終焉に咲く炎 conclusion

 迸る黒焔の閃光が止み、辺りには妙な静寂だけが残っている。

 陽光はようやく晴れつつある粉塵の間をすり抜けて刻三の元までたどり着く。

 そして宙では黒炎鳥ザ・フェニックスが焔を散らし、分解を始めていた。

 蒼炎の蛇ゲヘリートは核となっていた蒼炎の一欠片の炎を残し、後は完全に霧散した。

「やった……の?」

 七色に光る仄かな閃光が晴れ、中から出てきた千佳は喘ぐように吐いた。

 しかし、それに対する返事はなく代わりに宙から重力に重力加速度をプラスして勢いを増しながら地へ落ちてくる1つの影があった。

 ──なに?

 千佳は目を細めながらそれが何かを確かめる。そして次の瞬間、千佳は息を飲んだ。

 血は飛んでいないが、人の形をした右脚の無い何かが落ちてきているのだ。

 黒炎鳥もいなければ、それを操っていたニーナも今は倒れていた。

 刻三もクララもツキノメも……、みんな倒れており、動けるのは自分だけ。千佳は辺りを見渡しそう結論づけしてから駆け出した。

 豆粒のように小さかったその影は地上に近づいてくるにつれて大きくなり、大人1人ほどの大きさとなる。

 千佳は狙いを定めながら落ちてくるであろう場所の下へと入った。

「力解放」

 ポツリとそう吐いた。刹那、千佳の体が鈍く光り出した。

 原寸大の大きさがわかる距離まで落ちてきたその人はマゼンタだった。蒼炎の蛇ゲヘリートに体の自由を奪われていたマゼンタは右眼と右脚を失い再度姿を現したのだ。

 千佳は一瞬の躊躇ちゅうちょのあと鈍い光りを放った姿のまま落ちてくるマゼンタを抱きとめた。

 1回りは体躯の違うマゼンタを千佳は苦することなく1歩も下がることなくお姫様抱っこで受け止めた。

 それから千佳は右眼が焼き抉られ、右脚を焼き切られたようになっているマゼンタをゆっくりと地面に下ろし、何事も無かったかのように体を纏う鈍い光りが消え去った。

 そして千佳はマゼンタを無視して倒れたままの刻三の元へと駆けた。

「お兄ちゃん……」

 今にも泣き出しそうで消えてしまいそうなか弱い声で千佳は地面に伏せてピクリとも動かない腕を持ち上げ、手を握った。

 千佳の握った刻三の手は異様に冷たく、死を連想させるものがあったが自らが生きていることが刻三が生きてるという何よりの理由になることが分かっているのでその分の落ち着きはあった。

 しかし、悲しみは捨てきれず胸はキリキリと痛む。

***

 ──やはり殺られたか。

 体の起伏が少ない金髪碧眼のスーツ姿の女性──ファスタは悪魔のような歪さを感じさせる翼を肩甲骨の辺りから生やし空を移動しながら千里眼を通じて刻三たちとマゼンタとの戦闘の行方を見ていた。

 ファスタは今ニホンより約1000キロ離れた中魏ちゅうぎの第2の都市と言われる白宋ペクサンの上空にいた。

 彼女はそこで一旦停止し、スーツの内ポケットに手を入れ、中から今では生産中止となったガラケーと呼ばれていた2つ折の携帯電話を取り出し、短くしまい込んであるアンテナを立てる。

 それから彼女はそれを耳にあてこう発した。

「登録ナンバー03」

 刹那、携帯からはトゥルトゥルという発信音が響き、相手が「もしもし」と応対した。

「こちら総括理事公安局長ファスタ。現在を以てプロジェクトコード01実行中のマゼンタが標的にやられたのを確認。奴の悪事が世に漏れぬよう回収を要請」

 ビビっという幾分の電波音の後に渋い声で「了解」と返ってきた。それを確認してからファスタはそれを再度内ポケットへと入れた。

 それと同時にファスタはその場でホバリングをきめ、天上へと舞い上がり、急転回し行き先を変更した。

「オーバル支部が危ないわ──」

 ファスタの目が何を見たのか、それは彼女以外誰も分からない。しかし、ファスタの顔に滲み出る焦りは尋常では無かった。


***

 マゼンタが落ちてきてから数分後、ようやく刻三は体に温度を宿し目を覚ました。

 天上から降り注ぐ陽光は目が痛いほど強く、熱を帯びている。

 薄らと広げた瞳に映るのは涙を浮かべる千佳の姿だった。

「悪いな」

 刻三は自分でも驚くほど嗄れた声でそう言うや、千佳は黙ってかぶりを振る。それが瞳に溜まった涙を下へと落とす。涙は刻三の頬に落ち、そこから一筋の道を作り地へと流れ出す。

「アイツは?」

 刻三は焦点のあった目で宙を仰ぎながら千佳へと訊いた。

「蒼い炎の蛇ならあのゴスロリ服の子が倒したわ」

「ニーナが?」

「うん。今は力尽きて倒れちゃってるけど」

 千佳はチラリと死んだようにすやすやと眠るニーナの方に視線を向けてから答える。

 刻三は柔らかな笑顔を浮かべた。

 ──やっと終わった。

 そう言わんばかりの表情だ。

 刹那、その笑顔をぶち壊す強烈な羽音と共に黒い影が上空で1度旋回してから羽を羽ばたかせる回数を減らしていき、ゆっくりと地上へと降りてくる。

 体を動かし、どうにかするという力が絶望的に不足しており、刻三はただただ顔を天に向けることしか出来なかった。

 特異的な髪の毛の色をしたスーツ姿の男が怪しげな表情で地に足をつけた。

 最初は光りの加減かと思ったが地上に降りたその男の姿を見てそれは思い過ごしではないとわかった。

 どう染色したらそうなるのか聞きたいほど綺麗に虹色に染まった髪色をした男は刻三たちには微塵も興味を示さず、右眼右脚を失ったマゼンタに歩み寄る。

「おうおう。派手にやられておるわ」

 派手な見た目に相反する落ち着きのあるその声で呟くと残った左脚を片手に持ち、暗黒色のところどころに穴の空いた怪奇的な羽を広げた。

「お、おいっ!」

 寝転んだままの体勢で刻三は飛び去ろうとする謎の男の背中に声を投げた。

「何だ──」

 虹色の髪を靡かせ、男は振り返る。鋭い眼光が刻三に飛び、刻三は一瞬の怯身を覚えるがすぐさま言葉を繋いだ。

「どうしてなんだ?」

 要領を得ない質問に虹色の髪の男は怪訝そうな顔を刻三に向ける。

「どうしてあの男はニーナの体内に炎を植え付けた」

「知らぬ、あれはこいつの作戦外行動だ」

 男は視線の先を一瞬だけマゼンタに移し、次にニーナへ向け、続けた。

「が、あの女は強い適合性を持っていた」

「適合性?」

 聞きなれない言葉に刻三はオウム返しで聞く。

「あぁ、能力アーカイブは太古より継がれしものだ。もちろん誰でも告げるって訳ではない」

「じゃあ──」

 その先のニーナはその適合性が高いってことか? という言葉を発する前に男は首肯した。

「こいつはその女、ニーナと言ったか? それを自分の後継者にしようと考えていたのだろう」

 それだけか? と言わんばかりに男は両翼をはためかせ始めた。

 男の足は宙へと浮き、空へと上がっていく。

「くっ……。なら、その為なら──親だろうと殺していいのか!」

 刻三のその叫びは羽音にかき消され届かなかった。

 悔しかった。刻三は行き場のない憤りを地面に散った血臭漂う瓦礫にぶつけた。


 強烈な羽音を耳に感じながら空から地のこびり付いた瓦礫を叩き割る姿を見て男は軽くため息を着いた。

 ──その通りだよ、刻の使い手よ。

 男は視線の先をズタボロにやられたマゼンタに向ける。

「これで分かったろ、人は力では動かせない。とな」

 宥めるようにそう言い、男は羽の動きを強め、加速した。


***


 しばらくすると遠くからサイレンの音がした。国直属の警備機構の民間部門警察隊だろう。白黒で彩られた車──パトカーはドップラー効果で音を高くしながらニホン中央区域に近づいてきている。

 刻三は逃げようとしたが体が言うことを聞かない。

「千佳。ツキノメとクララを連れてこの場を離れられるか?」

 はっきりとした声で千佳に告げる。千佳はえっ、という戸惑いを顔に刻み返す。

「お兄ちゃんは?」

「俺なら大丈夫だ。この有様だし、通りかかって爆風にでも襲われたってことにするから」

「で、でも──」

 千佳がそう駄々をこねる間にもサイレンの音は段々近づく。

「でもじゃねぇ! 早く2人を連れて逃げろ! ここに海外領域の2人がいるなんてなったら国際問題になって下手したら国際法で処罰されることになる! そうならないためにも2人を連れて逃げてくれ──」

 祈るようにそう告げる。千佳は目尻に薄らと涙を浮かべながらも力強く頷き、右肩にツキノメを左肩にクララを乗せるや千佳の体が鈍く光を放つ。

 そして千佳は軽々しく2人を持ち上げ、その場を離れた。


***


 かれこれ3日が経った。警備機構は異例の事態に警察隊から特務律──特殊な犯罪を扱う部隊──に管轄を移し、刻三は魔導阻止まどうジャミング室──魔法の発動を妨害する部屋だが、能力アーカイブには無効──で聴取を受けた。

 何故あそこにいたのか? 何を見たのか?

「早朝ランニングをしていた」「爆音と共に空に蛇みたいなものが現れた」

 刻三はその2点張りを続け、ようやく3日後に解放されたのだ。

 しかし、ニーナはそうは行かなかったらしい。彼女は自分がマゼンタに両親を殺され自分の体に炎を埋め込まれたことを。そしてニーナは1つの嘘を付いた。

 戦いの原因は──仲間割れからだと。

 他にも2人仲間がいたがその人たちはマゼンタによって殺されたと告げ、自分は刃を向けることで命を守ったと加えた。

 ニーナは情状酌量で特務律の専用箱舟、通称現世の地獄と呼ばれる規則の縛りが多い海上に浮かぶ監獄で2年間の保護監察という名の逮捕が課された。


「まぁ、マシな方だろ」

 刻三は3日ぶりに帰った自宅で千佳、ツキノメ、クララの3人に祝されながらそう告げた。

「私……。ニーナのこと助けてあげるって言ったのに」

 クララは俯き加減に小さく呟く。刻三は俯いたクララの頭の上に手を乗せ、くしゃくしゃと撫でる。

「大丈夫だ。ニーナは救われてるはずだ。また、面会にでも行ってやれ」

 クララは下を向いたままで肩を上下させた。恐らく泣いているのだろう。

 そしてそのまま倒れ込むように刻三の胸にうずくまり、声を上げて泣いた。


 しばらく泣き続けるとクララは顔を上げ、赤く腫れた目を刻三に向けた。

「助けてくれてありがとね」

 クララは鼻声でそう告げると顔を上げ、照れくさそうに頬を掻いている刻三の唇に自らの唇を重ねた。

 刹那、建物が揺れ動くほどの怒りや妬み、驚き、羨ましさなどが入り混じった千佳とツキノメの悲鳴が高らかに上がった。

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