた。体の前でお盆を持っている。お盆の上には、四つの茶色い液体──おそらくお茶だろうが入ったコップが乗っており、それらは危なかっしくカタカタと揺れている。
「い、言ってくれれば私がやりましたのにっ!」
今度は違う意味で顔を赤く、リアナは茂本に詰め寄る。
「たまにはわしもせんとな」
「それで失敗されれば、こっちの仕事が増えるだけですっ」
仲のいい親子のようにも見受けられるその会話に、ザハードは思わず吹き出してしまった。
「な、なんじゃ?」
どこか照れたような、そんな表情で。茂本はザハードに訊く。
「いえ。生きてるんだなって思いまして」
心底の言葉を紡いで、ザハードは笑顔を見せた。
「そ、そうか」
納得いかない顔で、真逆の言葉を放つや、茂本はお盆をザハードの寝転がるテーブルの上に置く。そして、お盆の上にあったコップをその机の上に置く。
「まぁ、好きなのを飲んでくれ」
ザハードはミニアーナに支えられながら、ようやく体を起こすと、机の上から降り、床の上に腰を下ろした。
まだ体には軋む感覚が残ってはいた。だが、耐えきれない。というほどではなかった。
ごくん。一番近くにあったコップに手をやり、ザハードはお茶を口に含む。渇いた口に潤いをもたらす。
「僕はザハードです」
それはあまりに唐突だった。だが、ミニアーナは長年の付き合いで、慣れていた。
「私はミニアーナ」
会釈をするかのように、ミニアーナは小さく頭を下げる。
「ミニちゃんには言ったけど、私はリアナよ。博士の助手やってます」
可愛らしい笑顔を振りまきながら、リアナは優しい声音で告げる。
着せられている感の諌めない白衣ではあるが、それがまたリアナの持つ可愛らしさを引き立たせてもいた。
「ミニちゃんって?」
おそらく自分のことだと分かっているのだろう。でも、聞かずにいられなかった。
「ミニアーナちゃんのことだよ。言い難いからミニちゃんって。ダメかな?」
「ダメですよ!」
「えーなんでー?」
可愛らしく笑いながらリアナは訊く。
「ちっちゃい人みたいじゃないですか!」 「えー、でも。ミニちゃん、ちっちゃくて可愛いよ? ねぇ、ザハードくん」
「えっ、あっ……」
いきなりの飛び火を喰らい、戸惑うザハードにミニアーナは真摯な瞳をザハードに向けた。まるで、その答えを待っているかのように。
「う、うん。か、可愛いと思うよ」
──ここで違うって言える勇気は持ち合わせてないよ。まぁ、満更嘘でもないし……
ザハードの胸中など知る由もないミニアーナは、刹那に喜色満載の表情になる。
「ミニちゃんいいね」
屈託のない眩しい程の笑顔を見せるリアナに、茂本はわざとらしく大きな咳払いをする。
「若者トークに老いぼれはついていけんわ」
茂本は苦笑気味にそう告げてから続ける。
「わしは茂本だ。ここで、まぁ色んな研究をしとる」
「助けて頂いて、本当にありがとうございました」
──何回目になるだろうか。
ザハードはそう思いながらも、茂本の自己紹介を聞き終えてから再度言う。
「気にするなや。わしはある命令に従っただけじゃ」
「ある命令……?」
すかさず聞き返すザハードに、リアナは肩を震わせ小さく微笑む。
「やっぱり、ですね」
「あぁ」
「な、何がですか?」
茂本とリアナの二人で会話を進めるのに、ミニアーナが口を挟む。
「今から話すわい」
妖しげに小さく笑ってから、茂本は「さて──」と口を開いた。
「まずはこの名前を知ってるかな?」
茂本は立ち上がり、後ろの戸棚から二枚の写真を取り出した。
「ッ!?」
ザハードとミニアーナは、寸分違わず息を飲んだ。
そこに映るのは、ニホン中。いや、世界中どこで訊いても同じ反応をするであろう忌むべき存在の二人であった。
「やはり知っておるか」
「まぁ、あのような報道をされればねぇ……」
茂本とリアナは苦虫を噛み潰したような顔で言葉を紡ぐ。
「長く隠匿されてきた脱獄・侵入を不可能とする《方舟》に侵入し、大爆発を起こし多くの脱獄者を出し、自身は死亡。のあのニュースですよね? 三年前の事だけど、とても印象的だったのでよく覚えてます」
淡々と話すザハードに、茂本は辛そうな表情を見せる。
──何か間違ったこと言ったのかな?
そう不安になるほど、痛々しい表情である。そして、それはリアナも同じだった。
「彼の名前は、
「あぁ、確かそんな名前言ってたね。あともう1人いたような気がするけど」
こめかみに手をおき、うーん、と唸るような顔で告げる。
「その通りじゃ。んー、確かマゼンタっちゅー名前やったのぉ」
そこは曖昧らしい。茂本は、薄茶色の瞳に髪を持つ幼さの残る刻三の顔を指しながら、
「わしの知り合いじゃ。お主らはこやつらをワルモノじゃと思っているのか?」
茂本は紛うことなき思いを問う。それを身体に受けたザハードはどう答えるべきか思案した。だが、ここで嘘をついてもダメだと謎めいた思いが脳裏を過ぎった。
「……はい」
「なんでっ!?」
正直な思いが述べられた、その刹那。穏やかであったリアナが豹変する。
「えっ?」
あまりに想像の追いつかない豹変ぶりに、流石のミニアーナも声をうわずらせる。
「落ち着け。仕方がないことじゃ」
「で、でも……」
理解のできない会話を繰り広げる2人に、ザハードはそっと訊いた。
「どういう事なのですか? 僕たちは間違っているんですか?」
「そうじゃな。間違っていると言えば、間違っておるし。間違ってないと言えば間違ってない」
何とも曖昧な答えである。ザハードは表情を歪める。ミニアーナは、首をかしげじっと茂本を見つめる。
「詳しく話す。ことの始まりは、刻三が世界に忌み嫌われる能力と言わしめる《
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