オークロでの夜襲 night
瓦礫に塗れた道なき道を歩むザハードとミニアーナは、誰かに襲われるなどといったハプニングがあるわけも無く、オークロに辿り着いた。
だがニホンの端から向かってきていたので、陽は大きく傾いていた。
「今日はもう、動かない方がいいかな?」
ザハードはあちらこちらに伺える人の集団に目をやりながら、ポツリと零す。
粉雪の舞う寒空の下で服すらまともに纏わずに、外にいるのはかなり辛いことだろう。
ザハードは薄黄色の髪をガシガシと掻きながら、表情を歪める。
「もう、そんな顔しない!」
ミニアーナは努めて明るく振る舞う。だがそれも無理やり作ったものだ、ということはすぐに理解できる。
それほどまでに、この世界の現状は劣悪なのだ。
「わかってる」
奥歯を強く噛み締めながら、ザハードは答えるとねぐらになりそうな所を探し始めた。
三年前とは違い、宿屋なんてものは存在しない。
大都会に行けば話は別だろう。だが、国の8割がスラム化したオークロでは、そんなものがあるはずが無い。
「やっぱり許せないね、この世界を作り上げた人たち」
怒気を含む声音で、ミニアーナは告げる。
この世界は作り上げられたのだ。
AAによって、作り替えられたのだ。
それに気づいている者はほとんどいない。気づいている者がいたとしても、AAはそれを放ってはおかない。
「早くしないとね」
そんな思考を巡らせながら、ザハードはある一箇所を指さした。
大きく広々とした空間がある訳でもない。ただ、朱色の西陽を強く受けたキューブ型の家を発見したのだ。
「あれとかどう?」
そう言うザハードに、ミニアーナは怪訝げそうに答える。
「絶対人住んでるでしょ?」
ザハードは口角を釣り上げ、不敵に笑うやかぶりを振った。
「うそっ? ほんとに?」
「僕がこの手のことを間違えないのは知ってるでしょ?」
得意げに告げるザハードに、ミニアーナは大きく息をこぼす。
「そうね。ザハードは人に愛されてるもんね」
「そう言う言い方はやめて欲しいなー」
嘲るように告げたミニアーナにザハードは、心底嫌そうな顔をする。
《人に愛されてる》なんてことは、今では全く欲しくない言葉だ。
今いる人なんてAAに洗脳された人と言っても過言ではない。そんな人に愛されたくはない。
それが今のザハードの気持ちだった。
「そんな事言っちゃって。そのおかげで助かってることたくさんあるんだよ?」
言いくるめようとしているのが丸わかりの表情でザハードに詰め寄るミニアーナ。
対してザハードはため息で答えた。
キューブ型の家を向かって歩けば歩くほどに獣道になっていく。
オークロに着いた時点では、まだ辛うじて道と呼べるものがあった。
──といっても亀裂が入りまくって、道と呼べるかどうか
だが歩くに連れて、その道さえも見えなくなり、ただ腰のあたりまでは荒れ伸びた草があるだけであった。
地球寒冷化の恩恵というべきか、虫がいなかったことだけはミニアーナにとって幸運だっただろう。
「ねぇ、まだ?」
西の空にあった太陽は欠片も見えなくなり、代わりに頭上には上弦の月が姿を見せていた。
「そうだね。自分でも驚いてる」
白い息を吐きながらザハードは答える。
2人の呼吸音と、草を踏みつける音だけが響く。
そんな時だった。
不意に、少し先で草がざわついたのだ。微弱な風すらもない。そんな時に草がざわつくなど、原因は1つしかない。
──誰かいるのだッ!
刹那にザハードの目つきが変わる。
優しさの篭る若草色の瞳が、鋭く細められる。何か狩るかのような、そんな雰囲気が漂い始める。
ミニアーナもその変化には気づいたようで、一切の口をきかなくなる。
辺りは静寂が包み込む。月が明るく草たちを照らしだし、それがまた美しく趣がある。
「そこだ!」
普段のザハードからは想像のつかない鋭い声が飛ぶ。
途端、ザハードの視線の先から黒い何かが蠢いた。
ミニアーナは瞳を閉じ、意識を集中させる。
「お願い!」
そして声を上げる。
瞬間、ただそこに生えていただけの草が縦横無尽に動き始めた。
それはまるであらゆる草が意思を持ったかのように……。
光もなく草がうろつき、動いた何かを捕らえた。
だが──
「ミニアーナ、離せッ!」
と、ザハードの叫びに似た咆哮が轟く。
「えっ……」
咄嗟のことで反応出来なかったミニアーナは、頓狂な声を上げる。瞬間、草に捕らえられた何かが月光に反射され、姿を露わにした。
それは人に似た形をしているが、人ではない。
漆黒の肌を持ち、裂けた口からは真っ白な息を吐き出している。
まさしく異形の生き物だ。
「だから草ほどけッ!」
目を向きザハードが喚く。
「う……、うん」
ザハードに言われた通り草を解こうとした刹那──、異形の生き物の指のようなものの先から爪が伸びた。
金属特有の光沢が見受けられる。
そしてその爪が解こうとした草を切り裂く。
それにより草から開放された異形の生き物が裂けた口を器用に動かし、不敵に笑って見せる。
「何よ、こいつ!」
ミニアーナは眉間にシワを寄せ、困惑顔で叫ぶ。
「分からない。けど……人間じゃないってのは確かだよ」
自由に行動できるようになった異形の生き物から距離を取りながら、ザハードが答える。直後、暗闇に紛れた異形の生き物が草をざわつかせ、ザハードとの距離を縮めてきた。
「クッ……」
ザハードの噛み締めた歯の隙間から音が洩れる。その間に近寄った異形の生き物は、ザハードの体めがけ回し蹴りをする。
間髪でそれを視認できたザハードは、両腕をクロスさせ、それを防御しようとする。しかし、それは人の腕で防ぎきれるものでは無かった。
バキッ、という不穏な音ともに腕に軋みが走るのをザハードは宙を飛びながら感じた。
──痛すぎる……。な、何なんだ。この痛みは……。声を出すことすら……出来ない……。
ザハードは、どれほど長く宙に浮いているのだろうか、と思うほど思いを巡らせていた。
恐らくあの一撃で腕の骨が折れたのだろう。
「ザハード!!」
張り裂ける思いを全て名前に載せて叫ぶ。だが、返ってくるのは悶絶の音だけである。
ミニアーナはこぼれだそうとする涙をグッと堪え、天へと手を伸ばす。
「お願いッ!!」
瞬間──。空より降り注ぐ月光が閃光にも劣らない光を放った。それはほんの一瞬であった。だが、異形の生き物を眩ませるには充分だった。
異形の生き物はあまりに強烈な光により眩んだ目を、腕で擦るようにしている。
その隙にミニアーナは、痛みと格闘しているザハードを引きずり草陰に隠れた。
──勝てない……。いまの私たちじゃ絶対に勝てないよ……。
どれほど脳内シュミレーションをしても、自分たちが勝つ様子が浮かばないミニアーナ。それが恐怖となり、無意識的に手が震えている。
腕の中にいるザハードの口から零れる生暖かい息は、徐々に弱々しくなっているように感じられる。
誰がどう見てもこれはピンチだろう。
そんな時だ。
ザハードたちがやって来た方から、口笛を吹きながら誰かがやって来た。暗闇に阻まれ姿を見ることは出来ない。だが、これは間違いなく人である。
「この人にかけるほか無いわね……」
額に浮かぶ冷や汗を拭いながら、ミニアーナは祈った。
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