ザハードの復活 second coming
「ほら、早く寝かせい」
茂本は異臭漂う研究室の中で、ミニアーナに告げる。
ミニアーナは自分の体重よりも重いザハードの体をゆっくりと、背から下ろす。
キューブ型の家の最奥室の中央にあるテーブルの上。試験管やビーカーを隣の棚へと移し、何もなくなったそこに寝転がったザハードの息は、もう虫の息であった。
「ねぇ、ザハードはッ! ザハードは助かるのッ!?」
ミニアーナは喘ぐように茂本に訊く。茂本は、刹那に顔を険しくし、
「うるさいッ! 黙っておれッ!」
と怒りを露わにした。聞いたこともない咆哮に、ミニアーナは体が硬直した。
怖い。そう感じたのだろう。
「ホンニャ シモノヘ ミニニオネ……ダメじゃ」
何が? と聞きたい気持ちをグッと抑え瞳で訴えかける。
しかしそれに気づいた様子もなく、茂本はザハードの纏う服に手をかけた。
少し状態を持ち上げ、衣服を剥ぐ。
「キャッ」
綺麗に割れた腹筋が目に入り、ミニアーナは思わず声を上げてしまった。
年齢差はミニアーナのが一つ上。しかし、ミニアーナが物心ついた時に隣にいたのはずっとザハードだったために、学校というものを知らず男性の裸など、見たことが無かったのだ。
「恥ずかしいなら向こう行っとけ」
ため息混じりに茂本はそう呟くと、上半身を露わにしたザハードに向き直った。
薄黄色の髪は力なく萎れており、色も抜けているように思える。さらに、ザハードの両腕は、曲がってはいけない方向に曲がっており、見ていて気分が悪くなる程であった。
その時──。
「もう。急に呼び出すとか酷いですよ!」
最奥室に入るためのドアが開き、そんな声が飛んだ。ソプラノボイスの可愛らしい声だ。
その声が男性と思えるはずが無く、ミニアーナは驚きを隠せず目を大きく見開いていた。
青色の髪をした小柄の女の子が、薄花桜色の瞳を茂本へと向けている。羽織っている白衣は、体にあった大きさではないのだろう。
着せられている感が諌めない。
「あ、あの……」
恐る恐る口を開くミニアーナに、女の子は顔を向ける。
「なにかな?」
「あなたは……一体……」
「私? 私は茂本博士の助手ってとこかな」
うふふ、と不遜に笑ってからザハードに近づくと両手をザハードの体の上に翳した。
「神に仕えし我が身を捧げて、願い奉る。後光に与りし天命を以て、最高の嶺を与え給え。"リバースブレーン"!」
刹那。翳した手から閃光が迸り、ザハードの体を侵食していく。
「ざ、ザハードッ!?」
その姿に恐怖を覚えたミニアーナは、再度喘ぐように声を上げた。
吐息をこぼし、今にも泣き出しそうな雰囲気すらある。
「黙っておれ。もうすぐ全ては終わる」
茂本はその光景を、じっと見つめながら呟いた。
──全てが終わる……? それってザハードが死ぬってこと!?
脳内に実現して欲しくない虚構が過ぎる。
願えば願うほど、思いは濃くなり虚構は強くなる。
ミニアーナが悲しみにフケていたその時だ。
ザハードの体を侵食していた閃光が、嘘であるかのように輝きを止め、輝を失った。
「ザハードっ!?」
ミニアーナは大量の空気とともに吐き出し、覚束無い足取りでザハードの所へと寄る。
閃光が消えたザハードの体に異常な所は見られなかった。腕もちゃんとした方向を向いていて、違和感を感じることもない。
「大丈夫だ。あと少ししたら目も覚めるじゃろ」
茂本は気だるげにそう告げるや、白髪の頭をポリポリと掻きながら部屋を出た。
「えっ!? 私はどうすれば……?」
取り残された青髪の女の子が戸惑いの声を上げる。しかし、閉まってしまった扉の先に、その声が届くことはなく虚しく部屋に響くのみだった。
「あの……あなたは?」
しばらくの静寂のあと。ミニアーナはポツリと零した。無人に感じさせるその部屋に、その声はよく響く。
「私はリアナ。理由あって茂本博士の助手をしてるの」
「リアナ……さん」
「リアナでいいよ」
ザハードは既に助かっているかのように、笑顔で答えるリアナに、ミニアーナは不信感を抱きながらも言葉を紡いだ。
「ぅっ……」
その時――。うめき声のようなものが眠りについているはずのザハードから洩れた。
「っ!?」
ミニアーナはリアナの存在など忘れたかのように、取り乱しザハードのほうへと駆けた。
喘ぐように、何度も何度もザハードの名を叫ぶミニアーナの瞳は、ぐっしょりと濡れていて、今にも精神が崩壊してしまいそうにも見える。
「落ち着いて下さい!! ザハードさんはちゃんと生きてます!!」
リアナがその動転っぷりを抑えようとするも、ミニアーナは聞こえてないのか、やめるどころかますます壊れていく。
「……。ミ……ニア……ーナ?」
長いまつげをぴくぴくと動かしながら、持ち上げた先に若草色の瞳が姿を見せた。
まだ
揺れ動く心。不安のよぎる脳裏。震える手。
ザハードのことを考えれば考えるほど、体に異常をもたらす。
「ザハードッ!!」
瞳を閉じ、ぎゅっと瞼を閉ざし、ミニアーナは精一杯の思いで名を呼んだ。
「……おきてるよ」
静かにしておかないと聞き逃してしまいそうな、弱弱しい声をザハードはこぼした。ミニアーナの表情に安堵が宿る。それは傍で見ているリアナにも一目瞭然だった。やさしく暖かい涙が、ポツリ、ポツリと切れの長い目じりからあふれては零れだしている。
「よかった」
涙色が濃く滲む声音で、ミニアーナは寝転んだままのザハードに抱きついた。
「ちょっ……、おまっ……」
驚きを隠せないようで、ザハードは顔を赤くし、ミニアーナに抱き疲れている事実を恥ずかしいと受け止めているようだ。
「ほんとっ……。心配したんだから……」
露わになっているザハードの裸の上半身。その腹筋の上で顔をうずめ、涙をこぼす。ザハードはそのぬくもりを文字通り肌で感じながらポツリとこぼす。
「心配かけてごめん。でも、ミニアーナが無事でよかったよ……」
不恰好な弱さが見え隠れする笑顔を見せられたミニアーナは、またさまざまな感情がよみがえってきた。
――ダメなのに……。この気持ちはずっとずっと……抑えるって決めたのに……。
まだ二人が幼かった頃、約束したあの言葉。好きも嫌いもいってられないあの状況での約束。
それが枷となっている、ミニアーナのザハードに対する想い。
「うん……」
ミニアーナは小さく頷くと、ザハードの体から離れ、右手の甲で零れだしてきている涙をそっと拭うと、ありったけの笑顔を浮かべた。
「私、茂本博士呼んできますね」
リアナはその光景をきっちり見届けてから、そう告げ扉へと向かう。キィーと、
「ミニアーナ」
「何?」
ザハードはまだ体が痛いのだろう。表情を歪めながら辺りを見渡して訊く。
「ここ……どこ?」
「ここは私たちが目指してた、白いキューブ型の家の中よ」
「逃げ切れたのか……」
「ううん違うよ」
ミニアーナがそう答えるや否や、また蝶番が悲鳴を上げ扉を開かせた。
「もう目が覚めたのか!?」
驚きを隠せないのだろう。茂本は目を見開き、先ほどとは違う服装で現れた。
派手な赤い服に、背には黄色の文字で『祭』と書かれている。どういった服のセンスなんだ、とツッコミたくなるもぐっと堪え、ミニアーナは大事な一言を述べる。
「ザハードが……。ザハードが目を覚ましたんですッ!!」
収まってた涙が、自分の言葉で溢れ出す。
「リアナから聞いたわい。ちょっと離れておれ」
冷静さが見えない茂本は、ミニアーナをザハードから遠ざけ代わりに自分が近づく。
「えっと……。ここが……こうで。ここも……っと。有りえん。こんなに早く完治するやつがおってたまるか」
そう嘆きながらザハードの体から視線をはずすと、ミニアーナに向き直り茂本は消え入りそうな声で告げた。
「もう治っておる」
と。
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