新たな天賦者 dracula
──走る……。走る……。
千佳の頭の中にあるのは、ただそれだけだった。
先に進まなければ……。マゼンタの気を失った様。ファスタの踏ん張っている様。
ひたすら走っていた。すると、突然天上より眩しい陽光が注がれた。
どうやら75階に辿り着いたようだ。眩いほどの太陽は、手を伸ばせば触れられそうなほどに近く感じる。
従って、想像を軽く超える暑さが襲う。いるだけで滝の汗が流れる。そんな場所だ。
張り付く服に嫌気がさしながらも、千佳はしっかりしない砂を踏み締め、一歩一歩と歩みを取る。
砂に塗れたこの場所に、ポツリ、ポツリと並ぶ焼け落ちた炭のような色をした鉄柵で囲まれた檻がある。
そのどれかにファスタの仲間である天賦者がいるのだ。
特徴も聞いてなければ、どの檻にいるかも聞いていない。
分かるはずがないだろう。でも、ファスタは言った。
「すぐに分かる」と。
暫く動き回っていると、千佳は一つの檻に目が止まった。
一見するとほかの檻と何ら変わりはない。
だかよく見ると、中にいる人物は男で体には何重に鎖が巻かれていた。
上半身は裸で、筋骨隆々の体が露になっている。
不自然な程に地面から生えている鎖は、腕を脚を首を抑えつけていて、それから壁から生えた鎖が体に巻きついている。
何度も抵抗したのだろう。
その人の体には至るところに痣と内出血の跡が見受けられた。
「あの……」
確かではないが、この人だろうという意識から千佳はその人に声をかけた。
ギロり。という音があればこの場面にピッタリであろう。
大きな瞳が直線で千佳を睨みつける。それだけで、失禁してしまいそうな怖さだ。
「なんだ?」
地に響く悪魔の様な声が千佳に返される。それで確信した。
──この人こそ、私が探し求めていた人なんだ
「お願いします、来てください」
「……?」
流石に唐突すぎただろうか。
千佳はあっ、とした表情をつくり手をぷるぷると振りながら話す。
「下でファスタさんが戦っているんです。だから、手をかしてください」
誠実に切実にお願いする。
「ファスタ……だと?」
禁忌に触れるかのような怯えた表情で聞き返す囚人に、千佳はこくんと頷く。
刹那、囚人の表情が変わる。
「もはや、こんな早くとは思わなかったわ」
獰猛な笑顔を浮かべる囚人は、短い気合を叫ぶ。
すると今まで体を縛り付けていた鎖が、音を立てて千切れ始めた。
まるで紙のように容易く切れる鎖。
そして、体に巻かれた鎖が全てなくなるや否や囚人は立ち上がる。
体についた傷には痛みも感じないようで、普通に柵に向かって歩き出す。
座っている間はよく分からなかったが、下半身にはトーガのような物を巻いている。髪は青と白とが入り交じったいて、白い方が微かに発光している。
柵まで歩み寄った男は、無表情で柵を掴む。同時に、柵が真っ赤に変色する。そして、ジューっと肉を焼く音が、男の手の中から聞こえる。
「あ、あの……だ、大丈夫……ですか?」
心配になり声をかける千佳に、男は無言で頷き返すや柵を針金のようにへし曲げた。
「ノープロブレム」
男は無表情のままそう告げると、生気の灯っていなかった瞳に、生命を与える。
赤黒い色が落とされたのだ。
瞬間、男の手に出来た火傷の痕が消え、変わりに毛むくじゃら腕と猛禽が生える。
そして背からは漆黒の翼が産まれる。
その姿は見たことはないが、魔界にいる鳥はこういったものだろうと思わせた。
最後に、口が裂け二本の犬歯がグイッと伸び出し牙となる。
ドラキュラ……とでも言うべきだろうか。
「我の名は、
──やっぱりドラキュラなんだ。
千佳はそう思いながら、人差し指で下を指す。すると、こくん、と頷き漆黒の翼をはためかせた。
激しく舞い上がる砂が目に入らないように、腕で顔を隠す千佳は、僅かにできた隙間からその様子を伺った。
砂嵐。そう呼ぶにはあまりに規模が小さすぎる。しかし、その激しさは砂嵐と呼ぶには激しすぎる。
どうにかその場に立っていた千佳の体が、不意に外部から与えられた力によって動かされる。
「すまない」
声は鐃久良のものだった。毛むくじゃらの腕が目に入り、熊に抱き寄せられた気分になる千佳を他所に、鐃久良は勢いを付けて右回転を始める。羽根も使わない、ただの右回転だ。
──何がしたいんだろう
そう思った刹那、鐃久良は勢いよく砂を吹き飛ばし露わになった床を蹴ると宙に浮かび上がる。しかし、そこでも羽根を使うことは無い。ゆえに、重力に従い床に引き寄せられる。
床までの距離、およそ50センチ。咄嗟に危ないと判断し、千佳は目一杯に瞼を閉じる。瞬間、ドンッ! と打ち上げ花火顔負けの音が轟いた。そして同時に、妙な浮遊感を覚える。
千佳は恐る恐る瞼を持ち上げると、そこは瓦礫が雨のように下に落ちる世界が広がっていた。
訳が分からず下をむこうとした瞬間、
「目を閉じるのだ」
鐃久良の真剣と読み取れる声が聞こえた。千佳は、声に従い目を閉じる。同時に、またドンッ! と聞こえバラバラという音が続いた。
──まさか……
千佳はようやく何が起こっているかの推測が出来た。
恐らく人間ドリル……もとい悪魔ドリルだろう。
***
耳をつんざくようなその音を聞くこと25回。
遂に音がやんだ。
「もう大丈夫だ」
鐃久良がそう告げるのを聞き終えてから、千佳は目を開けた。
広がるのは有り得ない数のクレーターだ。
どのような戦闘がこうさせるのかは、分からない。しかし、想像を絶する戦闘だったことは容易に推測できる。
「これは不味いですな」
不意にとなりから重苦しい言葉が聞こえる。
慌てて隣を見ると、そこには先程までの無表情の鐃久良はおらず、険しい表情を浮かべる天賦者がいた。
なにが? と聞こうとした瞬間──
「ニゲロ……」
右手を失い、腹部には大穴が穿たれた、生きているのが不思議なほどの姿のファスタが吐息混じりの声で告げた。
しかし、ファスタの酷い姿に即座に言葉を理解することが出来なかった。
それは鐃久良も同じだったようで、千佳と鐃久良2人ともその場に固まっていた。
瞬間──瞬く閃光が世界に広がり、あらゆる色を真っ白の閃光に変え、音を奪った。
何が起こった?
そんなのことどうだっていい、残虐な閃光は傍から見れば一秒もない一瞬というのも憚らるようなものだった。
しかし、それを目の前で受けたファスタを始め、千佳、鐃久良には永遠だった。
閃光の中心に赤い何かが迸る。そしてまたそれを中心とし、炎熱が押し上げてくる。
次の瞬間──。
光が爆発する。それに遅れから音が付随する。
特務律の専用方舟という名の塔は、一瞬にして見る影も無く存在を消した。
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