二つの棺 DEAD OR ALIVE
「こっちが嫌じゃと思うほどに切れるのう」
茂本は嘲るように告げる。そしてコップを手に取り、お茶を飲もうとする。
「お、もうなかったわい」
空になったコップを覗き、苦笑する。
「で、僕たちに何をさせるつもり?」
真剣がにじみ出る声音で、ザハードは茂本を疑うように訊く。
「簡単なことだよ。きぃ坊たちを蘇らせてほしい」
言葉で表すならとても簡単な単語だ。意味だって理解できる。
だが──それを実践するのは不可能であろう。
死者を蘇らせるなどと、出来るわけがないのだ。
「魔術も使えない僕たちにそんな……」
できない、ザハードがそう言おうとするのを遮り、茂本は続ける。
「できる。それがこの世界じゃ」
ふざけた様子はない。鋭い目でザハードたちを射抜く。
「ついてこい」
そして。茂本はおもむろにコップを片手にザハードたちに背を向ける。
──お茶淹れに行くのについていくの?
ミニアーナはそう考え、怪訝気な表情を浮かべた。
「違うよ。これから行くところはもっと刺激なところ。でも、ちゃんと意味があるところ」
巫女……の能力なのだろうか。ミニアーナはそう思ったに違いない。
リアナが心の中を読んで、それに対する答えを的確にくれたのだから。
そしてそれは──ミニアーナの想像通り巫女の能力であった。だが、普通の巫女とは違う。リアナだからこそできる能力であるのだ。
自らが語った事件簿の中では抹消されていた、巫女の能力を覚醒させたあの時より。リアナは意識的にそれを使うことができるようになったのだ。
「無駄話いらんぞ。はよ行くぞ」
そんな2人を見て茂本が声をかける。
「はーい」
と、リアナは返事をしてミニアーナの手をとる。
「ミニちゃん、いこっ」
屈託のないその笑顔に、「ミニちゃんはやめて」と言いそびれたミニアーナは苦笑するしかなかった。
茂本が向かった先。それは研究室の最奥室から入口に戻るまでにある扉の一つのその先であった。
最奥室から数えると二つ目の扉。
重々しい鉄の扉が聳えており、開けるのですら苦労しそうなほどである。
「どうやって開ける?」
扉を観察したザハードはふと疑問をこぼす。
「なんというか。敵に回すと厄介な奴になること間違いないのう」
燭台に灯る僅かな炎以外は暗黒世界の廊下で、茂本は微笑を浮かべた。
あまりに的確に意図を読み取り、違和感を口にする。ザハードの見た目からは読み取れないそれに、戦きながら……。
「ドアノブも何も無いこの扉。お主ならどう開ける?」
だから試してみたくなった。茂本はいたずらっぽい声音でザハードに挑戦状を送る。暗闇故に表情はハッキリとしない。だが、間違いなくザハードは不敵に微笑んでいた。
「隠しスイッチ的なものがある。それか──魔術」
「半分正解で半分不正解といったところじゃのう」
ザハードが間違えたことが、それほど嬉しいのか。茂本は今にも溢れだしそうな笑みを抑えてそう述べた。
「どういう……」
「まぁ、見ておれ」
茂本は楽しげに、そして自慢げに扉の中央に一つある凹んだ部分に手を当てる。
すると扉に亀裂のような線が幾重にも入った。
というよりも──紋章のようだ。
線が繋がり、円ができる。そして後から生まれた更なる亀裂が鉤爪のようなものを描き出す。
「こ、これは……」
「知らんじゃろ? かつての神託研究協会のマーク《
ザハードにとってそれは聞いたこともない名だった。
「な、何なんだよ。それ」
「神託研究協会ってのは、単なる研究協会だよ。それを格好つけて神託なんて単語を付けてるだけ」
何でもない事のように──実際何でもないのだが──茂本は気だるげに言う。
そうしている間にも光の線は扉の上を駆け巡る。
そして瞬間──扉は音を立てて下へと沈み始めた。
「えっ……?」
想像だにしない開き方に、ザハードは思わず声を洩らす。
「そういうことじゃ」
その驚き顔に茂本は満足げに告げ、扉の向こうに広がる奥の見えない階段にへと足を踏み出した。
「ほんと、男の人って何歳になってもあーゆーの好きよね」
動く扉に興奮する茂本もザハードを見て、リアナがげんなりする。
「いつまでも子どもの心なんだよ」
「ザハードくんのほうはまだそれでいいかもだけど、茂本博士は……ねぇ」
子どもって言っていい年齢じゃない。リアナはそう言いたいのだろう。
「まぁーそうだけど。いいんじゃないかな、それは別に」
微笑を浮かべつつリアナにそう言い、まるでスキップをするかのように階段を降りる茂本とザハードを追う。
「ミニちゃんは優しいねー」
眉をつりあげ、どこかうんざりした様子でリアナもあとを追う。
冷涼な空気が、少しばかり階段を降りた時から流れ込んできた。
だからと言って特別寒いわけでもない。
ただ肌に触れる空気が秋の朝のようであるだけ。
「微妙な空気だよな」
だが──。地球寒冷化により寒さに慣れてしまったザハードたちにとって、それは仄かに暖かく感じた。
「これくらいの温度設定にしとかんと、な……」
茂本は何故か口を濁す。
ザハードにとって、それはとても不可解で不安を覚えるものだった。
──この先になにがあるのか、と。
階段を降りること数分。ザハードたちは新たな扉を目の前にしていた。
木片で作られたような、少し強い力で殴れば崩壊してしまいそうな。そんな古ぼけた木の扉。
茂本は気にした様子もなく、その扉を奥へと押し込んだ。
錆び付いた蝶番がキィーと軋みながら、ゆっくりと奥へと動く。
するとそこには更に階段が続いていた。
「いつまで続くんだよ」
流石のザハードも暗闇の中ずっと奥へと続く階段にうんざりしたようで、ため息を零す。
「あとちょっとじゃよ」
茂本はシンプルにそう告げ、コツコツと音を立てながら階段を降りる。
ザハードはもう1度深くため息をついてから、階段に足をかけた。
「はぁー、はぁー。嘘でしょ……まだあるの?」
それからもう少し後方。そこにはリアナとミニアーナがいた。リアナが巫女ということで、これくらいのことでは疲れはしない。
だが、ミニアーナは別であった。
大きく息を乱しながら膝に手をつく。
「もう少しよ。この先に見てほしいものがあるの」
どうやらリアナはこの先に何があるかを知っているようだ。
ミニアーナは深呼吸をしてから、背筋を伸ばし「よしっ!」と気合いの一言を放つ。
コツコツコツ。木の扉に出会うまでは鳴らなかった音が階段を降りる度に轟く。
「何で急にコツコツ……」
「木の扉までは石でできた階段じゃったのだが、ここからは大理石で出来ておる」
コツコツ、と規則正しい音を響かせながら茂本が答える。
──なんでボロい木の扉の後ろのが階段の材料がいいんだよ
ザハードは疑問に思いながらも降り続ける。
直後──といっても3分ほど歩いた後なのだが──目的の場所にたどり着いた。
そこには鉄格子があり、それを解除するために茂本が顔認証を行う。
それが成功すれば、鉄格子が開き、次にダイナマイトを爆発させた所でヒビひとつ入らないという
茂本は難なくそれを解除する。
「ここじゃ」
重苦しい扉が、プシューという音と共に開く。
何があるのか。そう期待するザハードの目に飛び込んできたものは、二つの棺のような箱であった。
「やっとついたぁー……って、なにそれ?」
ようやく追いついてきたミニアーナが扉の向こうから現れた二つの箱に目をやり言葉を放つ。
「これから見せるものに決して慌てるな。いいな?」
やはり茂本の顔にふざけた様子はない。真剣一色だ。
それほどまでに重大な案件なのだろう。
「わかった」
「うん」
ザハードとミニアーナが順に頷く。
それを確認してから茂本は、不敵に口角を釣り上げ、2人に白衣を投げ渡した。
「これ着るんじゃ」
カッコいいか、ダサいか。そう問われればダサいと言うしかないそれを渡され戸惑う2人にリアナが口を開く。
「ここはね、いわゆる《聖域》なの。だからホコリやチリの侵入はいけないことなの。神を冒涜するってね」
その内容をあまり信じてはいないということは口ぶりでわかった。ただ、儀式的にそれはしなければならない事だということも伝わった。
ザハードとミニアーナは渡された白衣を纏い、丸いビニル袋で頭を覆い髪の毛が落ちないようにする。そして最後に靴に袋を被せる。
ここまでしてからようやく扉の奥へと足を踏み入れられる。
足を踏み入れた途端。空気が変わった。まるで別世界。
あるはずもない空気の匂いを感じるような気がし、透き通っているように思える。
空気に溶け込む色は何色か。
その世界に足を踏み入れた者ならこう答えるだろう。
──虹色、だと。
そんな幻あるわけが無い。そう言いたいだろう。だが、それは真であった。
足を踏み入れた今だからこそ、ザハードは信じられた。
リアナの言った《聖域》ということを。
「驚くのはまだこれからじゃ」
ザハードとミニアーナの様子を伺いながら、茂本は呟く。
「これ以上に驚くことがあるの?」
ミニアーナは言った茂本ではなく、リアナに視線をやり訊く。
「まぁーね」
試すような口ぶりでリアナは言い、茂本に視線をやる。
茂本はこくん、と首肯し深く息を吸い込んだ。
「この二つの棺の中に入っているのは、完全凍結された堀野刻三と堀野千佳だ」
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