解き放たれる能力(ちから) release
眠っていたはずの刻三は下の階の異変を僅かに感じ、目を覚ました。ベッドから足を投げ出し、緊急時に備える。すると水平のはずの床が膨張していき少し斜めになっていくのを足の裏で感じた。
──何か来る。
直感的にそう思った。
妖しげな月光が部屋中を照らし出している。
刻三はすやすやと眠る千佳には悪いと思ったが、体を抱えベッドから転げ落ちた。
刹那、ベッドの下から床がめくり上がり、その隙間から閃光が瞬いた。
月光に劣るに劣らないきらびやかな光を放っている。
バキバキ、という不安しか覚えない音が轟き床は粉砕した。そして次の瞬間、ベッドがその閃光に呑み込まれた。床が粉砕した時のような音は無く、たった1度のまばたきの間で影も形もなく消え去った。
「な、なに……?」
千佳はその光景を目にして目覚めた。驚きが抑えられず、掠れる声を絞り出すようにして訊いた。
「わかんねぇ。でも、襲撃であることに違いはない。逃げるぞ」
刻三は千佳を抱え、窓のさんに足をかけ外を見た。衰退した町並みが月光と星に照らし出され、案外趣深い景色になっていた。
刻三はふっ、と笑い思い切り空へとダイブしようとした瞬間。背後から強烈な破裂音と共に月光を反射する黒光りする何かが飛んできた。刻三はそこから慌てて宙へと飛んだ。
血や泥などが跳ねた服が空を切り、バサバサと大きな音を立てる。千佳は空を駆けているのが相当怖いらしくギュッと刻三に抱きついている。
夜空に浮かぶ二つの影は重力と重力加速度の力を借りて、どんどんスピードをあげて地へと落ちていく。
飛んだ時は遥か遠くに見えていた大地が数秒後には目の前まで迫っている。
刻三は強い衝撃を避ける方法を無い頭脳をフルで使って考えていた。
その時だ。そよ風のような、聞き逃してもおかしくないような小さな音が刻三の耳を掠めた。
「危ねぇ!」
刻三は一瞬で空中で回転した。それにより落ちていく速度は減少し、一瞬ではあるが空中での静止が可能となった。
そして刻三が回転したその場所より僅か三メートルほど下で威力のある黄色の閃光が通り過ぎた。
「チッ」
2階から1階駆け下りたツキノメが窓からビームのような聖光を迸らせたのだ。
その間に3階まで駆け上がっていたクララがツーフロア下の窓から顔を出す。
シラットした顔を覗かせ黒光りする物もそこから同じようにしてさらけ出す。
クララは後ろから引っぱり出してきた大きな銃──狙撃銃──を指を鳴らすことで消滅させた。そして、
「森羅万象の誇りを思い、創造の天使が思い
クリエイト シェプ クレアシ」
子どもっぽい声で紡がれた祝詞が闇夜に木霊する。
「3の術。
そして続きを唱え終わるや歪な弓が現れた。色は錆びかけた銅のような赤茶色。どこかに叩きつければすぐに壊れてしまいそうな印象を受ける。しかし、その弓から放たれる何とも形容しがたい醜悪なオーラはどんな弓をも超越して、人の闇さえも呑み込んで自分のモノにしそうな程だ。
クララはその弓を躊躇いもなく握り、存在しない矢が存在するかのように弓を絞った。刹那、絞ったところから矢が出現した。
クララは標準を定めるかの如く、片目を閉じて矢の先を一瞬空中で静止した刻三たちに合わせた。
そしてタイミングを合わせて絞った矢を離した。静寂なシバラの街に
刻三はそれを目視して避ける手段をひねり出す。
与えられた時間はおよそ3秒と言ったところだろう。必死で考えた。
そして刻三は答えを出した。全体重を前のめりにすることだった。
全体重を前のめりにすることにより、1番重たい頭が下向きになり自然と足が上へと上がる。そして両足をパッと開いた。
クララの放った矢はその間を綺麗に通り過ぎ、不発となった矢が虚空へと溶けた。
半壊したホテルから駆けて出てきたのは刻三たちを幾度となく追い詰めたツキノメだ。
ツキノメは辺りをぐるぐると見渡し刻三たちの居場所を把握しようとする。しかし、どこにも見当たらない。
「どうして──。刻のアーカイブが逃げられないはずなに……」
そう思った瞬間だった。自分の真上から大気を切り裂く轟音がした。
慌てて見上げるとそこには目的の人がいた。まだ宙にいたことを驚きを感じなからもツキノメは微笑を浮かべ、天に向けて両手を上げた。
「ライト。1の術。ホバリング」
簡易的な術を唱える。光の線が生まれ地上を目の前にした刻三たちを襲う。
再度何も無い弦をいかにも矢があるかのように弓を絞るクララと猛烈な勢いで掛け昇る聖光の光線。右方向からも下方向からも強力な攻撃が飛んでくる。
どうしたものか、そう考えているうちにもその距離は縮まる。
万策尽きた……。刻三がそう思った瞬間だった。
抱きかかえていた千佳の体が光を包んだ。刻三は驚きのあまり、千佳を落としかける。
刻三は慌てて千佳を抱きとめる。
遠くから眺めるクララも下から見ているツキノメもその驚きは同じだったらしく、目を丸くしている。
しかし、閃光弾のように体を輝かせる千佳はスッと刻三の腕の中から滑るようにして抜け出した。
そして飛んできた下からの攻撃を右手で打ち払った。
それから僅かな時間差で攻めてきたいびつ色の矢を左手の人差し指と中指で挟んで止め、そのままへし折った。
そして最後に刻三を受け止め地面に着地した。
有り得ない。そう言いたげな顔のクララとツキノメは怯えていた。しかし、逃げるわけにはいかない。
ツキノメはほんの数メートル先にいる刻三たちの元へと表情を歪ませながら駆けた。
「久しぶりね」
「あぁ」
ツキノメの言葉に刻三は返す。二人の間には視線の火花が飛び散る。瞳に移る互いの姿は敵として認識されている。
それから間もなくして半壊したホテルの中から出てきたクララも合流した。
「まさか……、あん時のお前がいるとはな」
「へへへ、ごめんね」
刻三の言葉にクララは無邪気な子どものように返す。
ツキノメはその表の顔のクララにゾッとしながら言葉を紡いだ。
「アンタたち知り合いだったのね」
「知り合いってほどじゃねぇーけどな」
三人の間に異様な空気が流れる。ようやく元に戻った千佳は何がどうなっているのか分かってない様子だ。
「お兄ちゃん! 何がどうなってるの!?」
甲高いその声は空を覆う暗黒色に吸い込まれる。なんともいたたまれない空気になり、クララもツキノメまでもが黙り込む。
冷気を含むそよ風がなびく。それに伴い、四人の髪がそよぐ。
何の返事ももらえなかった千佳が再度口を開き、何かを叫ぼうとした瞬間――。
ツキノメが動き出した。
目で追うことすら許さない。そう言わんばかりの超高速移動。
それと時を同じくして、クララが囁くようにつぶやく。
「クリエイト。1の術。
刹那、クララの姿が消えた。
刻三が声を上げる暇もなくクララは蒸発した。
千佳も戸惑い、あたりを見渡す。しかし、見当たらない。
刻三と千佳が姿を消したクララに気を取られた隙をつき、ツキノメは刻三の腹部にこぶしを強打した。
肺から逆流してきた空気が行き場を失い、むせるようにして口から吐き出される。
その体勢を狙い、ツキノメの第二撃が襲う。
高く上がった足がフルスイングし、顔面に直撃する。
刻三の脳は鐘のようにがんがんと揺れ、一瞬にして吐き気が襲ってくる。
その瞬間、千佳がまた発光し始めた。
「クリエイト シェプ クレアシ クレアツ クレアティ ゲネシス ズィミウ トヴォール
8の術。
千佳の発光に合わせるように早口で唱えられた。詠唱が終わると同時に桃色のいかにも怪しそうな気体があたりを支配しようと充満し始める。
刻三はふらつく足に力をこめて、上へと跳ぶ。
ツキノメも跳びクララはその場で不自然な満面の笑みを浮かべていた。
その気体はほんの数秒で跡形もなく消え去った。
しかし、発光し自我を失い身動きを取れなかった千佳には甚大な被害を与えた。
気体が消え去り、元の暗闇に戻ったとき千佳の発光は嘘のようになくなっており、千佳自身は地面にうつぶせになって倒れていた。
「おい。お前ら千佳になにした……」
怒りのあまり声が震えている。それを察したのかツキノメもクララも表情をこわばらせる。
「さぁ、さぁね」
ツキノメは恐怖で声を震わせて答える。
三人の間には不穏な空気が漂う。沈黙が訪れ、誰も話そうとも動こうともしない。
どれくらい時間がたったかもわからない。
ほんの一瞬なのか。はたまた数時間なのか。
遠くから獣の遠吠えが聞こえる。どこから聞こえているのかわからないが今まで聞こえてなかったそれが聞こえるほどまでに静まり返っているのだ。
***
『お前はそれでいいのか?』
刻三の心に住まう何者かが語りかけてくる。
『何が言いたい』
『お前には世界を壊す力も救う力もどちらもある。それを使わなくていいのか?』
悪魔の囁きだ、と刻三は思っている。
――前にもこんなことはあった。もしいまここで言われるがままに
さまざまなことが脳裏をよぎる。能力を受け継いだ日のこと。そのとき言われたこと。千佳を救うためにそれを駆使したこと。
『やるしかないいんだ。お前が
刻三は地面に顔をつけたままの妹・千佳を視界にいれる。
胸の奥底から湧き上がってくる怒りと守りたいと思う
『わかった。これで最後だからな。お前の口車に乗ってやるぜ』
『それでいい。後に続けよ』
「最凶と謳われし刻の力が目覚める。
タイム ツァイト タン テンポ。4の
自分でも驚くほど、言いなれた挨拶のごとく滑らかに言ってのけた。瞬間、クララとツキノメの表情が急変した。
口をパクパクしているが、音声は発されてない。
それが何を意味するかは刻三にはわからない。
刻三は二人が動けないのを確認してから千佳のもとに駆け寄った。
すぐさま仰向きにする。
「むにゃー、お兄ちゃん」
なんと千佳は眠っているだけだったのだ。あのガスはただの睡眠ガスだったようだ。
それが分かり一安心した刻三は未だに一歩たりとも動かない二人のほうへと歩いていく。
二人の下まであと三歩。そこまで来た瞬間空気が変わった。
誰でもわかるほどの空気の違い。酸素密度が濃いとかそういうレベルではない。
まったく今まですったこともないような空気。
刻三は心に住まう何者かに訊く。
『ここはどこだ?』
『ここは……、時が支配する世界。亜空間だ』
何者かは静かにだがどこか興奮した様子でそう告げた。
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