新たなる目標 conference
時刻は23時50分。あと少しでハロウィンが終わり、刻三たちの住まう世界と悪魔が住まう世界が離れる。
掛け時計の秒針の音がやけに大きく感じるのは、部屋が静まり返っているからだろうか。
カチ、カチ、と一秒を刻む音だけが家中を駆け巡る。
残り十分だと言うのに、解けない緊張は嫌な予感を漂わせている。
秒針より少し重たい音で、分針が一分すぎたことを伝える。
残りは九分。時間が早く進むことを望めば望むほど、時間の流れが遅く感じてしまう。
──頼む……、何事もなく明日になってくれ……。
刻三は、世界の全てを理解した訳では無い。しかし、目的は定まった。
目的を達するためにも、まずは明日になることが重要なのだ。
悪魔を退けること。これがアーカイブを世界に広げない方法なのだから──。
また一分が過ぎ、残りが八分になった時だ。
グゥオオオオオオオン
耳障りな咆哮が街に轟いた。
刻三たちは顔を見合わせる。
ここには刻のアーカイブを有する刻三、創造のアーカイブを有するクララ、聖光のアーカイブを有するツキノメ、そして灼熱のアーカイブを有するマゼンタといったメンツが揃っている。
恐らくAAに次ぐアーカイブを有する集団であろう。
「行くか?」
神妙な声音でマゼンタが訊く。
「行くしかねぇーだろ」
渇いた口で刻三は告げた。瞬間──
バサバサという羽音が耳をかすめた。
かなり大きな音だということから、すぐ近くにいるという推測ができる。
「うえっ!」
一番に気づいたのは千佳だった。
音に耳をすませて、判断したのだろうか。千佳は天井を見上げ、指を指している。
「屋根の上ってこと?」
ゆっくりと紡がれたツキノメの言葉には、恐怖がにじみ出ているように感じる。
「た、多分……」
息をのみながら千佳は答える。
直後、注意を払って無かった玄関が開いた。
「なっ!?」
音に反応し、脊髄反射で玄関の方を向く。
バケモノが現れたのだと、身構える五人に対して、そこに立っていたのは予想外のモノだった。
月光を背に浴びたヒトだったのだ。
そのヒトは何の躊躇いもなく、靴を脱ぎ、家へと入ってくる。
どうやらスーツを来ているようだ。
しかし、性別まではハッキリと分からない。
体の起伏が乏しいのだ。
「久しいね、マゼンタ」
声は女性のそれだった。
ようやく電気の灯った居間まで入ってきた人は、金髪碧眼の美しい女性であった。
「どうして……ここが?」
狼狽えるマゼンタに反して、女性はいたずらっぽく笑い答える。
「私が
「まさか。あなたは……」
その言葉と見た目で刻三は、その人物に見当がついた。しかし、その人はこんな普通の住宅密集地とは縁が無さそうなのだ。
「ご察しの通り。私は、総括理事公安局長のファスタよ」
ファスタは、肩まで伸びた髪をかき揚げ、優雅感を醸し出す。
「嘘っ……」
クララは、瞳を大きく見開き喘ぐようにこぼす。
「ホントよ。今がチャンスだと思ってね」
いたずらっぽくウインクを決め、ファスタは畳の上に腰を下ろす。
刻三たちもつられるようにして、その場に腰を下ろす。
「チャンスってどういうこと?」
「さっきのうめき声聞こえたでしょ?」
ツキノメの問いに、ファスタは的外れの言葉を放つ。
「聞こえたけど、それが何?」
ムッとしたのか、ツキノメは口調を荒らげる。
先ほどの咆哮の事が気になっているのだろう。
「あれは私があげたの。AAを引きつけるためにね」
「はぁ?」
クララは訳が分からず、素っ頓狂な声を上げる。
「どういう?」
すかさずマゼンタが訊く。
「悪魔が天賦者だからね」
「だから意味が分かんねぇーよ」
間髪を入れず、マゼンタが突っ込む。
「天賦者ってのはみんな悪魔なの」
「天賦者が悪魔? アンタだけが悪魔じゃないのか?」
マゼンタは戸惑いを隠せず、声が震えている。
「うん、天賦者はみんな悪魔よ。だから、あの悪魔の咆哮をあげられるの。それで、何で悪魔がヒトの姿でこの世界にいるの? ってなるわよね」
ファスタは、刻三たちの表情を伺うかのように、視線を向ける。視線に気づいた刻三たちは、揃って頷く。
やっぱりね、と言い出しそうに口先を尖らせ、ファスタは肩を竦める。
「この世界に初めて攻め込んだときに、実験体として捕えられたのが、今この世界にいる天賦者。で、ヒトの姿をしているのは、長時間こっちに居すぎて体内の魔力が底をついたからよ。こっちには魔力が浮遊してないからね」
ファスタは、嘲笑を浮かべながら自分の体に視線を落とす。
今の自分の体がみっともないと思っているのだろうか。
ファスタの目には、憐れむ感じが滲み出ていた。
「まぁ、そんなことよりも今から1ヶ月後に1週間、AAが本部で歳末本会議が開かれることになったの」
自虐の笑みを消し去り、真剣な表情を見せるファスタ。
「その1週間で、AAを壊滅させるよ」
そしてファスタは、そう言い切った。
「無理だろ!?」
声を荒らげるのは、内部をよく知るマゼンタだった。
しかし、ファスタはかぶりを振る。
まるで、出来ると確信しているように。
「可能よ。世界にあるAAの支部って何個あるか知ってる?」
ファスタの問いにマゼンタは頷く。
「あぁ、5つだろ?」
「そう。でも、実際に機能しているの4つよ」
1つは何してるんだ、と言わんばかりに小首を傾げるマゼンタ。
「刻の使い手はよく知ってると思うわよ」
「どういうことだよ」
いきなり話を振られ、困惑する刻三にツキノメはハッとした。
「リバールね」
「そう」
口角を釣り上げ、よく出来ました、とでも言い出しそうな表情を浮かべる。
「なんでリバールは機能してねぇーんだよ」
ツキノメの言葉でマゼンタ以外は、訳知り顔になったことに腹を立てながら訊く。
「凍りついたんだよ、あの国」
「はぁ!?」
普通はそうなるだろう。国が凍りついた、と言われてはいそうですかと言える方のが少ないだろう。だが──
「零氷のアーカイブっていう氷を司るアーカイブがその国を氷漬けにしたんだよ。んで、未だに建物とかは全部氷漬けのままなんだよ」
「そういうこと。で、1週間って言ったけど、移動時間とか考えるとやっぱり2週間くらいになると思うんだ」
話を戻し、ファスタは続ける。
「その2週間は支部の中は手薄になると思うの。だから、ニホン支部、アメリカ連合支部、中魏支部、それからイギリス帝国支部を潰すわよ」
目に火のマークが入ってもおかしくないほどの勢いである。
それは、それほど本気だということでもある。
「のった」
刻三は一番にそう告げた。
皆から一様に視線が集まる。
「ほんとうに?」
言い出しっぺであるファスタが、戸惑うように聞き返してくる。
「あぁ。ファスタが信用に値する人物かどうかはまだ分からない。でも、俺はこのまま追われるままは嫌なんだよ。だから、AAをぶっ潰して終わりにしたいって思ってた 」
「お兄ちゃんがそういうなら、私も行くよ」
刻三の肩に手を乗せ、千佳はそう言う。
「ありがと」
刻三は千佳に優しく微笑み、肩の上に乗った千佳の手に自分の手を重ねる。
「それなら私もいく」
「私も」
ツキノメとクララも続けてそう告げる。
「お前らまで……」
「いつかはしないといけないことよ」
刻三の言葉に少し照れるようにしてツキノメが告げる。
「最後はあなたよ、マゼンタ」
皆から視線を向けられ、行き場の無くなった視線を泳がせる。
それから静かに口を開く。
「俺は……。俺は……、分からない」
誰も口を挟むことはない。少しの間静まり返った部屋に、マゼンタの声が再度響く。
「もう少しだけ、時間をくれ。それで、俺は……決めたいと思う。AAを潰すか、どうかを」
「そう」
ファスタから発されたのは、思った以上に穏やかな声だった。
だが、押し隠した悲しさがチラチラと顔を出しているようにも感じられた。
「じゃあ、ひとまず。私を含めた計8人の天賦者と、君たち4人を含めた12人で作戦を練りましょ!」
いたたまれない雰囲気に俯くマゼンタを横に、刻三たちは1ヶ月後の恐らく最終決戦になるであろう戦いに、意思を固めるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます