紅の殺し屋

忙殺な毎日 Assassin

 ツキノメやクララとの戦闘からもう一ヶ月が経とうとしていた。

 崩れ落ちたニホンは着実に復興が進んできていた。

 商業地区が並ぶ中央区域は他国とのビジネスにおける関係からいち早く復興され今ではあの悲劇の夜より以前の姿に完全に戻っていた。

 天を穿つ摩天楼の建ち並ぶ。ニホンは先の崩落を見てなおそれらを建てたのだ。

 それにはニホンのもつ領土に関するのだが、それは今は割愛させてもらう。

 そうして現在、ニホンは北区域、中央区域、西区域の復興を終え南区域の復興を進めているのだ。東区域は山脈地帯とも呼ばれるほど山々が密集した区域であるので被害も一番少ないためにあの夜のままらしい。

 俺こと堀野刻三ほりのきざみは『亜空間』から脱した後、ニホンへと戻ってきていたのだ。

 それから毎日復興作業を手伝いに行っている。あれ以来、刻三が襲われることはなくなった。よって能力ちからを使う必要もない。平凡の力で平凡に復興を手伝う。それが今の刻三の日常であった。

 刻三はいつものように薄緑色の作業服に身を包み、家を出る。

 この家は所謂いわゆる借り家。茂じいにたんまりお金を貰っていて本当に良かったと思う。

「いってきます」

 気だるげにだらーっと言い、スライド式の玄関ドアをスライドさせる。

 すると奥の方からパタパタとスリッパで廊下を駆けるような音がした。

「待ってっ! お弁当忘れてるよっ!」

 明るい声が足音のした方からする。壁と壁に挟まれ、影のできた廊下から姿を現したのは手入れのされた艶のある黒髪が長く伸びている。後ろの方で水色の髪留めでポニーテールに結っている。

 黒の中にある水色はよく映えて目立っており、少女の印象を与える彼女によく似合っていた。

「おぉ、そうだ。悪いな、千佳」

 彼女の名は堀野千佳ほりのちか。刻三の妹だ。千佳は柔らかそうな頬をぷくーっと膨らませながら刻三にお弁当を押し付けた。


「携帯もった?」

「あぁ、持ったよ」


 母さんか! と言いたくなるほど小言を言ってくるのだが、刻三はところどころ抜けているので刻三自身は有難く思っていた。

 お弁当を持ち、千佳に笑顔を向けてから刻三は玄関をでた。

 玄関を出るとそこは強烈な日差しが容赦なく襲いかかる大地だ。

 オレンジ色をベースとし白の水玉模様の入った布に包まれた弁当が腐らないかな、と思いながら南区域へと歩く。

 刻三たちの住んでいるのは住宅密集街の西区域。しかも南よりだ。なので刻三は現場まで歩いて行くことができる。

 しかし、陽光がギラギラと照りつける下で長袖長ズボンの作業服はない。

 幾ら作業をするからと言っても、季節的には夏。長袖長ズボンはマジでありえない……。

 歩みを進める度に零れる汗。大粒のそれは地へと落ち、落ちた瞬間に焼肉のとき肉をアミに押し付けたときになる音のようなものを立て乾く。一瞬ですらも濡らしてたまるか、そんな意思表示のようにすら感じられる。

 そんな時だ。ポケットに入れていた携帯がバイブ音と共に震え始めた。

 最低限の機能だけ付いていればいいとケチって買ったスマホはパケット通信は2G。だが、その代わりには通話に関するところだけは力を入れて購入した。刻三、千佳、合わせて二つを新規で買うのかなりの出費だ。

 そんなスマホの画面に表示されたのは千佳ではなく、『ツキノメ』だった。

 刻三は軽くため息をつく。

 別にツキノメが嫌いとかそう言った理由からではなく、ここのところ毎日掛けてくるのだ。

 3日前、ツキノメとクララが揃って堀野兄妹宅にお邪魔して以来だ。


──3日前──

 昨日は雨が降っておりまだその影響が残っていた。ジメジメとした空気が流れる。

 曇った空から日が零れることなく、元気の出ない1日になりそうな雰囲気だった。

 しかし、その日のお昼すぎ。

 朝から南区域へ復興作業の手伝いに出ていた刻三がお弁当を持っていくのを忘れていて偶々たまたま家へと帰っていた。


「もーう、せっかく作ったのにー」


 不貞腐れながら自分の作った弁当を頬張る千佳に刻三は何度も謝る。

 両親は一ヶ月前の夜に起きた崩壊時に亡くしてしまい2人暮しをしてる。それで母親の代わりに妹である千佳が毎朝刻三の弁当を作ってくれているのだ。

 ──絶対誰にも嫁にあげたくないな。

 心底そう思いながらタコさんウインナーを口の中へと入れた。

 刹那、玄関が強くノックされた。いや、ノックというより殴られた。

 復興作業の仲間で現場で何か起きたのかと思い、刻三は慌てて玄関へと走った。リビングを抜け廊下に出るところで右足の小指を思い切りぶつけ、泣きだしそうなのを抑え玄関を開けた。

 瞬間、飛び込んできたのは見覚えのある2人組だった。

 1人は銀髪で蒼碧そうへきの瞳をもつ美少女、もう1人は茶髪に栗色の瞳をもつ美少女。

 ほんの一ヶ月前まで刻三を殺そうとしていた連中だ。名は銀髪の方がツキノメ、茶髪の方がクララという。

 2人の手の中にはスマホがあった。それを自慢げに見せびらかせてくる。

 なぜだかこいつらはニホンに住みつき、よく刻三と千佳の家に遊びに来るのだ。

「買ったのか?」

 刻三は面倒くささを前面に出しながら訊く。しかし、ツキノメはそれを気に止める様子など微塵も見せずに満面の笑みで頷く。

 ──そんな表情かおされちゃこっちが悪いような気がするじゃん。

「ねぇ、刻三。番号交換しよっ?」

 ちょこんと首を傾け聞いてくるクララの姿には思わず可愛いな、と思ってしまうほどだ。

 クララのその言葉を聞くや否やツキノメはクララに突っかかった。

 ボロ雑巾のような布ではなく、れっきとした服を着ているクララの胸ぐらを掴む。

「あれだけ抜け駆けは禁止って言ったでしょ?」

「別にー、抜け駆けじゃないじゃんっ! てか、服が伸びちゃうから手離してよ」

「抜け駆けじゃんっ!」

 2人の声は次第に大きくなる。目の前で女の本性を見せつけられた刻三はどんな態度でいればいいか分からずただただ苦笑を浮かべていた。

「もうー、うるさいなー」

 そう言って現れたのは千佳だった。片手にはお箸を持っており、食事中なんだけど? をアピールした姿だ。

「ごめん」

 2人は素直に頭を下げる。千佳は黙って頷くとまた口を開いた。

「それと、お兄ちゃんは渡さないから?」

 生気のこもってない冷徹な視線を送り奥へと戻る。その言葉を浴びた2人は一瞬にして身震いをした後もう1度刻三に電話番号を聞いたのだった。


──現在──

『今どこにいるのっ?』

 もしもしを言う前の一言がこれだ。親しき仲にも礼儀ありって言うだろ、などと思いながらも刻三は素直に答える。

『そ、そう。南区域へ行く途中ね……』

「なんだよ? 何か用事か?」

『えっ、いや……そういうわけじゃないんだけど……』

「なんだよ。何にもないなら切るぞ」

『あーー、待って!!』

「だからなんだよ」

 あまりの歯切れの悪さに腹立たしさを覚え始める。上からは容赦ない強烈な日光、そして耳からはウジウジとして本題を言わないツキノメ。イライラだって感じる。仕方のないことだ。

『あのね……、今日その作業が終わったら私たちの家に来てくれない?』

 聞いたことのないような色っぽい声に一瞬言葉をなくすも直ぐに自分のペースを取り戻し、刻三は返す。

「あぁ!? 何でだよ」

「その……ちょっと聞きたいことがあって」

「ならこのま──」

 ま言えばいいじゃねぇか。と言う前に電話は一方的に切られた。

「ったく……何なんだよ」

 通話時間32秒と表示された画面を見つめながら毒づく。

 ツキノメとクララの家は遠い。北区域の東側。海外領域と呼ばれ、海外から来た大使や移住者が優先的に暮らせる地域。

 仮にもツキノメはリバールの、クララはシバラ出身なので、海外領域に住むことに関しておかしなことは無い。

 ただ1つ、遠いのだ。刻三が夕方までいるのは南区域。完全に真反対。

 歩いても自転車でも行ける距離ではない。

 なのだ。それほどまでに近いはずがない。

 刻三はため息混じりに足を止め、尻ポケットにしまい込んである財布を取り出し、中身を確認する。

 520円。それが全財産だ。

 西区域から南区域海外領域まで電車に乗れば往復で600円かかる。

「はぁー。足りねぇ。まぁ、行ってやるんだしツキノメに80円借りるか」

 ただでさえ暑い陽光でやられていたところに追い打ちをかける一手で刻三は南区域に着くまでに完全にぐったりとしていた。


※※※


 本日の南区域の復興作業は終わった。完全に日が落ちる前。世に言う黄昏時だ。

 日が出ている時の焼き付けるような日差しとは違う、強烈な西日が大地を照らし出している。

 刻三は汚れた手を洗う。

「お疲れ様です」

 徐々に復興が進む南区域に目をやる。落ちた瓦礫は大方取り払ってあり、今は仲間たちに頭を下げた。

 大掛かりの足場が組まれている。元々ここは経済大国と言われる所以ゆえんとなった研究特区だった。

 北区域で生産や貿易を行い、南区域で新製品の研究や大量生産を可能にするための研究を行う。

 現在は見る影もないがそうだったのだ。そして一番被害が大きな場所でもあった。

 何てったって研究特区。普通に生活していれば一生お目にかからない薬品やらがそろっている。それらがあの夜、大地に放り出されたのだ。

 真っ白なタイルの床にぶちまけられた薬品は、タイルを溶かし建物の基礎を露わにした。それから薬品は大地へと流れ出る。

 大地には根を張る草や木がある。それらは見る見るうちに朽た。

 自然物はすべて消え去った。

 そんな景色に胸を打たれながらも刻三は西区域に向かい歩き出した。

 それと同時にポケットからスマホを取り出し、電話帳を開く。

 登録件数は四件。1つは言わずともわかる今朝電話をかけてきたツキノメ。ツキノメと同じ3日前に交換をしたクララ。そして妹の千佳。あと1人は、現場監督さんだ。

 その中から千佳を選択し、電話をかける。

 2コール後に朗らかな声が聞こえた。

『もしもしー』

「もしもし、俺だ」

『うん。で、どうしたの?』

 千佳は早口でまくし立てるように訊く。

 ――タイミング悪かったかな?

 そう思いながらも刻三は続けた。

「今日帰るの遅くなる」

 刹那、電話越しでもわかるわかる本気の怒号が耳をつんざく。

『今お兄ちゃんのために晩御飯作ってるんだよ!?』

 ――ははは、そういうわけで慌ててたのか。

 今になり理解するも、もう遅い。完全に電話のタイミングを間違えた。

 そんなことを考えている間も千佳は休むことなく刻三に対する文句を言い続けている。

 ――これは……、めんどくさい。

 刻三は一方的に電話を切った。うわ、今朝のツキノメと一緒だ。と思いなんともいえない笑みを浮かべ小走りで西南駅せいなんえきへと駆け出した。

 瞬間――大気を切り裂く猛火もうかが刻三に向かっていた。刻三はそれが自分を襲う少し前に異様な音に気づき、動きを止めてそれをかわした。

 大気を切り裂く猛火は大地に触れる瞬間に跡形もなく姿を消す。

 刻三はわけもわからず、とりあえず近くの物陰に姿を潜めた。

 10秒、20秒と時は過ぎるが一向に次の攻撃がくる様子がない。

 30秒を過ぎても何も変化がないので、恐る恐るといった感じで物陰から体を覗かせた。

 しかし、何も起こらない。

 刻三は、身に迫る恐怖をひしひしと感じながら西南駅から海外領域前駅まで電車で移動した。


 海外領域前駅に着いたはいいが、ツキノメとクララの住まう家を刻三は知らなかった。

 参ったな、といわんばかりに頭を掻きポケットからスマホを取り出し、駅内にあるトイレへと向かった。

 先の襲撃が何なのかがわからない今、むやみに人前に姿を現すのは危険だと踏んでの行動だ。

 トイレの個室に入った刻三は電話帳からツキノメの名前を選び、通話表示をタッチし電話をかけた。

 1コールもしないうちに反応する。

「もしもし」

 できるだけ声を潜め言葉を発する。

『今どこ!? もしかして来ないつもりじゃないでしょうねっ!』

 そんな刻三とは対照的に大きな声がスマホから流れ出て誰もいないトイレの中に響く。

「バカっ。声でけぇーよ」

『あっ、ごめん』

「今、駅ついたんだけどよ……よく考えたら俺お前らの家知らなくてさ」

『あっ、そっか』

 あっけらかんとした声が聞こえる。

 ──なんか自由だよな、こいつ。始めてあった時こんな感じじゃなかったのに……。

「だからさ駅まで迎えに来てくれよ」

『もうっ、しょうがないんだから』

「じゃあ、頼むわ」

 そう言い刻三は通話終了をタップする。そして少しの間目を閉じた。

 瞑想めいそうをし、猛火の一撃の件を思い起こす。

 現場では起きず、1人になったところに襲ってきた。

 ということは刻三おれ自身を狙った攻撃だったのでは……。

 様々な予測が浮かんでは消える。形の実体の無いそれは無限と湧き出ては恐怖を感じさせる。

 そんなことを考えいたためか変な汗が溢れ出てき、吐き気まで襲ってきた。

 刻三は座っていた便器の中に顔をむける。いつ吐いてもいいように準備をした。しかし、吐くことは無かった。意識が嘔吐に向いた瞬間にその吐き気は消え去ったのだ。

 考えすぎは良くない、そう考え刻三はトイレから出た。

 するとそこにちょうどツキノメがやって来た。

 揺れる夕日を背に銀色の髪をなびかせながら優雅に歩く姿はどこかの貴族を思わせる。

 胸元にフリルのついた可愛い服にショートパンツ姿の彼女はとても魅力的で思わず見蕩みとれてしまう。

「な、何よ……?」

 目の前に現れたツキノメは恥ずかしそうに両手で体を覆うような格好をとる。

「いや、別に……。ただよく似合ってんなって思った」

 それを聞いたツキノメは一瞬でゆでダコのように顔を朱に染める。

「そ、そんなことはどうでもいいのよっ!」

 ぷいっと刻三に背を向け「ついてきて」と囁くように呟き歩き出した。

 ショートパンツからスラリと伸びる細く白い脚は視界に入れるのですら躊躇われるほど綺麗で刻三はタジタジしながらついていくのであった。

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