「大嫌い」を伝えたい

 高校を卒業した。慣れ親しんだ学び舎や、先生、友人との別れに涙するもの。新たな道への出発に胸を躍らせるもの。様々な感情が入り乱れながら、その特別な日は幕を閉じた。あれから一週間以上も経つのに、私はずっともやもやした気持ちを抱えている。卒業式当日からずっと。全部あいつのせいだ。あいつが何も言ってこないから。あいつが一切素振りを見せないから。幼少の頃からずっと、誰よりもあいつの一番近くに居たのに。最近では、私の抱えるものに気付いてくれるようにさりげなくスキンシップしたり、言葉の中に思いを混ぜ込んだりもした。だのに。だのに…。私は頭にきて、スマホでメールを送った。わざわざ今日という日を選んで。


 桜の木が一本立つ丘の上。私はあいつを待っていた。おあつらえ向きの場所を選んだんだ。あいつがどんな顔をしようが、どういう感情になろうが、どういう言葉を返してこようが、悔いはない。を伝えるには十分なシチュエーションだ。約束の時間5分前になり、ようやくあいつがやってきた。高校の制服を綺麗に着こなして、

「制服なんて着て来て、あんた何考えてんの?」

「お前こそ。」

視線を一度逸らせて、一呼吸。再びあいつの目を見る。言ってやる。これが最初で最後だ。

「ずっとずっと…待ってても何も来ない。あんた、どういうつもり?私が自惚れていただけ?」

あいつは黙って私の言葉を聞く。聞き逃すまいと真剣な表情だ。

「今日が一体何月何日だと思ってるの!?もう待ちくたびれた!

あいつは一度、眉をぴくりと動かしただけで顔色一つ変えない。これで本当に最後。

「あんたなんて、世界で一番!!」

あいつの姿が歪んで見える。頬をなぞる温い露は、私の意思に反してどんどん溢れ出る。けれど拭ってなんていられない。一秒たりともあいつから目を逸らしたら負けだ。私の本気を示すんだ。

 しばしの間があって、私の視界は一面黒に覆われた。傍目で見ていたよりも、あいつの体は大きく、たくましく、頼りになる安心感があった。思わず私も、彼の背中に腕を回していた。

「俺だって…お前のこと、。バーカ。」

 春の日和とは違う、体の芯から湧き上がる温かさ。桜の傘の下で、私と彼は、その心地よさに身を委ねた。


 私の、私たちの春は、ようやく始まった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

短編集:不幸の手紙 夕涼みに麦茶 @gomakonbu32hon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ