真の歴史 gift


「ど、どうなってるの……?」

 目を丸くして呟くのはツキノメだ。

 異形の生き物が現れた、と千佳に呼び出されたツキノメとクララ。

 しかし2人がニホンの中央区域に到着した時、いるのは2人だけであった。

 1人は軽く色素が抜けたような薄茶色の髪を無造作に伸ばしているまだ出来上がってない体躯の少年で、もう1人は真紅に染められた髪にやせ細った体を持つ男だ。


 2人は静まり返ったセカイで佇んでいる。

 ニホンの中央区域は、千佳の知るほんの数十分前までとは大きく姿を変えている。

「お兄……ちゃん? 何があったの……?」

 千佳は恐怖が滲み出たような震えた声で訊く。

「いろいろあった」

 ばつが悪そうに返す刻三に、クララは詰め寄る。

「いろいろじゃすまないわよ。私たち、海外領域から急いできたのよ?」

 ツキノメとクララは、パジャマのような色気もくそもない服装で来ているのを見ても、その通りなのだろう。

「悪かったって」

「相変わらずだな」

 悪びれた様子を見せるものの、反省の色の薄い刻三を見て、マゼンタは嘆息気味に吐き捨てる。

「てか、なんであんたがここに?」

 怪訝げな表情でツキノメは問う。

「世界をもとに戻すためだ」

 傍から聞けば、頭のねじがぶっ飛んだ奴の発言に思える。しかし、すでに概要を聞いた刻三は、苦い笑みを浮かべる。

「どういう意味?」

 刻三の顔を一瞥し、訳知り顔であることを察知したのか、ツキノメは刻三にそう訊く。

「ここで俺かよ」

 刻三は自嘲を浮かべる。

「だって、なんか知ってそうなんだもん」

 淡々と告げるツキノメに軽く息を吐き、刻三は口を開く。

「ま、まぁな。でもそれはマゼンタに話して貰うべきだ」

「そうね」

 刻三が視線をマゼンタにやると、ツキノメも同じように視線を動かす。

「お、おう」

 勝手に話が進むことにたじろぎながら、マゼンタは説明を始めようと口を開いた。

「その前にちょっと——」

 刹那、話し始めようとするマゼンタにクララが口を挟む。

 出鼻を挫かれ、真紅に染まった瞳をスッと細めクララを睨むマゼンタ。それを気にした様子をみせないクララは続ける。

「あんたがなんでここにいるか教えて貰えるかな?」

 そこまで言い、クララは千佳のほうを向く。千佳は小さく首肯し、クララの意思を受け継ぎ、言葉を紡ぐ。

「それからここであったことを説明して」

 底知れぬ威圧感を放つ千佳に、刻三までもが圧倒されている。マゼンタはそれをもろに受けている。表情を硬くし、ゴクンと唾を吞む音が聞こえる。

「わかった」

 それからようやく、掠れた声で返事をした。


***


「狭いな」

 刻三の偽りのない感想だ。

 柔い明かりが天井からぶら下がる照明から放たれる。

 湿気によりところどころ色の変わった畳。その上にあるのは小さなちゃぶ台。

 ちゃぶ台の上に並ぶは、5つの湯飲み。

 そして、そのちゃぶ台を囲むようにして座る5人の人間。

「で、なんで俺の家なわけ?」

 これも嘘偽りのない本音だ。

 そう、ここは刻三と千佳の家なのだ。

 2人で暮らすには充分すぎるほどの広さである。しかし5人にもなるとそうとはいかない。

「仕方ないじゃん。一番近かったんだから」

 どこかお泊り会気分のクララにため息をこぼす。

「あのなぁー」

「もういいか?」

 文句の一つでも言ってやろうと、思ったところにマゼンタの声が上がった。

 はぁー、と刻三は思わずため息をついてしまう。

 それは正直言って、刻三が一番家に上げたくなかった人物だからだ。今は、信頼できるかもしれない。

 しかし、いつまた先の件のような行動をとるか分からない以上、不安はぬぐえない。

「あ、あぁ」

 故に、そんな奴に行動を制止されたことがなんとも言えぬ感情を呼び起こす。

 刻三は、バツが悪そうにつぶやいた。


「まず俺があそこに行けた理由だが……、ある人物が逃がしてくれたからだ」

「逃がしてくれた?」

 意味が分からず、オウム返しをする刻三。

「あぁ。俺はあの日──」


***


 マゼンタが目を覚ましたのは、AAニホン支部の22階、特別魔道犯罪室だ。

 手足は勢いよく引っ張れば千切れてしまいそうな、頼りのない紐で縛られているだけだった。

 そしてそんなマゼンタの前に、1人の男が立っていた。

 身長は170センチあたり。

 彫りの深い顔立ちで、後ろで結った髪がどこかみすぼらしい感じを醸し出している。

「はぁ……。はぁ……。てめぇは誰なんだ?」

 マゼンタは苦しそうに表情を歪め、訊く。

 呼吸するのも辛く、まるで酸素の薄い山の上で走り回っているようだ。

 それだけではなく、心臓を鷲掴みされているような感触が胸部からこみ上げてきて、吐き気を誘う。

 ハッキリ言って異常な部屋だ。

 しかし、その男は余裕の笑みを浮かべ、

「苦しそうだな」

 と、笑いを堪えた声で吐く。

 キリキリ、と歯を軋ませるマゼンタに

「怒るな。私はAA本部総督。シグラ・テント」

 マゼンタの頭はフリーズした。

 ──何でいきなり総督が……。

 ようやく戻った思考でもそれしか考えられない。


「本当ならお前の行動は万死に値する。だが、面白いことをしていることを知っている」

「面白いこと……?」

 反射的に聞き返すマゼンタに、シグラは妖しく微笑む。

「ニーナとかいう女に、自分の能力を植え付けただろ? 専属能力者ネェフェロの分際でいきがったことをしやがって、とは思っている。だが、これは本部の監督府が考えつかなかったことでもある。故に、その成果が見られるまでお前に執行猶予を与える」

 謎すぎる展開に頭が追いつかないマゼンタに、表情を崩すことなくシグラは続ける。

「もちろん、現世のように自由に動き回ることはさせない。檻の中で暮らしてもらうがな」

 長くいればいるほど、動悸が早くなるようだ。

 ──苦しい……

 マゼンタは表情を歪め、総督の話どころではないほどに呼吸を荒らげ、辛そうにしてる。


「苦しいか?」

 そんなマゼンタを他所に楽しげなシグラは、くくく、と喉を鳴らして笑う。

「そりゃあ能力者だからな、お前は」

 マゼンタに背を向け、ぼそっと呟き、コツコツ、と靴を鳴らしながらシグラは部屋を出た。


 そして、入れ替わりで黒ずくめのガタイのいい男たちが数人入って来た。

 マゼンタには反抗する力も残っておらず、一瞬で取り押さえられる。

 頑丈そうな鉄の手枷を嵌められ、ガムテープで口を塞がれる。

 それから目には真っ黒の布を巻き付けられる。恐らく視界を奪うためだろう。

 さらに、くるぶし辺りにこれまた頑丈そうな鉄の枷が嵌められたマゼンタは、完全に身動きが取れなくなった。

 そんなマゼンタを男たちは、軽々と、まるで神輿を担ぐようにして部屋を出た。


 視界が奪われたことにより、どこに向かっているのかも分からない。かつぎ上げられていることで、体が常に上下する。それにより、階段を上がっているのか、下っているのかも理解出来ず、いつの間にか意識を失っていた。

 そして、気づいた時にはコンクリートで造られた空間の中に存在する檻の中にいた。


***


「そんな事があの後に……」

 虹色の髪を持つ男に連れされた時のことを思い出し、刻三はつぶやく。

「待って……。そういえばあの時、すごい怪我してなかった?」

 目を見開き、バケモノを見るかのような視線をマゼンタに浴びせながら千佳は訊く。

「よく覚えてるな」

 しきりに瞬きをしながら言葉を紡ぐマゼンタは続ける。

「死んでもおかしくねぇレベルで怪我ってた、と思う」

「思うってなんだよ」

 言い切らない態度に刻三は、訝しげに言う。


「分かんねぇーんだよ。俺はあの戦闘の途中から記憶がねぇーからよ。んで、意識が戻ったのは、ニホン支部22階にいるところだ。その時、俺の元通りだった」

 能力者だからなのか、それともまた違う理由からなのかは分からない。

 しかし、どちらにしても謎が多すぎる。刻三は、そんなことを考えながら口を開く。

「で、そこからどうやって?」

 小さく首肯し、マゼンタはふぅーと息を吐いてから説明を再開する。


「静かに黙ってそこで暮らしてた。だが数時間前。全てが変わった」

「変わった?」

 クララが訝しげに訊く。

「あぁ。ファスタが俺の元に来たんだ」

 真摯な瞳を刻三たちに向け、マゼンタは告げた。

「ファスタ?」

 聞いたことのない名にツキノメは聞き返す。

「あぁ、そうか。知らないか。ファスタってのは、金髪碧眼の女だ。そいつはAAの総括理事公安局長で、巫女で天賦者ギフターだ」

「何なんだよ、そいつ。かなりヤベェーだろ」

 聞いただけでも上層部でもトップに近い役所であり、強い肩書きを得ている人物だと推測できる。

 刻三は体に悪寒が走るのを感じながら、更に紡ぐ。

「そいつがどうしたんだよ」

「そいつが今から話す全てを教えてくれ、俺を地下牢から逃してくれたんだ」


***


 ファスタは、コンクリート仕様の地下空間にある牢の中に座り、痩せこけたマゼンタに対して、その外に立ち、見下ろすようにして言葉を放った。

「世界の真実を知りたくはないか?」

 空間に響き渡る厳かな声だ。

「どういう……?」

 渇き掠れた声でマゼンタは返す。

「AAの真実、と言うべきかもしれない」

 予想だにしない言葉に息を呑んだ。

「なんてたって私は天賦者ギフターで……、異界の悪魔だから」

 肩まで伸びた金髪を手の甲で流す。瞬間、髪がサラサラと靡く。


「だからこそ。貴方には今年現れる悪魔を消して欲しいの」

「意味わかんねぇーよ」

「そうだよね」

 ファスタは嘲笑を浮かべ、肩をすくめる。

 そんなファスタにマゼンタは鬱蒼な顔を向ける。

「いままではこの世に存在する天賦者ギフターが排除してたの。でも、今年はそれが出来なかったの」

「何でだ?」

「刻が現れたことによって、天賦者がAAに飼われたからなの」

 真剣な顔に影を宿し、ファスタは神妙な口調で告げる。


「刻と天賦者に何の関係があんだよ」

「大アリなのよ、これが。刻が──全てを公にしてしまうから……」

 言っている意味が分からず、マゼンタは小首を傾げる。

「はぁ──。第三次世界大戦って知ってる?」

「? 何言ってんだよ。世界大戦はニ次までしかねぇーだろ」

 第一次世界大戦は1914年から1918年にかけて行われた史上初の世界大戦で、第二次世界大戦は1939年から1945年まで行われた日独伊の同盟VSアメリカ、イギリスなどの連合国の戦争だ。

 歴史にあるのはここまでのはずだ。

 だが、ファスタはかぶりを振る。

「ホントはまだあるの。謎に満ちた第三次世界大戦が……」

「じゃあ、何なんだよ。第三次世界大戦って」

「世界連合に所属する当時WPA"World Peace Association"という名称の組織が世界連合のトップに世界の覇権をかけて宣戦布告をしたの」

 マゼンタはまだ自分がAAの忠実な駒であった時に習った、知識を思い出す。


 世界連合とは、旧北米、南米大陸を支配したアメリカ合衆国が名称を変えたアメリカ連合と旧ユーラシア大陸全土を支配した中国、現在の名を中魏ちゅうぎ、それからユーラシア大陸から追い出され、代わりにオセアニア州を支配したイギリス帝国の3カ国からなる組織。

 中でも1番国力の豊かな中魏が幅を利かせており、世界を圧倒している。

 そしてその世界連合にある組織の1つがWPA──世界平和協会だ。2つの世界大戦と各地で起こる紛争を無くすことを信念とした組織である。

「平和を掲げる組織が何で?」

 マゼンタは顔に真剣さを浮かべながら訊く。

 コンクリートに反響する焦ったような声を聞き、自らの額に冷や汗が浮かんでいることに気づく。


「当時、WPAの総帥であったリリビアル・ドガンという男が欲深い奴だったの」

 だからどうした、と言わんばかりに怪訝げな表情になるマゼンタに、ファスタは薄く微笑む。

「そしてその男は知ってしまったの。私たちの世界のことと、遥か昔より受け継がれていて当時は封印されていたを」

「お前の世界……? アーカイブの書?」

 ファスタは静かにこくん、と頷く。

「それはさっき言ってた異界の悪魔って奴か?」

 マゼンタは動悸が速くなるのを感じながら、早口で訊く。

「そうよ。繋がるはずのない世界。だけど、毎年10月31日に、世界が重なるの。だからゲート術を持つ者がそこをこじあけて行き来しちゃうの」

 頭がおかしくなりそうなマゼンタは、苦しげな顔持ちだ。


「そりゃあ分かんないわよね。簡単に言うとね、この世界が地球でしょ。それで私たちの世界は月なの。ビックムーンってあるでしょ。月が地球に最接近する日のこと。簡易的に言うとあれと同じく原理。それが決まって10月31日ってこと」

 月や地球で説明されたところで現実味のない話にマゼンタは、未だ困惑気味の表情である。

 ファスタはマゼンタの表情に困惑しながら、言葉を紡ぐ。

「まぁ、そういうことなの。それでアーカイブの書ってのは貴方たちお馴染みのアーカイブを使うための書物なんだけど、元々は私たちの世界の物なの」

「なら何で……」

 異世界の品が蔓延する世界に疑問を抱くのは、至極当たり前のことなのだろう。

 マゼンタは眉根を寄せ、薄く八の字を作る。


「じゃあね。仮に異世界に行けたとして、その世界が自分たちの世界より遥かに豊かだったら、その世界の重鎮はどうすると思う?」

 いきなりのファスタからの問いにマゼンタは、朧とした口調で返す。

「え……、えっと。交渉とか?」

 ファスタはその答えに、不敵な笑みを見せかぶりを振る。

「それじゃあ時間がかかりすぎる。もっと手っ取り早い方法があるでしょ?」

 マゼンタは顎に手を当て、真剣な表情を浮かべる。そして刹那、ハッとする。

「まさかッ!」

「そうよ。そのまさか。武力行使よ」

 目を見開き驚くマゼンタにファスタは続ける。

「さっさとこの世界を落とそうと考えた重鎮たちは、私たちの世界の最高武力をそこに注いだの」

「それが……アーカイブ?」

 マゼンタの掠れた声に、ファスタは片口端を釣り上げる。

「そういうこと。各種族の能力を抽出した書物を読み上げることで、アーカイブを駆使してたんだけど、こっちの人たちは体に埋め込んで使ったみたいだけど……」


 どこか自虐的な笑みを浮かべるファスタ。

「話それてきてるね。それでね、世界連合はそれを奪ってたのを"隔離の処"と言われるパンドラの箱もといパンドラの部屋にしまい込んでたの。その事実を知ったドガンは、世界の覇権を我が物にして、アーカイブを使おうとしたの」

「それで?」

 興味津々と言わんばかりの瞳で先を促すマゼンタに、ファスタは白い歯をチラリと見せる。

「WPAは身体能力に長けた人を数人、アメリカ連合にある世界連合の建物に侵入し、アーカイブの書を盗むように命じたの。でも、それは失敗したの」

「どうして?」

「さぁ、それは分からない。だって、侵入した人は皆殺しされたから。それを知ったドガンは世界連合を脱退し、独立組織となったの。それで、世界の覇権をかけて宣戦布告をした。でも、ドガンの思い通りにことは進まなかった」

「どういうことだ?」

 間髪入れずに聞き返す。


「当初はWPAが世界連合を圧倒してたの。でもね、それが世界連合に切り札を切らせた」

「っ! 使ったのか、アーカイブを」

 短いため息を吐き、視線を落とす。

 それからファスタは、小さく首肯する。

「まじかよ」

 マゼンタは顔を引き攣らせる。

「マジよ。そして、それがアーカイブの始まりでもあるの」

「そんな……俺知らなかった……」

 表情は残念とかそんなものではなく、戸惑いに満ちていた。

「そりゃあそうよ」

「あぁ!? どういう意味だ?」

 マゼンタは少し落とした視線をくいっ、と持ち上げ、ファスタを見る。


「そのままの意味よ。刻の能力によって、奪われたのだから──」

 言葉が出ない。

 組織内で最凶と呼ばれていたのは事実である。しかし、マゼンタが拳を交えた結果として生まれたのは「最凶なのか?」という疑問だった。

 刻を操り、回復させたり攻撃したりするのは恐ろしいものだとは思う。しかし、AAが殺し急ぐような凶悪性は感じられなかった。

 だがここで、マゼンタはようやく理解した。


「記憶操作が出来るのか?」

 恐る恐る口を開いたマゼンタに、ファスタは瞼を閉じてかぶりを振る。

「少し違うわ。歴史改変よ 」

 理解が追いつかない。鉄の柵越しに話す内容ではないだろう話に、マゼンタはめくるめく表情を変える。

「歴史改変……?」

「そう。第三次世界大戦などなかったことにしてしまったの。十の刻を使ってね」

「十の……刻」

 オウム返しをすることが出来ないマゼンタ。対して、ファスタは弱々しい笑みで答える。

「その事が表に出るのは不味いと考えて世界連合が使わせたの。でも世界連合は解体したわ」

「どうして?」

 1つ鼻で呼吸をする。

「どうしてかは知らないわ。ただ現在もその組織は名前を変えて残ってるわ」

「そうか。それがAA……。だから、刻を殺したがるのか!」

 マゼンタは、息をするのも忘れて言葉を紡ぐ。

「そういうこと。それを阻止するためにも、まず。私たちの……うんん、異界からの侵略者を倒してきてっ!」

 突然の懇願に、戸惑いを隠せないマゼンタは鉄の柵の中で立ちすくむ。

「今ちょうど刻の使い手が襲撃されてるっ!

 刻がここで死んじゃうとAAを潰すどころじゃなくなっちゃう! だからッ!」

 ファスタの強い語調に、マゼンタは力強く頷く。

 ファスタはそれを見て、ホッとした安堵の表情を浮かべる。そして、ほぼ同時に両手を広げる。

怪傑かいけつ鎌手カマデ

 刹那、凛とした声が轟きファスタの手が黒く禍々しいオーラを放つ大きな鎌へと変化する。

 ハァッ、という短い咆哮と共に繰り出された手刀が部屋を檻にしている鉄の柵を切り裂いた。

「刻は戦闘型の能力じゃないから! 行ってッ!」

 ファスタの叫びにも似た声に、マゼンタは振り返ることなく階段のある方へと駆け出した。


***


「──ってことだ」

 真剣な表情で語り終えたマゼンタ。

 あまりに衝撃的すぎる事実に言葉を無くす刻三たち。

 全員が黙り、刻三の部屋には静寂が訪れていた。

「……、これからどうすれば……?」

 下唇を噛み締めながら刻三は、震えた声で訊いた。

 ちゃぶ台の上に乗る湯のみの中身は、マゼンタ以外は1滴も減っていない。

 それほどまでに話に集中していたのだろう。

「簡単だ。AAを潰して、歴史を戻す。それだけだ」

 マゼンタは力強くそう言い放った。

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