鹿王の帰還

崩落へのカウントダウン meeting again

 AAリバール支部第72階。

 そこには大きな部屋が1つあるだけだった。

 レッドカーペットの敷かれたいかにも地位の高そうな人物が居そうな部屋だ。

 しかしそこに人影は無かった。

 書類仕事をするための机に椅子、その前に応接ようの小さな机と高級感のある赤色のソファーがあるだけだ。

 部屋は綺麗に整理整頓してあり、自分の書類仕事用の机の上に1枚だけ置いてある紙がやけに目立つ。

「指紋認……ビビ……、機能停止。施錠解除」

 部屋全体に不穏な機械音が響き、ガチャという音と共に扉が開いた。

 部屋の主──、というわけでは無さそうだ。

 忍び足で部屋に入ってきたのは焦げ茶色の髪をした男だ。

 キョロキョロとあからさまに何かを警戒している様子をみせながら男は探し物をしている。

 そこで1枚だけ机の上に出ている紙を手に取った。

「”怪人”復活計画。コード02 シヴァ・プロジェクト……か」

 男は紙の見出しになっている他の字とはフォントの違う字をポツリと読んだ。

 男は紙の上に目を走らせる。そして、男は内容を理解し口角を釣り上げ獰猛どうもうに笑った。

 忍び足で部屋の入口へと駆け、扉を開け、廊下へと出る。

 レッドカーペットの上に赤いシミが出来ている。

 更に壁には鮮血が飛び散っており、息絶えた防護服を纏った大柄な男たちが転がっていた。

 男はそれらを意に介さずエレベーターへと乗り、1階へと降りていった。


***


 ニーナたちとの一戦があった日からもう二ヶ月が過ぎ、地球寒冷化が進んでいる世界では本格的に冬が訪れた。

 まだ九月だと言うのに朝には霜が降り、寒い日では雪さえ降る。そして今日はその中でも希はほど世界が白かった。

「積もったな」

 地上と天上を交互に見てから刻三は暖房のついた室内で呟いていた。

「暖房つけてるんだし、カーテン開けないで貰えるかな?」

 少し怒った気に言うのは茶髪の良く似合う可愛らしい雰囲気を纏う女の子──クララだ。

 そう。いま刻三とその妹千佳はニホン北区域に存在する海外領域の一角にあるツキノメ、クララの家に来ていた。

 理由は知らされてないが、相当な重要事項らしい。

 そんな時。カコン、とテーブルの上にティーカップが置かれた。

「まぁ、座って……」

 明らかにいつもの様子とは異なる銀髪の美少女──ツキノメ。

 元気がなく、所々に哀愁を漂わせる。そんな雰囲気だ。

「どうしたんだよ」

 刻三はその事が心配になり口を開くもツキノメは静かにかぶりを振るだけだった。

「なんだろね」

「わかんねぇ」

 ツキノメのその態度に違和感を感じたのか千佳は刻三の耳元でそう囁くも刻三も分からないのでそう答えるしかなかった。


***


 カーテンの隙間から僅かに青白い陽光が届く。これは熱気など含まず、代わりに冷気を含んでいる。

 簡素な部屋の片隅には厚手のコートが二枚綺麗に畳んで置いてある。言うまでもなく、刻三と千佳のものだろう。

 その部屋の中に会話はなく、ただ紅茶をすする音、ティーカップを置き皿の上に置く時に2つが触れ合う音だけが定期的になる。

「──あの……ね」

 ツキノメによってようやく沈黙が破られた。その声と同時に皆の手が止まり、ツキノメに視線が集中する。どうやら同居人のクララですら事の内容を告げられてないらしい。

 声の発起人は紙擦れ音と共に電子メールが可能になった時代からめっきり見なくなった国際手紙を1通取り出した。

 差出国はリバール。海に囲まれた島国の地形を生かし、漁業や海底資源などを効率よくさばくことによってオーシャン国家として発達した国であり、事のツキノメの出身国でもある。

 白い封筒に入っており、中からは1枚の便箋が出てきた。


『Dear シャグノマ・ツキノメ

 我がシャグノマ家の栄誉の為に当方にはリバール国交警吏隊隊長ログモル家の長男ログモル・インテグラとの結婚前の対面会を執り行います。従って同封の空港チケットを用いて九月十二日までに当家に戻るように

 Sincerely シャグノマ・ココ』


「な、何なんだ……」

 1通り目を通した刻三は喘ぐように訊いた。

「見ての通り」

 ツキノメは希望の欠片もない虚ろな目で刻三を捉え、返すもまるで生気を感じられない。死人と話している気分になる。

「ねぇ、シャグノマ家って──」

 クララはその文字を指差しながらツキノメの顔を覗き込むようにして訊いた。

 ツキノメは小さく首肯し、言葉を紡ぐ。

「そうよ、私はリバールきっての大貴族シャグノマ家の長女なの。隠すつもりは無かったの」

 ごめんなさい、と頭を下げる。その姿は今まで以上に様になっていて大貴族ということに妙な納得感が生まれた。

「そ、それでどうするの?」

 千佳は貴族相手というより自分の友だちと接するのように優しく訊いた。すると、ツキノメは瞳を強くし、刻三を見据えた。刻三は自然と身構え、背筋を伸ばす。

「私と一緒にリバールに来てください」

 あまりの出来事で刻三は理解が追いつかず、漏れる声さえ出せなかった。

「どうしてお兄ちゃんを? お兄ちゃんが行くなら私も行くよ」

 千佳は小さな胸を張ってツキノメに言ったが、ツキノメは小さくかぶりを振った。

「ごめんなさい、今回だけはそれは無理なの」

「どういう意味?」

 怪訝そうに千佳は聞き返す。

「この縁談を壊すためには私に彼氏パートナーが必要なの。これは決して抜けがけとかじゃなくて縁談を断るために必要なのっ!」

 冷たい視線を送っていた千佳とクララに懇願するように涙を零しながら頼み込んだ。

 当の彼氏役にされる刻三にお願いが無いのはおかしいような気がしたが、刻三は気にとめずその様子を見ていた。


***


 約5時間のフライトをの後にようやくオーシャン国家リバールに着いた。

 飛行場から出た刻三とツキノメの2人。偽の彼氏彼女として降り立ったリバールの空気はニホンとは違い、潮の香りがした。国としては小規模であり、1回りするのに1日もかからないほどだ。


「よぉ、久しいな」

 飛行場を出てすぐに懐かしの声が掛けられた。

 白髪に皺まみれの顔に元気よく笑顔を刻む白衣の男──茂じぃだ。クララに追い込まれ、その後に旅の資金を融資してくれた刻三の知り合い。

「またここに来たのか?」

 茂じぃは笑顔のまま元気よく訊く。

「またって──。今回は彼女の付き添いだよ」

 刻三は目線でツキノメを指して答えると茂じぃは大きく笑った。

「とうとう女に手出したか」

「はぁ!? ち、ちげーよ!」

 慌てて言い返すもそれが変だったのか、茂じぃはニタニタと笑い「そうかそうか」と返した。

「で、じぃこそまた来てんのか?」

「いやぁ、まぁな──。ちょっと野暮用だ 」

 言葉を濁すようにして答える茂じぃに怪訝そうな顔を向けていると不意に着ている──というより半強制的にツキノメによって着せられたスーツの袖を小さく掴まれた。

「行こっ?」

 可愛らしく上目遣いで言われ、刻三は一瞬心を奪われかけるも自制して、茂じぃに目配せで「行くわ」と告げてその場を去った。


「さっきのお爺さん誰?」

 柔和な声でツキノメが訊く。

「あいつは……、まぁなんて言うか──恩人かな?」

 ツキノメは刹那に目を丸くするも「そう」と深くは突っ込まなかった。それはひとに刻三が聞くなというオーラを出しているということも原因の一つであろう。

 刻三はその事に感謝を憶えながら突如として現れた黒光りするリムジンのような車にツキノメと一緒に乗り込んだ。


***


 リバール空港ポート──リバール国の飛行場に白衣の白髪の爺さんはいた。

 その真上、グルグルと唸り声のような音が響き渡る。顔を仰ぐとそこには黒色のヘリコプターがあった。幾回か旋回を繰り返すと徐々に下へと下りてくる。

「ふっ」

 それを見て白髪の爺さんは口角に獰猛どうもうな笑みを浮かべた。

 空港ポートに黒い体躯のヘリコプターが着地した。中から黄金色に輝くスーツを着た男と女が現れた。

「お久しぶりです。茂本博士」

 男性は綺麗なお辞儀をして、口を開いた。ワックスでオールバックにかためた男性は目を細め、太陽を背にした白髪の爺さんを見つめる。

「そんなに気負うでない。わしは単に目的が一緒じゃから手を貸しとるだけじゃ」

 爺さんは鼻息を荒らげながらヘリコプター内部から下ろされた梯子に手をかけた。


***


 景色が覗くはずの窓から景色が覗くことはなく、漆黒の世界があった。

 ガラスには黒い何かが張り付けてあるのだ。

「到着致しました」

 そんな時、不意に遥か前に感じられる運転席から声が投げかけられた。

 刹那、扉が開けられ、黒スーツに黒のサングラスをかけたいかにもSPかのような男性が降りるように促す。

 そして刻三とツキノメはまるで宮殿のような大豪邸──シャグノマ家に足を踏み入れた。

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