塔の中で mission

 そんな悲鳴こえを聞いたところで、人造人間ホムンクルスである紫髪の子どもが攻撃をやめることはない。

 心が無いのだから。

 取り乱すファスタに、マゼンタを追いやった一撃が降りかかる。

 狂乱のファスタは、目から薄らと線が漂っている。怒りの現れなのだろうか。


 刹那、塔が大きく揺れた。

 それはファスタが地面を蹴ったことによって、生じたものだ。それに気づくのに数秒要する。


 人造人間と悪魔。ヒトでない者同士の戦いは想像を絶する。

 砂漠の50階は、いつの間にか所々に大穴クレーターが出来ており、何があったのかを一言で説明出来ない状況にあった。


「できたッ!」


 そこへ千佳の声が轟く。千佳の膝の上で、瞼を落としている少年刻三は、眉をピクピクっと動かす。

 そしてゆっくりと瞼を持ち上げ始める。

 恐る恐ると言うべきだろうか。開けては閉じ、を数回繰り返しようやくぱっちりと目を開ける。


「な、なんだよ。これ……」


 目の前に広がる光景にそう告げた。

 記憶する全てをぶち壊す、崩壊した世界を思わせる光景に開いた口が塞がらないらしい。


「ナンデモイイ。ダカラ、サキヘススメ」


 ファスタから聞いたことのないカタコトの言葉が発される。

 文字一つ一つに感情がこもりすぎている。

 それゆえに片言になっているのだろう。

 でも、と言いかける刻三にファスタは、視線だけで人を殺してしまいそうなほどに尖った視線を浴びさせる。


「イケ」


 無機質で、それでもって圧のある言葉だ。

 たった二文字にここまで怯えたことがあるだろうか。

 刻三は真剣に考える。あまりに迫力があり、悪寒を感じたことに驚愕して……。

 ふぅー、と短く息を吐きすて、刻三は首肯すると大穴の穿たれた砂を蹴り出す。

 続いて千佳が蹴る。瞬間──


「ぇっ…………」


 声にならない声が洩れた。普通なら聞き逃してしまうだろうが、兄である刻三は違った。

 実際は兄だからではない。刻三が刻のアーカイブの使い手で、千佳がその不死体サーヴァントだからだ。

 千佳から刻三への一方通行の同期シンクロ。刻三が死ねば千佳も消える。そういう関係だ。

 だがそれを阻止する方法もある。前の刻のアーカイブの使い手が不死体に施した魔力補填だ。死なないために魔力を与える。

 これは特別な例である。故に普通は一身一体に近い存在であるのだ。

 だからこそ。

 刻三は千佳の音のような声を聞き取り、反応したのだ。


「どうした?」

「お、お兄ちゃん……。あ、あれ…………」


 小刻みに震える手。その指先にあるのは、白目を向き泡を吹いているマゼンタだった。

 刻三は、言葉をなくして立ち竦む。


「チッ。早く行けっ!」


 片言から普通に戻ったファスタが、語気を強めて叫ぶ。

 その間も紫髪の子どもは攻撃をやめることはない。

 会話の最中に飛んで来る拳を器用に避け、ファスタは続ける。


「コイツはどうにかする。だから、早く75階へっ!」

「75階……?」


 具体的に聞かされてなかった階数が、ここに来て告げられた。

 その事に驚き、刻三はオウム返しする。


「そこにいるはずだ。私の仲間がっ!」

「仲間……」


 ファスタが仲間と呼ぶ相手。それは間違いなく天賦者ギフターであり、元悪魔だろう。

 だが、いくら天賦者だと言っても一目ではわからない。

 ゆえに、刻三と千佳で上まで行ったとして目的の人物が分かるはずないのだ。


「行けばわかる!」


 そんな刻三たちの心を見透かしてか、ファスタはそう叫び、顎をしゃくって階段を指す。

 刻三は、無言で頷くこともせず、次こそ階段へと突入した。


***


「ようやくいったか……」


 黒翼をはためかせ、近寄ってくる紫髪の子どもを打ち返し、安堵の言葉を零す。

 紫髪の子どもは翼にうたれ、クレーターの中に体を埋めている。

 脚だけが僅かに見えているその姿は、滑稽で笑いがこみ上げてきそうである。それをぐっと堪え、ファスタはマゼンタを抱えあげる。

 翼をはためかせ、器用に宙に身体を浮かし階段の方へと向かう。

 瞬間、ドーーーーンッと鼓膜を強烈に振動させる轟音が響き渡る。

 慌てて振り返るファスタ。しかし、それが例え悪魔の反応速度だとしても、雷の神速よりも早い一撃に対応できなかった。


 スパークを纏う一閃。きらめく一撃は、陽光の如しで、ファスタの右手を穿つ。

 あまりに一瞬過ぎて、ファスタには何が起こったか分からなかった。

 そして気づいた時には……。

 右手の甲から掌にかけて穴が穿たれており、そこからどす黒い赤の血が噴き出していた。

 痛みゆえに、力が入れられない。

 苦悶の表情を浮かべ、腕の中で気絶しているマゼンタに視線をやる。

 瞬間──ファスタは声ならぬ声で喘ぐ。

 腕の中で意識を失っているマゼンタの肩を、ファスタの手の甲を穿いた雷撃が貫いていたのだ。

 手の中で交わる、己の血とマゼンタの血。互いの鮮血が交錯し、一層に毒々しい色を見せる。

 そして次の瞬間、力の入らない腕の中からマゼンタが落ちた。

 高さにして、およそ2メートルほどだろう。しかし、そこをすかさず紫髪の子どもが詰め寄る。

 電気による目にも止まらぬ高速の移動。

 離れた場所にいたはず──だが、そんな距離など関係なく詰め寄り、マゼンタの落下地点に入った紫髪の子どもは、タイミングを計り左脚を軸にして右脚を振りかぶる。

 そして、人造人間ホムンクルスの渾身の一撃がマゼンタの腹部に入った。


 耐え難い怒り。それに突き動かさ、ファスタは黒翼を勢いよくはためかせ紫髪の子どもと距離を詰める。

 人造人間は、しかし機械であるが故に表情を変えない。

 そのことに更に怒りが増す。

 無意味の怒りだ。ファスタもそれは承知していた。

 しかし、人を殺って尚、ピクリともしない表情に怒りが堪えきれなかったのだ。

 黒翼から生み出される、黒く禍々しい風。

 紫髪が風になびき、はためく。時折目にかかるその髪が鬱陶しいのか、子どもは右手で髪をかきあげ、頂部で押さえつけている。


「グガァァァ」


 悪魔のごとく咆哮をあげ、ファスタは宙から地に佇まう紫髪の子どもに向かって突撃を始めた。

 ファスタの空中連撃が紫髪の子どもを襲う。

 右拳から開始スタートする連撃は、次に左回し蹴りへと繋がり、続いて右翼での叩き打ち。

 文字で表す分には、どうということも無いかもしれない。しかし、実際それをしようものなら、あまりに難しいだろう。

 更に攻撃の速さは、人間の目には止まらないであろう速さだ。

 それを難なく防御してみせるところから、紫髪の子どもの異常さが伺える。


 右翼での叩き打ちにより、左回し蹴りで崩したバランスを取り戻し、続いて左拳を繰り出す。顔面を襲ったそれを、紫髪の子どもはバク転を決めることで回避する。

 それでも止まらない空中連撃。左翼を大きくはためかせ、前進すると右脚での蹴り上げを放つ。

 バク転による体勢の崩れ。それが招いた結果、それはもちろん蹴り上げを喰らうことだ。

 防ぎ切れなかったファスタの右脚蹴り上げの攻撃を顎に受けた紫髪の子どもは、唾液らしい──しかし唾液ではない、液体を吐き出し砂の上に転がる。

 しかしそれでは終わる空中連撃ではない。

 ファスタはダメージにより倒れ込んだ紫髪の子どもに追い討ちをかけるように、宙で小さく旋回してから踵落としをキメる。

 直後、先ほどとは比にならない量の液体が紫髪の子どもの口内から迸る。

 人造人間ホムンクルスらしい左右対称の整った顔立ちに亀裂が入ったかのように、巨峰の如く大きな瞳に幾何学的な模様が刻まれる。

 刹那、瞳に色がなくなり、透明になる。目の中の瞳が消えたようであった。

 同時に空気が変わった。

 冷たく、全てを凍りつかせる。そんな空気になった。

 流石というべきだろうか。その空気の変化を瞬時に察したファスタは、文字通り飛び退いた。

 距離にしておよそ、30メートルと言ったところだろう。

 瞬間に移動したとしては、異常の範囲であろう。しかし、雷轟の能力ちからを宿した人造人間ホムンクルスにとってその距離はあって無いものだった。

 本当の意味で目にも止まらぬスピードで移動し、ファスタの右脇腹を襲撃した。


***


 刻三と千佳は荒ぶる息の中、何度も挫けそうになる心に鞭打って、階段を駆けた。

 僅かにした光の届かない、薄暗い空間。そのせいだろうか。嫌な予感が次々と脳裏を掠める。


 白目を向いたマゼンタ。死んでるのではないのか。生きていたとしても……、この先動くことは出来るのだろか。

 不敵に笑うも、警戒心の強い深紅の瞳と髪を持つ男。

 1度は敵対したが、今となってはいい味方となったマゼンタを思い、刻三は胸がキリキリと痛むのを感じる。

 それを察知してのだろうか。隣を駆ける千佳が、そっと刻三の手を包む。

 焦りに焦った刻三の瞳は揺らぎ、不安に押しつぶされそうになっていた。

 しかしそれを、千佳の生きとし生けるものにある温もりで落ち着かせる。

 兄妹だからこそできるであろう感情の交錯。

 それらを確かに感じながら、刻三と千佳は階段を上る。


 所々に見受けられるのは、錆びた鉄の檻。中には、生気を失った瞳が時折揺れ動く。

 何を以て犯罪者と言わしめているのだろう。

 捕まっている人たち各々の事情を知らないために、何かを語ることはできない。しかし、どこかに捕まっているニーナに関しては、半当事者である刻三たち。

「助けてないと」

 どちらから、という訳でもなく刻三と千佳の声が揃う。

 檻の外でウロウロしている刻三たちを見ても、囚人たちは悲痛の声すらあげない。徹底的にしつけをされているのだろうか、と思ってしまうほどだ。


 砂漠を模した床は歩きにくい。毎階ほんの僅かだけではあるが、次の階へと繋がる階段に向かうために床を歩かなければいけないのだ。


 ──間に合ってくれ……

 刻三の人を思う気待ちが足を進ませる。

 階を重ねる毎にその思いは増す。

 そして──遂に74階まで辿り着いた。

 50階を離れてからどれ位時間が経ったかはわからない。しかし、今はそんなことを考えている暇はない。

 刻三はそう考え、隣で息をあげている千佳の手を引く。

 最初こそ、互いを励まし合い上へ上へと進んできたものの、最後に物を言うのはやはり体力だ。

 男と女。ましてや年齢までも下ときている。同じように体が動くはずがないのだ。

 74という文字を一瞥し、刻三は次の階建へと向かうために砂の上を数歩行く。

 階段は石畳であるため大丈夫なのだが、たった数歩だと言うが、砂の上を歩くと足が大きく沈むのだ。沈むために、大きく1歩を踏み出して行かなければならない。

 疲れる数歩を乗り越え、石畳の階段に足をかける。

 瞬間──

 ピキッという音が鳴った気がした。聞こえた場所は、恐らく膝だ。

 言葉で表現するのは困難な痛さである。言うならば、立っているのも難しい……だろう。

 その場に跪き、音が鳴ったであろう右膝が手を載せる。


「だ、大丈……夫?」


 千佳の疲れは言葉にも現れている。しかし、兄である刻三を心配するところからも、いい妹だ。

 だが、それに対しても答えることが出来ないほどらしい。

 刻三は眉間にシワを寄せ、苦悶の表情を浮かべている。

 ──ここで時間を戻すか……?

 不意に頭をよぎる解決策。しかし、刻三はかぶりを振る。

 ──ダメだ

 アーカイブの能力は、優秀で強力だ。しかし、過度の使用は体に大きな負担となる。それがどのようなカタチで現れるかは、まだ1度しか経験してない故にしっかりとは語れない。

 それはツキノメの故郷リバールで起こった指名手配騒動の時だ。アーカイブの使い手たちによって仕掛けられた幾重もの罠。そして襲撃。

 それによって何度も使った能力により、尋常でない疲れが襲い、かなりの睡眠を要した。

 毎回毎回これとは限らない。

 そう判断した刻三は、心配そうに自らを覗き込んでくる千佳に対して叫ぶようにして告げる。


「あとは頼んだッ!!」


 石畳の階段に声が反射する。 幾回も反射したそれは、一つの音に収束し、こもったような音になる。

 天から降り注ぐ、屋内にあるはずの無い太陽が容赦なく照りつける。

 水色の髪留めが印象的な千佳は、後ろにまとめた髪を揺らして頷くと、ファスタに言われた75階を目掛けて階段を蹴った。

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