助け人は酔っ払い pinch
「ひっく……。ひっく……」
遠くからでも聞こえるしゃっくりの音。そしてその合間に聞こえるのは──
「あーー」
という、意味もない声だけ……。
その姿を見なくてもザハードには、それがどんな人かわかった。
「最悪だ……」
思わず口をついてしまう程だ。
「はぁ……。ミニアーナ……。逃げろ」
腕に走る痛みを堪えながらどうにか口にする。草陰で月光が届いてないことが、今のザハードには幸いだ。涙でまみれたぐちゃぐちゃの顔をミニアーナに見られなくて済むからだ。
「いやよ」
だがミニアーナはそれをすぐさま切り捨てた。
痛みと自分の思いを殺しての言葉を、ここまで簡単に切り捨てられるとは思ってなかったのだろう。ザハードは目を見開いた。
「……な、なんで?」
「いやだから。私、なんでこんな世界を背負うようなことしたと思う?」
唐突に投げかけられた質問に、ザハードは戸惑いを隠せず「さ、さぁ」と答える。
「でしょうね。だって隠してたもん」
「な、なにを……?」
徐々に痛みが増してくる。ザハードは頭の中がぐちゃぐちゃになり、今なにを考えていたかすら分からないほどになっていた。
「私たち小さい時から知ってるじゃん? いわゆる幼なじみだよね」
しかしミニアーナはツラツラと思い出の想いを紡ぎ始める。
「──だから要するに……。私、ザハードの事が……」
バタン。その瞬間、ザハードの手が大地に落ちた。もう限界だったのだ。痛みが限界突破し、意識を保つことを許してくれなかった。
「嘘……でしょ……? ね、ねぇ。ざ、ザハードッ!!」
一気に溢れ出す涙が頬を伝い、草に落ちる。ポツリと零れ、草露のようになる。
ミニアーナは、先ほどまで敵にバレないように抑えて話していたことすら忘れて、絶叫を上げる。瞬間、辺りを窺っていた異形の生き物が鼻息を荒くし、ザハードたちの元へと駆け寄ってきた。
──ヤバイっ!
身動きの取れないザハードは、その足音と鼻息でそう感じ、強く目を閉じた。ミニアーナも、同じように感じたのだろう。倒れ込んだザハードに覆いかぶさった。
大地を踏む音が強くなる。
──来るッ!
誰もがそう思った瞬間。
「よく耐えた。後は任せろ……ひっく」
渋く低い声が轟いた。それは安心感を覚えるもので、ザハードとミニアーナの怯える心を癒してくれた。
まだピンチが去ってもないのに、もう去ったかのように……。
「ティリップ、シアニーズ。アップゴー」
聞いたこともない言葉を紡ぎ始める酔っ払った男性。
だがそれを突っ込む程にザハードとミニアーナに余裕はない。
そしてそれを聞いた瞬間、異形の生き物はまるでシマウマがライオンに会ったかのように、怯えた様子で逃げ去った。
「な、何が……」
痛みで顔を歪めるザハードに代わり、ミニアーナがポツリと零す。
「そんなこまけぇーことはいいんじゃ。とりあえず、その坊主をわしの家に連れてこい。話はそれからじゃ」
白髪に白衣姿のお爺さんは、「あー、飲みたりんわ」と呟きながら、腰をトントンと叩きながら二人を置いて歩き始める。
突然のことで頭が追いつかないミニアーナは、未だにザハードに覆いかぶさったままボケーっとしていた。
「何をしておるのじゃ。はよーせんと、そやつ死ぬぞ?」
刹那。ミニアーナの全身に戦慄が走る。
──嘘でしょ……。ザハードが死ぬなんて……
「嘘でしょッ!?」
切羽詰まった様子でミニアーナは叫ぶ。
「嘘など言っておらん 」
「ザハードは……。ザハードは死なないよねッ!?」
ミニアーナが目尻から涙をポロポロと零しながら、涙声で訊く。
白衣姿のお爺さんは、めんどくさいそうに白髪をボリボリと掻きながら、
「まだ死なんよ。このままじゃと死ぬと言ったんじゃ。だから、早くわしの家へ連れてこい」
と告げた。
ミニアーナは二つ返事で頷くと、悶絶の表情を浮かべるザハードの腕を取ろうとする。
「えっ……」
瞬間、脊髄反射で声が洩れた。
「骨が……ない……」
無いはずはない。なぜなら人には骨があるからだ。なのに、ミニアーナはザハードの腕を取りそう呟いた。
だがそう呟くのは仕方の無い事だった。先ほどの防御で、ザハードの腕の骨は見事なまでに粉砕していたのだ。
「まぁ、あやつの攻撃をまともに受けたんだ。それ位ですんで良かったじゃろうな」
お爺さんは、背中越しにそう残し、ザハードとミニアーナが当初目指していたキューブ型の家目指して歩き始めた。
ミニアーナは置いていかれないように、ザハードの頼りない腕を自分の肩に掛け、しっかりおんぶし、お爺さんのあとを追った。
「あの……、あなたは……?」
「わしか?
「茂本って……、ニホン人なのですか?」
ニホンから遥々旅し、国境を越えたオークロでニホン人に会ったことがかなり驚きだったのだろう。
声を裏返し、ミニアーナが訊く。
「そうじゃが?」
何か問題が? と言うように背中越しに返す茂本。
「な、何でこんな所に?」
「ここにわしの研究所があるからじゃ」
何でもない事のようにスラスラと答える茂本に、ミニアーナは嘘を言っているようには見えなかった。
それに実際、茂本は嘘をついてはいなかった。
「まぁここからは、そやつの怪我を治して、話せるようになってからじゃな」
いつの間にかキューブ型の家──茂本の研究所の前までたどり着いていた。
茂本は月光に照らし出される、白璧に埋め込まれた白い扉をゆっくりと開けた。
軋む音がやけに耳につく。ミニアーナは、不気味に感じながらも茂本の「さぁ、早く」という言葉に従い部屋の中へと入った。
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