受け継がれし能力(ちから) archive

  雨音だけがやけに大きく聞こえる。皮膚のめくれた箇所から滲み出る血が雨に打たれ、ひりひりとしみるような痛みだけが全身を襲う。

「ねぇ、お兄ちゃん……」

 血まみれから復活した少女が表情を強ばらせながらポツリとつぶやく。

 少年も同様に黙ってうつむく。

「なんでもない。いくぞ」

 少年はそれだけ告げ、痛む手を無視して少女の手を引いた。


 五分ほど歩いたときだった。崩壊した街には似ても似つかわないピエロのような、奇術師のような格好をした男が現れた。

「まさかほんとに居たとはねぇ~」

 怒りを覚えそうなほど腹立たせるしゃべり方をする。

「おまえ、誰だよ」

 少年は睨みを効かせつつ訊く。

「ボクかい? ボクは……、道化の奇術師。ポアリアンだよ」

 見るからに日本人である男性は自身をポアリアンと名乗り、不気味に被っていた白のハット帽を胸元に持っていき綺麗なお辞儀をした。

「そうか。どいてくれ」

 少年は先を急ぐといわんばかりに少女の手を引く。するとポアリアンは両手を広げる。

 手が長いのかどう動いても進めないような気がした。

「おっと、いかせないよ。禁忌の能力アーカイブを受け継ぎし堀野刻三ほりのきざみとその力で蘇りし妹であり、不死体サーヴァントでもある堀野千佳ほりのちかくん」

 ポアリアンは不敵に嗤った。

 少年・刻三は手足が震え始め、それを止めることが出来ずその場から動けなかった。

「おや、怖くなったかい?」

 ポアリアンは空を飛ぶように滑らかに移動し、刻三の前まで行くと刻三の顎に手を当てくいっと持ち上げた。

「安心しな、ボクはキミの敵じゃない。ボクはキミの能力。刻のアーカイブを良く知るものだからね。先代のアーカイブの不死体サーヴァントであるボクが直々に忠告しにきただけだよ」

 少女・千佳に聞かれないほど小さな囁き声で告げる。

 それからウインクを飛ばした。

「アンタは……」

「この事は口外禁止だよ」

 それだけ告げるやポアリアンはそこに何も無かったかのように一瞬にして姿を消した。

「お兄ちゃん……。今のは?」

 千佳は怯えたようにそう訊く。刻三はかぶりを振ってわからないの意を示した。

「とりあえず、行こう」

 刻三は一度は離した千佳の手を取り直して先を急いだ。


 街の外に出た刻三は驚きを隠せずにいた。中からでは分からない完全崩壊した街は、栄えていた頃の街の跡形する残っていない。

 遠方に覗いていた摩天楼も今は存在すらしていない。

「こんなに……」

 千佳は言葉にできない喪失感を覚えていた。刻三は千佳の手を握っていない逆の手でぎゅっと拳を作った。

 ぶつけようのない怒りが刻三自身を苛む。

 そんな時、仄かに青白い光が瞬き、刻三を襲った。

 懐かしさを感じさせる暖かさが含まれるも、本能的に恐怖を覚え体は小刻みに震える。

『力は異形のもの。1度行使したならば力は主人と認め、制御しきれなければお前を喰らうだろう。だが、使ってしまったものは仕方が無い。永遠エターナル覇者ズィーガーの称号を冠したブライアント・ダラーの力はお前に受け継がれた』

 何かに取り憑かれたのか。体内から低い鈍い声でそんな言葉が聞こえた。

 刻三は急いであたりを見渡す。

「お、お兄ちゃん?」

 奇行をとる兄・刻三に対して千佳が心配そうに訊く。

「な、何でもない……」

 納得がいかず、不気味に感じながらもそう答えた。

 刻三と千佳はそのまま街を出た。崩壊した街に居たところで生活などできないし、危険が伴う。

「千佳、あと少しだ」

 疲れた表情を顔に刻む千佳に刻三はできるだけ元気に振る舞う。

「う、うん」

 千佳は弱々しい笑顔を浮かべる。


 歩いている途中で雨は止み、今では嘘かのように満天の星空が夜空に浮かんでいた。雨が服を濡らし、とても寒い。街にいた時は焔の残り香などで暖かさもあったが、小道を歩いている今、そんな暖かさがあるわけがない。口から吐き出される息には白色が塗られている。

 そんな中、数時間かけてようやく隣国──産業都市として発展したオークロに着いた。

 資金など微塵もない刻三たちは裏路地に入り、ホームレスのように二人寄り添った。

 冷たい空気と雨に打たれ冷えた体を互いの体温で温めるように抱き合って眠った。

 翌朝、目を覚ました頃にはオークロは活動時間になっていたらしく街が動き始めていた。昨晩の寒さが嘘のように今は汗が滲み出るほど暑い。

 オークロの街自体が動いているわけではないが、音を立て、煙を上げ、活動している。産業都市と呼ばれるだけあり、機械仕掛けで機動しているものが多々見受けられる。

 そしてそれらはひっきりなしに動き、ロボットや機械を大量に生産している。

 これこそがこの街を産業都市と言わせるゆえんでもある。

 地面が揺れ、轟音が響いている。刻三は霞む目をこすりながら眠たそうにしている千佳の手を引きその場から立ち去った。


***


 刻三たちのいた場所をじっと見つめる一つの影がある。木陰で姿を隠している。

「やっと見つけた……」

 差し込む陽光で顔がはっきり見えないがその人物は無機質な声で小さくそう呟いた。

 時折機械から発される蒸気がその人物を襲う。木陰から茶色の髪が靡く。

 その人物は木陰からはみ出た髪を慌てて手で抑え、蒸気が収まるのを待った。蒸気が止まり、その人物を襲う風は止む。その人物はその隙を狙い抑えていた髪から手を離し1度その場にしゃがみこむ。そして、何かを取る仕草をして頭の上まで持ち上げ。

 瞬間、その人物はその場から姿を消した。

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