異形の生き物 chaos

 何なんだよ。それが偽りのない刻三の気持ちだった。

 数時間前にリバールでの事件に終止符を打ったばかり。

 いくら寝たからと言っても、1日も休めてないのだ。疲れが溜まっているに決まっている。

「止めるッ!」

 だがそんな弱音を吐いている暇はない。敵はもう目の前まで迫ってきているのだ。

 刻三以外の人が居なくなったニホンの中央区域に、声は轟く。


 一番始めに飛びかかって来たのは、デュラハンだ。

 首はどこにもない。置き忘れて来たのだろうか。

 漆黒の甲冑に身を包むデュラハンは、漆黒の馬に跨り、腰にさした藍色の剣を抜く。

 薄い三日月の月光を受け、鈍く光る刀身。

 恐らくはかなりの業物だろう。


 刹那、高速で移動しその藍色の剣が、躊躇なく振られる。

 刻三はギリギリの所で後方へ飛び、交わす。

 デュラハンには顔がない。つまり表情がない。

 ゆえに攻撃のタイミングなどが全く読めない。

 人間ならば、多少なりとも頬の筋肉が硬直したりする。それは戦いに覚悟を持っているからだ。

 恐らくデュラハンであっても、戦いに何らかの覚悟を持っているだろう。しかし、それを読み解くための肝心の顔がない。


 ──これじゃあ、完全に俺のが後手に回るじゃねぇーか

 刻三は拳を皮膚に爪が突き刺さるほど、強く握る。

 そこに合わせて刃が襲ってくる。奥歯を噛み締め、刻三は小さく右へとステップを取る。

 そこへ全身を灼熱に覆われたゴブリンが拳をふるった。

 刻三はその場でしゃがみ込み、それをやり過ごすと両手を大地につけて右足を天へと突き上げた。

 顎を蹴りあげられたゴブリンは、1歩、2歩と後方へよろめく。

 瞬間、強い衝撃が横腹を襲った。

 呼吸をするのが困難になる。肺から逆流して、込み上げてくる酸素が、口から吐き出される。

 混じった唾液が地面に垂れていく。

 何が起こったか分からない。分かっているのは、急に横腹をハンマーのようなもので殴られた、ということだけだ。


「最凶と謳われし刻の力が目覚める。黄昏たそがれ彼誰かはたれ神依しんいを穿ち、聖刻せいこく髑髏どくろ魔刻まこくいかずちを従え潰えた歴史を紡ぐ者なり!」

 撃たれた横腹を擦りながらも、意思を込めた言葉を放つ。


「タイム ツァイト。2の刻、時配剣じはいけん

 刻三は右手の手のひらを大きく広げる。そして、祝詞を紡ぐや否やその手のひらの中が強烈な閃光を放ちだす。

 しかし、言葉も通じないであろう異界の者達は臆することなく、刻三へと向かっていく。


「やっぱり……。普通じゃねぇーだろ」

 いままでの戦いで、アーカイブ発動時の閃光に1度は動きを止めた。それは人間の目を刺激するもので、視界が一瞬ホワイトアウトすることが理由かもしれない。

 しかし、初見で動きを止めないのは目が人間のそれとは違うのだろうか、と考えてしまう。


 刻三の手のひらで放たれた閃光は、瞬く間に1つに集まり、ある種の形をなしていく。

 名の通り、剣だ。銀色の柄に、グレーの細い刀身はレイピアよりやや太いといった感じだ。

 薄い三日月をその刀身に写し出すあたり、反射性はかなり凄いものなのだろう。

 刻三はそれを一振りし、デュラハン向かって駆け出した。

 刹那、ペンギンの体躯にフラミンゴの顔がついた異形の生き物がその嘴を開いた。

 極端に冷たい風が吹雪く。

 ──あれ?

 刻三は自分の体の動きが鈍るのを感じる。

 だがその理由までは分からず、振りかけた時配剣を重力の赴くままに振り下ろす。

 そしてようやく自分の手先が凍っているのに気がついた。


「な、なにッ!?」

 焦りが全身を苛む。

 近寄ってくる異形の怪物たちに目を向けながら、恐怖を覚える。

「タイム 一の刻、巻戻エンドレスタイム

 必死に声を上げる。

 瞬間、体は仄かな閃光に覆われ、指先の氷が溶けていくの感じる。

 刻三は慌てて地面に刺さった剣を抜き、後方へ下がる。

 次に人間の四肢に胴体をヒトの手が覆っている手のバケモノが、右手から仄かな閃光を迸らせ、手裏剣を召喚させる。

 刻三は前方へ左脚を踏み出し、時配剣を振る。微かな金属音が耳に届くや、手のバケモノが投げ放った手裏剣が自らの両サイドに落ちる。


「な、なんなんだ……」

 吐息交じりに、いまだに閉じそうにないゲートに視線をやる。

 黒く禍々しいそれの中からは次々とバケモノが姿を現す。

 刻三は脚に力を込め、大地を蹴る。

 景色が高速で流れていく。刻三は、灼熱のゴブリンを目の前にして上へと飛ぶ。


「グギャァゴ?」

 ゴブリンは灼熱を纏った手で正拳突きを繰り出す。

 それを飛ぶことによって交わした刻三は、時配剣を天上から、灼熱のゴブリン目掛けて叩きつけた。

 細身の刀身を灼熱が駆け上がる。

 押すにつれて上がってくる灼熱も量を増す。

「うおおおおお」

 高らかに咆哮し、熱さを無視して力の限りでゴブリンに刃を落とし込んだ。

 鮮血が上がる──はずなのだが。上がるはずの鮮血はあがらず、変わりにアーカイブを発動した時のような閃光が迸った。


 手にはジンジンとした熱さが残るが、殺した、という感触は残っていない。

 変な感じだ……。

 だが、ゴブリンは消滅した。これは異形の生き物は消える、という証明になった。

 刻三は1人で小さく首肯し、手にある時配剣に目を落とす。そして剣を強く握り直す。

 次はどいつが相手だ。

 そう言わんばかりの強い視線を向けるや、それを感じ取ったのか、デュラハンが藍色の刀身に自らを映してからインサイドパスをするかのように漆黒の馬を蹴る。

 高らかな鳴き声と共に、アスファルト舗装された道とひずめが軽快な音を奏でる。


 耳をつんざく剣戟音。静寂な街に震撼する衝撃波。

 身軽な動きで藍色の剣を交わす刻三。その合間合間に剣を振るう。

 しかし、デュラハンにダメージは与えられない。

 デュラハンは強い、の一言に尽きる。

 そしてその決闘に水をさすかのように飛んでくる氷塊。

 ペンギンの体にフラミンゴの頭を持つ、異様な生き物だ。

「解放せよ。時配剣ッ!」

 刻三は埒が明かない、と判断し時配剣を天にへと掲げた。

 刹那、時配剣がこれまでの戦いで一番の閃光を放った。

 閃光は街を呑み込む。もちろん、禍々しいゲートも含まれる。

 そして、より一層強い輝きを放つ。

刻斬撃トキザンゲキ

 合わせて刻三が叫んだ。



 光は一瞬では消え去ること無かった。数秒間、行き場のなくなった光は彷徨い続け、どうにか消える、という手段を見出した。

 蔓延る光が消えた時には、ゲートは消え去り、バケモノの数もかなり減っていた。

 だが、鮮血が迸った跡は微塵もない。

「まじかよ……」

 それを見た刻三は脂汗をびっしり掻いた額を拭いながら、苦笑を浮かべる。

 刻斬撃は、時配剣の通った道に斬撃が蘇るのだ。文字通り、時間差で沸く攻撃だ。

 ゆえに剣を移動させればさせるほど、攻撃範囲は広がる。

 だが、弱点もある。それは敵を絞れない。要するに敵も味方もお構い無し、ということだ。そして、長時間出した後の刻斬撃は体力の消費がハンパでない。

「マジかよっ」

 そんな裏事情を知る由もない、生き残ったデュラハンは馬を蹴り、刻三へと向かう。

 刻三は慌てて剣を持ち上げ、それを受け止めた。瞬間、横腹に強い衝撃を覚える。

 ──ま、また……かよ……

 ハンマーで殴られたかのような、衝撃が全身を苛む。

 噛み締めた歯と歯の間からは、耐えきれずに鮮血が洩れ出す。

 ──血出すのは俺だけかよ

 ガホッ、と咳込むのと同時に道に毒々しい真っ赤な花が咲く。

「グギャャャ」

 穢らしい声が耳に届く。刻三は慌てて声のした方へ顔を向ける。

 そこに立っていたのは灼熱の炎を纏うゴブリンだった。

 ゴブリンは右手を軽く引き、再度声を上げる。刹那、その手が炎で象った蛇にとなったのだ。

「な、なにっ!?」

 驚きの余り防御が遅れる。刻三は炎の蛇に腕を咬まれた。

 炎で形成されているゆえに、毒の心配はない。しかし、皮膚がジューッと音を立て、焼け溶けていくのがわかる。

 慌てて時配剣で炎の蛇を断ち切る。炎ゆえに斬れないか、と思ったがいらぬ心配であった。

 刻三は腕に残る火傷跡を恨めしそうに睨む。

 何だかどこかで見たことがあるような……。刻三は何かを思い出せそうな気がしたが、それどころではない、とかぶりを振り大地を蹴る。

 半分宙に浮いたような感覚を覚えながら、体を右側に捻る。

 そしてその遠心力を使い、刻三は水平斬りをきめる。

 灼熱を腕に感じながらも、痛覚に鞭打ってそのまま斬り捨てる。

 淡い閃光を放ち、ゴブリンは消える。それを一瞥し、刻三は自分に背中を見せているデュラハンに斬りかかる。

 居合切りの要領で走り際に、体を切り裂く。

 デュラハンに顔はない。しかし、驚き目を見開いたように感じた。

 そして一瞬後にデュラハンは体を歪ませ、光へと散った。


 だが、まだまだ異形の生き物は残っている。

「くっそ……。ツキノメやクララはまだかよ」

 一対大勢は、精神的にも体力的にもしんどい。刻三は、奥歯を噛み表情を歪ませながら、吐き捨てる。


「くっ」

 ペンギンの体にフラミンゴの頭を持つ異形の怪物が、嘴を開きブリザードを放つ。

 刻三は、慌てて右側へ大きく飛びのく。受ければ、凍る。それは、一度の攻防で分かったことだ。二度と同じ手は喰らわない。

「クペペッペペ」

 わけのわからない音を放つや、地球寒冷化により冷え切った空気が音を立てて凍り始めた。


 まただ——。また、どこかで見たことがあるような気がする——。

 既視感とそれに気づけない違和感。あいまって気持ち悪く感じる。

 しかし、それを考える時間も余裕もない。

 刻三は、剣を握る拳にさらに力をこめ、左方向からの水平切りを放つ。

 切っ先がフラミンゴとペンギンのつなぎ目に触れる。

 瞬間、触れたところからキラキラと星屑がこぼれだす。まるで、人間でいう血液のように、とめどなくあふれてくる。

 謎ではある。しかし、それを見ているだけの余裕はない。刻三は、短く叫び後ろまわりにジャンプし、回転切りをきめる。

 顔と体が分断された化け物は、互いが行き場をなくし、光となって霧散した。


「はぁっ……。はぁーっ」

 ただ呼吸するだけでも苦しい。それが時配剣によるものなのかどうかは、刻三自身にも分からない。


 そんな時だった。

「おりゃあァァァ」

 刻三も異形の生き物も、揃って身をすくませるほどの雄叫びがニホン中央区域に木霊した。

 刻三は期待を込めて、声をした天へと顔を上げる。

 それが人間の声であったために、期待をこめて……。


 天から振ってきた声は、次に何かを叫ぶ。それが何であるかまでは聞こえず、何かを言っている、ということしか分からない。

 容姿は薄い三日月の月光に照らされ、シルエットは分かるも、詳しいものまでは分からない。


 刹那、黒が支配下におく夜空に紅蓮の炎が立ち上がる。

 その炎はたちまち黒を赤で塗り替える。

「いけっ! 7の術、黄金半魚グレイト・テリバー

 囚人服をはためかせながら天より、落ちてくる男は右手を地上へと向ける。

 手からは、刻三がアーカイブを発動した時と同じような閃光が瞬く。

「何者だッ!?」

 刻三は声を上げ、身構える。しかし、次の瞬間、刻三は天より降ってくる男の正体が分かった。

 手から放たれた閃光は、血しぶきとなり空に飛散する。そして、その血は大地に落ちることはなく、一個に凝縮し始める。

 凝縮する血は、ぐねぐねとうねりながら人のようなものを形成していく。

 ときおり紅炎プロミネンスをあげながら、それは遂に形を整えた。

 半人半魚。これが一番しっくりくるだろう。

 上半身は人間で、下半身は魚のそれであり、セイレーンのようである。

 炎の躍動感が全身を駆け巡る黄金半魚は、ピィーと鳴き、炎の尾ビレを振る。

 瞬間、ペンギンフラミンゴが形成した氷が溶ける。だが、その熱波の勢いは衰えず地上にまで押し寄せる。

 そしてその熱波に耐えきれず、何体かの異形の生き物は姿を光に還す。


「マゼンタ……」

 地上へ着陸した黄金半魚グレイト・テリバーを召喚した男へ、刻三はどこかやりきれなさを思わせる口調で放つ。

 そこそこ伸びた真紅の髪は、勢いを無くしくたびれた様子をみせている。だが、髪と同じ真紅の瞳は爛々らんらんと輝きを放っている。

 病的にまで白い肌色に、コケた頬は体調の優れなさを物語っているように感じる。

「久しいな」

「何のようだ」

 嬉しい援軍のはず。しかし、刻三は全く違う感情を抱いていた。

 マゼンタはそれに気づいているのか、いないのか分からない曖昧な笑みを浮かべる。

「敵の殲滅、かな」

「ケッ、ふざけたことを」

 ニーナの件がある以上、こいつを信用するわけにはいかなかった。

 ニーナはいまだに、保護観察期間中、という名のもと特務律の専用方舟に収監されているのだから──。

「ふざけるのはテメェーだ、刻よ。俺は世界の矛盾をとめる」

「何いっ──」

 てんだ、と言おうとした。しかし、言おうとした瞬間に見たマゼンタの顔は、ふざけた様子を微塵も感じさせなかった。

 真剣そのもの。

「世界の矛盾ってなんだ?」

 刻三は厳かな口調で聞き返す。

 しかしマゼンタは、少し右側へ首を傾げるだけ、代わりにこう告げた。

「とりあえず、あの女……ニーナには悪いことをしたなって思ってる。だから──、ここで奴らを止めて──」

 マゼンタはどこか罰が悪そうにそう告げる。しかし、その言葉は最後まで紡がれることは無かった。

 サメのごとく鋭い牙を持ち、ゴリラのような太い腕。そして牛のような斑点のついた恰幅のいい胴体に、キリンのような細い脚。

 そんなバケモノじみた……というより、バケモノそのものであろう生き物による攻撃が仕掛けてきたのだ。

 太い丸太のような腕でのラリアット。マゼンタは体を逸らすことでそれを避け、脚を回して、蹴りの反撃を入れる。

 それは横腹にヒットするも、牛のごとく体躯の超反発がマゼンタの足を襲う。

「くッ」

 思いもよらない反発に脚を跳ね返させられ、マゼンタは表情を歪める。

「タイム ツァイ タン テンポ オラ。五の刻、創世時ジェネラルウィス

 刻三は捲し立てるように祝詞を紡ぐと、右手と左手同時に目が痛いほどの閃光が瞬いた。

「テメェの為じゃねぇーからな!」

 刻三はマゼンタを一瞥してからそう告げ、右手に纏う閃光に思いを宿す。

 ──顕現せよ、俺の能力アーカイブ

 刹那、閃光が腕に絡みつくように巻き上がり、蔦が締め付けたような痣が浮かび上がる。

 刻三は痛みに表情を歪める。その苦悶の奥から力を発揮し、斑点のついた恰幅のいい胴体に拳を突き立てた。

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