第2部 第1章 荒廃した世界
3年後の世界 three years
世界史に大きく刻まれたかの事件"方舟崩壊事件"より3年の月日が流れた。
その首謀者として世間に流されたのは、3名。
堀野刻三。堀野千佳。それからマゼンタ。
真の首謀者たる天賦者であり、AAの一員であるファスタの存在は完全に消されていた。
だか、そんなことよりも世界を震撼させたことがあった。
それは、方舟の存在とアーカイブと称する能力が存在することであった。
方舟は存在こそ知られてはいたが、その場所や形状はカケラも知られていなかった。故に、方舟が塔でありそれがニホン、オークロ、シバラと連なる大陸と旧ユーラシア大陸を支配下におく中魏をかこむ太平洋の真ん中に浮かぶ浮島に存在していたことがあきらかになった。
そしてこれらはネットニュースやテレビニュース、新聞で大いに取り上げられた。
刻三と千佳、それからマゼンタは死んだ、と全世界へと知らされた。
その事実を画面越しに知ったツキノメとクララは自暴自棄となり、すぐにファスタにより伝えられていたAAのニホン支部へと向かった。
だが、刻三と共に行動していたのが千佳だけでないということはAAも理解しており、このニュースが流れた時点で予測できるものであった。
故に、AAは戦闘員をかき集めていたのだ。
防御網がきっちり張られた場所へと飛び込んだ2人の結果は目に見えていた。
──即刻の逮捕だ。
2人は厳重な管理が施されている"海底監獄"と呼ばれる監獄へと叩き込まれた。
一方で、刻三と手を組んだリバールのシャグノマ家。
大富豪であるがために、その細かな情報を得るのは容易であった。
そして全てを知ったシャグノマ家は、メイドの1人でシャグノマ家にいる者の中で一番刻三と時間を共にしたと思われるリアナに、シャグノマ家の長であり、ツキノメの父でもあるシャグノマ・ココは、ある命令を飛ばした。
***
地球寒冷化は留まることを知らず、季節は冬一色になっていた。
今日は8月2日。3年前では日中ならば夏と言える程であったが、今ではそうも言えない。
朝の気温は-2度で、日中の最高気温ですら3度なのだ。
常に雪が降ってもおかしくないだろう。
ここニホンの東区域は当時は山脈地帯であったのだが、この3年で住宅地区にへと開拓された。
それはやはりニホンの人口が増えたことと機械等の発達が進んだからだろう。
その一角で、1人の少年がいた。
月のような薄黄色の髪をそよ風に靡かせながら歩いている。
それほど高いとは言えないが、それでも170センチほどはあるであろう身長の少年は、俯きながら強風が吹けば崩れてしまいそうなボロボロな物置小屋のような所から出てきた。
少年は不意に強くなった陽光に目を細める。
「眩しいな」
ポツリとこぼしたその声は、柔らかく優しさが滲み出たような感じである。
僅かに覗いた瞳は、若緑色なのだがどこか
「うわぁ、ホントだ」
すると、快活な声音が少年の背後から飛んできた。甲高いそれは、間違いなく若い女の子のものだろう。
「朝からうるさいよ」
俯き気味のまま、少年は少女に告げる。
「えーッ!? いまからもっと凄いことやりにいくのに、そのテンションの低さにビックリだよ!」
それはもう太陽の如く眩い光りを放つ金色の髪の少女は、ケラケラと笑いながら言う。
「逆にその高さだと、後々しんどいよ」
少女は、体の割に幅の広い肩を軽くあげる。
「気にしなーい、気にしなーい」
青緑色の双眸を細ませ、笑顔を見せると、少女は少年の肩を叩く。
「さぁ、行こっ。この世界を終わらせに……」
少女は、視線を海洋の方へと向ける。
黒ずんだ霧が立ち込める、お世辞にも綺麗とは言えない海。その所々に大破した船の残骸だろうか、木々の端くれが見受けられる。
「そうだな。ミニアーナ」
少年は少女をそう呼び、ミニアーナとは逆方向。ニホンの中央区域のほうへ視線を向けた。
三年前、刻三が体験した夜の後のような崩壊した街がある。
「やっぱりこんな終わった世界に希望はないよな……」
少年は嘆息気味に呟く。
刻三という──いや、刻のアーカイブの脅威が消えたAAが幅を利かせるこの世界は、平和という文字は無かった。
官僚ですら、まともに食せない時代背景となり、優雅に暮らすのはAAの幹部のみという異常な時代であった。
「ザハード……。あの人が言ってたじゃない。私たちが希望だって」
ミニアーナは、少年──ザハードにそう呼びかける。
「そうだな」
力ない返事がポツリと零れだし、それは厚い雲が覆う空虚な空へと吸い込まれていった。
***
"世界統一宣誓"を施行してはや2年が過ぎた。
AAは、世界のことすら顧みずに自らが望む世界を手に入れた。
『自らが自由に優雅に暮らすことのできる世界』だ。
ただの新聞社であった組織が何故にそんな考えに至ったのか、それは分からない。
ただ、現在のAAの会長の席にいるのがリリビアル・ドガンというAAの創始者であり、欲深い男の孫であるリビアル・ネネであることは、少なからず関係しているだろう。
そんな荒廃した世界をザハードとミニアーナは歩いていた。
かつては道路として機能していた場所も、亀裂が入り、タイヤで通ったものならパンクは免れないだろう。
経済国家とまで謳われた要因の一つであったニホン中央区域は、見るも無残であった。
薄い氷の膜で覆われたかつての摩天楼は、偉大や凄みは全くなく、至るところに亀裂が入りみすぼらしいという感想を抱かせる。
「ここも終わったわね」
ミニアーナはそれらを一瞥し、小さく零す。
「遂にニホンまでスラム化したってことだろうね」
霜の降りた荒廃した道の端に身を寄せる集団が目に入る。
纏う服もまともなものでは無いということは、遠目でもすぐにわかったザハードは一瞬で目をそらす。
「でも、これが現状なのよね」
ミニアーナの声音には、悲しみや絶望といった負の感情が読み取れる。
「全世界共通してこうなっていってるんだよな」
「そうみたいね。あの人の話では、あとリバールだけみたいよ。スラム化してない国は」
いちおうの服を纏っている2人を見つめる視線から逃れるように、ザハードとミニアーナは早足で歩きながら話す。
といっても毛布状のセーターなどではない。ペラッペラの薄い長袖のTシャツと麻性の長ズボンである。
冬にする格好ではない。
更に付け足すとするならば、この服も2人の私物ではないのだが、それはまた別の機会だ。
「本当に僕だちにできるのかな?」
西区域に足を踏み入れた辺りで、ザハードが弱音をこぼす。
「分からないわよ、そんなこと。あの事件から有名になった能力……アーカイブだっけ? そんなもの、私たちは持ち合わせてないんだし」
「そう……だよね」
徐々にザハードの足取りが重たくなり、遅くなる。
「でも、私たちはあの人に見初められたんだよ? 出来るに決まってるわ」
作り笑顔だとすぐに分かる、ぎこちない笑みを浮かべたミニアーナはザハードの背を叩く。
「そ、そっか」
少し元気を取り戻したのだろうか。声音に僅かではあるが、明るさが戻ったザハードは止まった足を再度進め始める。
「そうよ! 目指すは隣国"オークロ"よ!」
ミニアーナは元気いっぱいに、分厚い雲の隙間より僅かに陽光の漏れた空に手を掲げた。
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